無限の残機で、竜宮城へ。

サトウ・レン

いざ、竜宮城へ――。

【×2】

 あれ、いま変な文字が見えたような。

 気付くと跡形もなくなっていたはずの浦島太郎は、リビングのソファで横になっていました。


 あれは夢だったのだろうか、と首を傾げながら、浦島は玄関を出ました。釣り道具を携えて。彼は釣り人でしたから。


 海辺が見えるところまで来ると、轟くバイク音が聞こえてきました。あれっ、と浦島は困惑しました。聞き覚えがあったからです。村の暴走族連中がいました。一匹の亀を囲んでいます。これは帰ったほうがいいかもしれない、と浦島は思いました。この場面には既視感があります。しかしひとりと目が合ってしまいました。ここで逃げて、あとで悪い噂を流されるのは嫌です。


 仕方ないので、「これこれ、お前たちやめなさい」と言って、彼らに一万円ずつ渡しました。すると彼らは喜んで帰っていきました。根は良い奴らです。そんな浦島を見て、亀が言いました。


「ありがとうございます。浦島さん」

「なんで、私の名を」

「ま、まぁ、いいではないですか」

 このやり取りも前回とまったく同じです。こうなってくると先の展開も想像がつきますが、ただそれを確かめるために敢えてこのレールに乗ってみるのもいいかもしれない、と浦島は思いました。


「ふむ、まぁいいが」

「ではでは、私を救ってくれたお礼に、いざ竜宮城へ。レッツゴー!」

 ということで、浦島は亀の背に乗り、深海へと潜っていきます。前に行った時も思いましたが、海の中にいるのに呼吸ができるのが不思議な気分でした。そして海の底まで着くと、そこには大きなお城がありました。まずはイソギンチャクが出迎えてくれます。入ると、ヒラメが歌い、鯛が踊っています。彼らなりの歓迎を示す行動なのだ、と亀が言いました。前回を知らなければ、もっと楽しい気持ちで見ていることができたでしょう。


 玉座まで行くと、あでやかな笑みをたたえた乙姫様が座っていました。外見は人間みたいですが、一応、種族は魚のようです。その笑みの奥に邪悪さが潜んでいることを、すでに浦島は知っています。


「私たちの大切な亀を救ってくださって、ありがとうございます」

「亀とやり取りする時間なんてなかったと思うのですが、なんで知っているんですか」

「ま、まぁ、それはいいではないですか。ところで、浦島太郎さん」

「なんで、私の名前を」

「だって、あなたは私たちの世界では有名人ですから」

 目つきが変わった。ほらほら、来たよ来たよ。


「有名人?」

「えぇ悪名が高いのです。あなたは。あなたは釣り人。どれだけ私たちの同胞を食ってきたのでしょう。あなたが食べてきた中には、先ほど城内にいた者たちの家族もいます」

 背後から、大量の魚たちが近付いてきて、浦島の周りを囲みました。


「これは……」

「我々の苦しみをあなたにも味わって欲しい。だから我々は、あなたを食い尽くすことにしました。それに人間の肉を食べれば、不老不死になれる、とも聞いたことがありますし。うふふ」

 後半の台詞のほうが若干、嬉しそうでした。そっちが目的だな、と浦島は思いました。人魚の肉で不老不死という話は聞いたことがあるが、魚たちの世界にもそんな話があるなんて。


「や、やめてくれ……」

「お前たち、やっちまいな。私の分も残しておけよ」

 さすがに多勢に無勢です。

 そして浦島は食い荒らされ――。


【×1】

 気付くと、リビングのソファで寝ていました。

 また、文字が見えた。しかしそうか、これは。


 残機か。

 浦島は普段あまりゲームなどしませんが、むかしやっていたゲームに『残機』というものがありました。いわゆる回数制限です。これがなくなったらゲームオーバー。なくなるまでは、人生をやり直せるということです。


 ×1

 つまり、あと一回。浦島はそれが分かって、怖くなりました。もう人生にやり直しがきかないなんて。理不尽すぎる。


 とりあえず命を大事にしよう、と思いながら、浦島は別の道を行くことにしました。すると公園の段差あたりに亀がいました。もしかしてこいつも竜宮城の刺客か。亀と目が合いました。その亀は臆病者みたいで震えていました。なんだか見ていると腹が立ってきて、浦島はジャンプをして、亀を踏みつけました。ポロンと気持ちのいい音がしました。そのまま地面に足を付けずに、亀の甲羅を踏んだ反動でふたたびジャンプして踏みつけると、またポロンと気持ちのいい音がしました。何回か繰り返していると、ピロロロン、とさらに気持ちのいい音が聞こえてきました。こ、これは、もしかして。むかしゲームでこんな技を見たことがある。確か無限の残機アップ方法だ。とは思いつつも、実際に残機が増えているかどうかは分かりません。


 とりあえず数千回試してみることにしました。

 よし、このくらいにしよう、と別の段差に着地しようとしたところで、失敗して、後頭部を思いっきり打ってしまいました。


【×∞】

 あれ、この文字は。浦島は喜びながら、ソファから跳び起きました。

 これだけあれば色々な方法を探って、竜宮城をぶっ潰せるかもしれない、と浦島は思いました。そこからは数百回、数千回のトライアル&エラーです。村の不良たちに修行がてら喧嘩を売ってその果てに殺されてしまったこともあれば、もうムカついて海辺の亀を煮て食った挙句に腹を壊して、散々下痢と嘔吐を繰り返した挙句、死んでしまうこともありました。とりあえず分かってきたのは、何かひとつの正しい道のり以外は、浦島は死んでしまう運命にあるようでした。というか正しい道のりがある、と信じなければ、この繰り返しを続けるモチベーションがなかった、と言うべきか。


 数百回目の竜宮城突入――。

 すでに玉座で囲まれた時に襲ってくる魚たちの行動パターンは分かっています。うまく一匹ずつかわしていき、浦島は槍を持っていたエイから槍を奪い、それを乙姫の心臓部めがけて思いっきり投げました。胸に槍の突き刺さった乙姫は崩れるように倒れ、動かなくなってしまいました。乙姫の死は魚たちに衝撃を与えたようでした。ボスを失った魚たちは一気に逃げ去ってしまいました。


 倒れた乙姫様の後ろに、箱がありました。城のお宝でしょうか。こんだけ苦労させられたんだ。これくらい持っていっても許されるだろう。


 開けてみる。

 すると箱の中から煙が上がってきて、その煙は文字を作りました。

【Clear! Congratulations!】


 これは、いったい。

 背後から拍手が聞こえてきました。驚いて振り返ると、倒れていたはずの乙姫が起き上がっていて、「おめでとう。あなたが初めてのクリア者です。この瞬間をずっと待っていました」と言いました。


「な、なんなんだ。これは」

「実は私、ある時から、永遠の一日を繰り返すようになってしまいまして。そうすると大変、日常に飽きてしまって、それで遊び相手が欲しくて。『諦めた』ひとはつまらないので、繰り返しの日常から解き放って、次の日を迎えられるようにしているのですが、こんなにも諦めないでいてくれたひとは、あなたが初めてでした。嬉しい。好きになってしまいそうです」


 乙姫様はそう言って、顔を赤くしました。背筋がひんやりとする。


「永遠の一日、って。じゃあ、あの不老不死の話は……」

「あぁ、あれ。あんなの嘘に決まっているじゃないですか。ただ殺してただけです」

 逃げ去っていたはずの魚たちも、嬉しそうな顔をして戻ってきました。

 何がなんだか分からないが、とりあえず浦島は叫ぶことにしました。


「なんなんだ、これは、いったい!」

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無限の残機で、竜宮城へ。 サトウ・レン @ryose

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