第5話 協力
ゼルドの気持ちも落ち着いた様子だから、僕は改めてどうしてゼルドがこんな危険な仕事をしているのかを尋ねることにする。
「ゼルドはさ、どうしてギルドの裏の仕事なんてしてるの? 何か、訳があるんだよね」
「そうだな——」
ゼルドは腕を組んで、唸る。話そうとすることをためらっていると言うよりかは、どうやって話したらいいかを考えている様子だ。
ゼルドの方をジッと見ていると、ふと僕の方を向いた。
「——ヴィントは、イディアさんとマスターの関係は知ってるな?」
「えーと、イディアさんはアクスさんのお孫さんで、ギルドのマスターの代理をしてるってことでいい?」
ゼルドは嬉しそうに頷く。
「でもな、マスターも裏の依頼のことまではイディアさんには言ってねえんだ。代理を引き受けたばかりで、ギルドの裏の話なんて負担が大きすぎるからな」
「そっか……」
ギルドの裏の依頼のことはアクスさんは知っているけど、イディアさんは知らない。でも、ゼルドは知ってる——どうして?
「マスターから聞いたんだよ。俺なら——俺にしか任せられないってな」
僕の表情を読んだのか、ゼルドが疑問に答えてくれた。
確かに、ゼルドの魔法は自身の姿形を変幻自在に変えることができる。犯罪をしたとしても身バレする心配も少ないだろうから、任せるのは適任かもしれない。
「……でも、危険だよ。今日だって、危なかったんでしょ?」
「まぁな……あんなアホみたいに強い脳筋ハゲがいるなんて思わなかった。俺の油断もあるけどな」
アホみたいに強い脳筋ハゲというのは、アンシュさんのことだろう。やっぱり、あの人はかなり強いみたいだ。
「まっ、危険っちゃ危険だけど——それでも、俺はイディアさんの力になりたかったんだ。昔馴染みの……」
ゼルドは何かを思い出した様子で、手をギュッと握る。真剣な表情はよほどイディアさんに対して思っていることがあるみたいだ。
「ははぁ、さては、ゼルドはイディアさんのことが好きなんだね」
「ばっ!?」
僕が思ったことを伝えると、ゼルドは吹き出した。
「す、好きとかそういうんじゃねえよ! イディアさんと俺——それからエイスは、昔っからの知り合いなだけだ!」
ゼルドは慌てた様子で反論しているけど、それが図星のように見えてしまうのは僕だけだろうか?
確か、三人とも同い年だったと思う。
「へぇ、そうなんだ」
「そうだ——」
ゼルドはかんで含めるように言った。それから咳払いをして、仕切り直すように続ける。
「——でも、懐かしいな。昔は三人で冒険もしたんだぜ? イディアさんは俺たちの中で一番強かったんだ。全てを薙ぎ払う、爆炎の魔法はすっげえかっこいいんだ! 俺がふざけてると、時々やられるけどな」
ゼルドは嬉しそうに語る——と、ふいに表情が曇り出した。
「でも、マスターの一件から一線を退いてからは、笑顔が消えちまったんだ」
「……緊張してたんだね」
いや、とゼルドは首を振る。
「魔法をぶっ放せなくて、相当ストレスがたまってたんだろうな」
「そ、そうだったんだ……」
僕が呆然と相槌を打つと、ゼルドは僕の頭を手でポンポンとする。
「でも、イディアさんはヴィントが来てからすっげえ嬉しそうなんだ。悔しいけどな!」
「ちょっと、最後の一発は悪意がこもってるよね! 痛いんだけど!」
頭を押さえながら言うと、ゼルドは腕を組む。
「やっぱり、イディアさんは冒険者だ。強い奴を見たら嬉しくて、押さえていた気持ちが押さえきれなくて爆発しちまったみたいだな!」
「そういうゼルドも嬉しそうじゃないか」
僕がニヤッと笑っていうと、ゼルドは僕の肩に腕を回してきた。
「ヴィントは俺のことをもっと尊敬してもいいんだぞ!」
「ちょっと、苦しいよ! 首が絞まってるって!」
肩に手を回すようにしてきたけど、勢いが余って首が絞まる。ゼルドから解放されて、呼吸を整えてから僕は言う。
「もう……でも、それだけイディアさんのことを思ってるんだね」
「まだからかってるよな?」
うろんげな表情で見られたから、僕は慌てて首を振る。
「そ、そう言う訳じゃないけど、好きな人のために危険な仕事ができるなんて、かっこいいなぁって思ったんだ」
「そ、そうか?」
「うん——」
ゼルドは嬉しそうに、頭の後ろに手を当てている。
僕も、ゼルドを見習わなきゃ。
緊張しているばかりじゃ、気持ちは伝わらない。言いたいことがあるなら、しっかりと相手に伝えなきゃ伝わらない。
……ゼルドの手伝いが終わったら、僕もフォスに自分の気持ちを伝えよう!
「——だから、そんなゼルドの手伝いなら僕はしたい!」
僕は真剣に伝えたんだけど、ゼルドはどこか申し訳なさそうな様子でほっぺたをかいている。
「いいのか? 表向きはまずい仕事だぜ?」
ゼルドの心配は最もだ。裏の仕事というと、さっきゼルドは暗殺や窃盗とかと言っていた。簡単にやっていいって言っちゃまずいのか。
「……そういえば、ゼルドは今回どんな仕事を受けたのさ?」
相手の黒服の中にはアンシュさんがいた。アンシュさんはクランクさんに仕えている。そして、そのクランクさんはいけすかない相手だけど、街の権力者だと言っていた。
そんな人を相手に、一体どんな仕事が舞い込んできたのだろうか?
「盗みだ——あのハゲはこの街の権力者に仕えてるんだ」
「知ってるよ。夕方、孤児院に来たんだ。クランクさんって紺色の髪のちょっといけすかない男性でしょ?」
いけすかない相手ではあるけど、その人から盗みを働くのは、犯罪であることには変わりはないか。
「知ってるなら話は早い! あいつはな、珍品コレクターでもあるんだ」
「珍品コレクター?」
僕が聞き返すと、ゼルドは頷いた。
「あぁ、気色の悪い物品を集めては愛でているらしいぜ」
「権力者ともなると、そういうものを集めたくなるのかな?」
ゼルドは腕を組んで、少し考えた後で首を振る。
「知らんけど、あいつにはそういう趣味があるみたいだ——で、ここからが本題だ」
ゼルドはグイッと僕に顔を近づける。
「あいつは権力を傘に珍品を集めるために、権力で脅したり、あのハゲを使って盗みを働いて集めているみたいなんだよ」
「それって、犯罪じゃないか!」
ゼルドは頷く。
「で、今回の依頼は、クランクに珍品を奪われた人からの依頼だ。どうしても取り返して欲しいんだとさ」
あれ?
「それって、いいことなんじゃないの?」
「今回はな」
クランクさんのことは少し懲らしめてやりたいと思っていた。孤児院を馬鹿にしたり、ラピスさんにちょっかいを出したりしていた。
それに、去り際のアンシュさんとの会話——なんだかあんまりいい雰囲気を感じなかった。
孤児院に何らかの悪さをしようとしているのかもしれない。
それは阻止しないといけない。
「……絶対に取り返そう」
「おぉ、すっげえ気迫じゃねえか。あいつに何か恨みでもあるのか?」
「実は——」
僕は、夕方に孤児院であったことをゼルドに伝えた。
ラピスさんにちょっかいを出したこと、孤児院を悪く思っていることを。
「——だから、クランクさんやアンシュさんには釘を刺しておきたいんだ。ラピスさんや孤児院に手を出させないためにも」
すると、ゼルドは僕の肩に笑顔で手を置いてきた。
「ヴィント、あいつら殺っちまおうぜ!」
「そ、そこまでする必要はないけど、絶対にラピスさんや孤児院に手を出させないようにはしたいかな」
僕が言うと、ゼルドは手をギュッと握って立ち上がる。
「ラピスちゃんにそんなことをしでかそうとしてる奴を、俺は許せねえ!」
「それは僕も同感だけど……あれ? でも、ゼルドはイディアさんのことが好きなんだよね」
「イディアさんは別格だ。俺はなぁ、女の子に嫌がらせをするような男を、同じ男として許せないんだよッ!」
イディアさんのことは別格で好きなのか……ゼルド、怒って気持が高ぶりすぎでイディアさんが好きなことを認めたぞ。
でも、それがいつものゼルドみたいで見ていて嬉しいかもしれない。
「ヴィント、あの男を再起不能にしてやろうぜ!」
「う、うん」
さっぱりとした顔で言ってるけど、物騒なことこの上ない。
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