五六〇円の愛。

@rui_desu

第1話 三度の問い

 どうでもいい話なのです。いや、どうでもよくないから、こうして話しているのですが。

 私は、愛とお金、どちらが大切かという問いを、三度も受けたことがあります。三度とも違う答えをしました。

 私は誠実ではないのです。


 一度目は二十歳の春、居候していた一つ下の女に問われました。

「あなたは、愛とお金、どっちが大事?」

 私は笑いました。若さは、笑いだけで答えられるという、恐ろしい万能薬を持っている。

「もちろん愛だよ。お金なんて、後からついてくる」

 彼女は瞳をきらきらさせ、私の肩に顔を埋めた。その日、夕飯はインスタント麺一杯。

 空腹で眠れなかった夜のことを、私はいまも忘れません。


 二度目は二十七の冬、薄暗い居酒屋で、当時勤めていた会社の同僚に訊かれた。

「愛か金か。お前なら、どっちを取る?」

 私は、酒に溺れたふりをして言いました。

「金だな。愛は腹の足しにならん」

 同僚は笑って頷いたが、その目には少しの軽蔑があったように思う。私はもう、軽蔑されることに慣れていた。


 三度目は昨夜、借金取りに追われ、安ホテルの一室で、今の女に訊かれた。

「ねえ、私とお金、どっちが大事?」

 私は黙って、ポケットの中の硬貨を数えた。五六〇円。

 答えるまでもなかった。彼女は何も言わず、ドアを閉めて出ていった。


 結局のところ、愛も金も、私には長く留まらない。愛は腹を満たさず、金は心を温めない。

 もし、どちらかを選べと言うなら、私はこう答えます。

「いま、持っていない方が欲しい」

 人間とは、そういう卑しい生き物なのです。

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