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淀みないテンポで明日の段取りのおさらいをはじめる金沢の声に、うん、うん、と返事をしながら目を閉じる。汗ばんだ前髪がそよぐ。
金沢の声は高校生のときからずっと変わらない。変声期以降に出会ったんだから当然かもしれない。いつか冗談で「血が冷たそうだよね」と酷いことを言ってしまったことがあるけど、金沢はなんともなさそうに鼻で笑って「血に温度なんかあんの?」と言った。
「……ちゃんと信じてくれるかな、琴と大和」
最後の相槌をうって呟くと、スマホの向こうの金沢がため息をつく。
『あの二人が俺たちの言うこと信じないと思う?思わないって話、俺たち百回はしませんでしたっけ』
「九十二回はしました」
『あと八回しとくか?』
「あはいしょうもないこと聞いてさーせんしたはい、大丈夫です、大丈夫です」
金沢は少し黙り、言いたいはずの言葉を踏みしめるように『オーケー』とだけ言った。踏みしめられた言葉の正体を知っているから、黙って見過ごして明るい声をだす。
「ところで金沢、もうこっち帰ってきてるの?」
『まだ、明日出る。神戸は?』
「さっき帰ってきて、今お姉ちゃんち。物置き代わりの部屋に荷物ごと詰めこまれてるんだけど、クーラーなくて超地獄だよ。私って物?」
『文句言うなら実家帰れば?つーかいつまでいんの?何連休?』
「明後日までのつもり。もぎとったよ、五連休。何連休?」
『え?十連休』
「え?休み明けに鬱で死にたいタイプの企業戦士?」
『有休推奨でほぼ強制だわ。死んだら丁重に弔えよ』
「十日も休んでから死ねば余裕で成仏できるよ」
『お前はどんだけ労働嫌いだ』
仕事くらい適当に楽しめば?と恐ろしいことを言う金沢に、私は大袈裟な咳払いを聞かせて人差し指をたてる。
「金沢くん。社会の価値観の頂点に「生きること」が正しく鎮座している限り、多くの人間はその資本づくりのために働き続けることを余儀なくされているわけですけど、そうやってしょーーがなく、どーーしようもなく、選択の余地もなく依存するほかないでいるものに、好きとかやりがいとかましてや生きがいとか乗せて欺瞞的に肯定しようとするところ、人間のベストオブ卑賎な一面だと思いませんか?」
『思わないっすね。普通にハッピー』
「それって本質的なハッピーかな?」
『なんでもかんでも疑義呈しとけばそれっぽくなると思ってる人?』
「働かなくたってビールはそこにあり、冷えているだけで美味いんだということ、人は忘れていやしないかな」
『いやしねえよ』
「依存はすれども心まで売り渡しちゃいけないよ。資本主義社会のなかで我々は物質的な奴隷になりさがっても精神だけは崇高に、自由であるべき……」
『あんまおもろいこと言うなよ』
横っ面を叩くように冷たく言われたので、出力最大のため息をお見舞いしてうなだれた。
「だあって十日ってさあ!たぶんだけどそれ一週間超えてるよ?月火水木金土日月火水だよ!?」
『正確には金土日月火水木金土日』
「社会人が休んでいい日数を越えてる、私が許しても社会が許さな」
『つーか俺なんか少ないほうだろ、毎年二週間とる人もいるし』
二週間!!思わず叫べば、金沢が珍しく噴きだして『うっせえよ』と言う。私は金沢が笑うと嬉しい。
「二週間って十四日?月火水木金土日月火水木金土日?」
『それ好きな』
「いやぁ天文学的な数字だね、夢があるね、サマージャンボ二週間だね!二週間も休みあったらなにする!?」
『とりあえず月火水は寝るなぁ』
「寝るよなぁ!からの?どこ行く?」
『ハワイでいいよ、ハワイで』
「わーい!行ったことない!」
『琴と行ってなかったっけ』
「あれグアム」
同じな、と言う金沢の気のない声に、大学時代の大和の声が重なる。
大和は琴が渡したグアムのお土産を、何度訂正しても「ハワイのお菓子」と言って大事そうに食べた。琴もそれで嬉しそうに笑った。ハワイとグアムを同義にする人間とは絶対に結婚しないぞ、と当時の私は誓った。
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