第8話 襲来

 眼下には大量の魔物が街に向かって攻め込もうとしている様子が見える——こんな状況のことを『大襲来スタンピード』と言うことを、絨毯で空を飛びながら、同席しているイディアさんが教えてくれた。


 フォスも同席しているけど、さっきから震えてばかりだ。そんなフォスの背中に手を当てる。


「……今からでも戻る? これから、大量の魔物と戦わないといけないんだ」

「危険だけど……この試作品で、できることがあるならやってみたいの」


 ギルドの入会試験の時も、フォスは人のためになることなら怖いことでも力になろうと動いていた。今回もそう言う気持ちで僕とイディアさんに同行してきている。


 僕だって、イディアさんがいるから少し気は楽だし、フォスの気持ちもあるから頑張ることにした。


 フォスは、人の頭部程の大きさの導火線のついた黒い球体を抱えている。


「……それ、爆弾だよね? フォスの魔法で作ったの?」

「うん。でも、まだ試作品で、威力とかはあんまり調整できてないんだけどね」

「でも、すごいよ!」


 フォスに笑いかけると、顔を赤くされてしまった。だけど、頷いてくれたから僕もやる気が出てきた。


「よーっし、フォスも頑張るんだ、僕も頑張らなきゃね!」


 フォスと笑い合っていると、イディアさんが咳払いをした。

 

「さっき説明した『大襲来スタンピード』だけど、そもそも、何もない状況からいきなり起きないわ。だから、これには何か原因があるはずなのよね」

「たとえば、どんな原因がありますか?」


 僕の問いかけにイディアさんは人差し指を立てて顎に当てた。


「そうねぇ、たとえば、凶悪な魔物が現れたから生き延びるために逃げてるとか——もしくは、強力な魔力に当てられて興奮して暴走したとか?」


 クスッと笑いながら、イディアさんは僕とフォスの顔を交互に見やった。


 何かから逃げていると言うことも考えられるけれど、強力な魔力に当てられて興奮していると言われると、思い当たることがある。


「……もしかして、エイスさんのアレですか?」

 

 エイスさんが放とうとしたありったけの魔法『氷結爆撃パンツァー・フリーレン』に当てられた魔物たちが興奮したのだろうか。


「可能性はあるわね——大いに」


 頷くイディアさんに僕は嘆息してしまう。


 とはいえ、そんな『大襲来スタンピード』を引き起こした可能性のあるエイスさんは同席していない。


 僕の力量を測ることで、魔力が切れて戦闘ではあまり力になれないということも嘆いていたけれど、騎士団長として王国を守る必要があるとのことで、王宮に向かっていった。


 その時の表情は真剣なもののように感じた。出会った時の、あまりおかしな言動をとらなかった頃のエイスさんの表情だった。


 でも、今までのおかしな言動があるから少し心配だ。


「街はエイスさんに任せて大丈夫でしょうか?」

「それは、大丈夫よ。あんな体たらくだけど、仮にも騎士団長だし——」


 そう言って、イディアさんは僕たちに笑みを向けた。


「志だけは本物だから! それだけは、信用してもらって大丈夫よ」


 イディアさんの言葉は嘘偽りのない、本心からの言葉のように力強く感じた。元々イディアさんはエイスさんと一緒に冒険者として活動していたという。


 付き合いの長い人からの言葉は信じていいと思う。


 フォスは納得していない様子だけど、あの場で剣を交えた僕は少しだけイディアさんとエイスさんの関係を少しだけ理解できる。


「……分かりました。でも、魔物の討伐は僕たち三人でなんとかなるでしょうか? 魔物が大量に攻め込んできているんですよね?」

「『大襲来スタンピード』の規模は基本的には数千体の魔物だけれど、まぁ、私はヴィントくんがいれば問題ないと思っているんだけどね」

「す、数千体ですか!? 僕たちだけでどうにか出来るわけ——」


 ない、と言おうとする僕だったけど、イディアさんが頭を振ったから言い止まる。


「元Sランク冒険者で、現王国最強の騎士を軽くあしらった人はね、もっと自慢してもいいと思うわよ? 力量だけでいえば、冒険者のSランクは凌駕しているんだから」


 そんなイディアさんの話を受けて、フォスが僕のことを青ざめた様子で見てきた。


「……ヴィント、その話本当なの?」


 うろんげな表情のフォスを見ると、なんだかいけないことでもしてしまったのかと言う気持ちになる。


「なんでフォスは、僕のことを怖いものを見るような目で見てくるのさ!」

「だって、騎士団長をあしらったって……」

「あしらったっていうか、エイスさんの攻撃を全部防いだだけだよ。僕から積極的に攻撃をしたわけじゃないし」

「それをあしらったって言うんじゃないの?」

「そ、そうなのか!?」


 僕は頭を抱えた。


 あぁ、どうして好奇な目で見られたくないのに見られてしまうんだろうか。あんまり目立つようなことはしてないと思うんだけどなぁ。


「大丈夫よ、ヴィントくん。冒険者ギルドはそんな強者であるところのヴィントくんは大歓迎だから」

「イディアさん……」


 今の僕は慰められると、嬉しく感じてしまう。


「別に!」


 フォスが叫んだ。


「私だって、ヴィントの化け物じみた強さはいつものことだから、騎士団長の一人や二人倒したところで気にしないわ。いつものノリよ。ヴィントもあんまり気にしないでよね!」


 急に怒られても困ってしまう。イディアさんは平然と笑っているけれど、僕はどうしたものかと頭の後ろをさする。


「いつものことかもしれないけどさ、僕もおかしなところがあったら直したいんだよ。服装とか、自分の考え方とか……」


 すると、フォスが頭を振った。


「ごめんなさい、ヴィントがそこまで気にしてるとは思わなかった。ヴィントが強すぎで、驚きすぎて傷つけちゃったかもしれないけど、ヴィントはヴィントのままでいいと思うわ」

「……本当に?」

「あんまり気にしないで、ありのままでいいと思う」


 フォスが頷いた後で、イディアさんも頷いた。


「それに、力量だけを抜いて考えたら、かっこいいけど子犬みたいで可愛いところもある男の子だからね。前にも言ったけれど、天然なところも愛嬌だと思うわよ?」

「…………」


 二人から言われると、ちょっと単純かもしれないけれど、なんだかあんまり気にしなくてもいいように思えてきた。


 ありのままでいい、か。なんだか嬉しいや!

 

 そうと決まれば、僕にやれることを頑張ってみよう!


 眼下には『大襲来スタンピード』でヴァンデルブルグの街に襲来している魔物の大群が見えている。


 ジャンプして立ち上がって、決意を表明しようとしたけど——


「あっ!? ちょっと、ヴィントが急に立ち上がるから、爆弾の試作品が落ちちゃったじゃないのよ!」

「あぁ、言ってるそばからごめん!」


 急いでとりに行こうと思ったけれど、その前に爆弾は地面に衝突。爆弾を中心に数千の魔物を取り囲むほどの大きさの大規模な魔法陣が出現した。


 そして、魔法陣が真っ赤に輝くと同時に、大規模な爆発が起きた。


「風刃結界『《ブリーゼ・フォルト》!」


 僕たちの乗っている絨毯を風の結界で防がないと爆風に飲み込まれて、木っ端微塵になってしまうところだと思ったから、慌てて魔法を唱えた。


「きゃっ!?」

「フォス!」


 それでも、爆風は強烈なものでフォスが絨毯から落ちそうになったから、急いでフォスの手を掴んだ。


 その時——頭の中に不意に小さな銀色の髪をした女の子が海に溺れている映像が浮かび上がった。


 まただ。誰だかわからない女の子が思い浮かんだ。フォスの出身地を聞いた時にもおんなじようなことがあった。


 この子は一体誰なんだ?


 わからないけれど、今はフォスを助けよう。フォスの手を掴んで、絨毯の上に引きずりあげる。


「フォス、大丈夫?」

「う、うん」


 僕とフォスは顔を見あって、息をついているとイディアさんが絨毯をドンッと殴りつけた。


「ちょ、ちょっとなんなのこの爆弾の威力は!? さっきまで街に向かおうとしていた魔物たちが全ていなくなってるじゃない」

「本当だよ! 冒険者試験の時は僕に森の木を全部きっちゃダメって言ってたのに、草原を焼け野原にしちゃってるじゃん!」


 確かに、フォスの作った爆弾の威力は凄くて魔物たちは跡形もなくなっている。残っているのは凄惨な光景だ。キノコ雲立ち上がって周囲一体は焼け野原とかしている。


 僕とイディアさんに見つめられて、フォスは軽く握った拳をコツンと頭に当てて舌を出した。


「威力だけに特化した爆弾を作ったら、こんなことになっちゃった。もっと、試作が必要みたいね」


 僕も僕だけど、フォスも大概だと思う。

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