第6話 試験⑴
イディアさんからの試験の内容を聞いて、僕たちは『ヴァンデルブルグ』の近隣の森へとやってきた。歩いて行くのは大変だけど、僕の魔法があればひとっ飛びだ。フォスに言われた通り進んだら、魔法をかけた絨毯に乗ってすぐさま到着できた。
「えーっと、ここで狼の姿をした『ウルフ』って魔物を倒して、その牙を持ち帰ればいいんだよね?」
試験内容はこのようなものだった。魔物を倒してその素材を持ち帰る——イディアさんによると冒険者が行う仕事の中では一番多い討伐の依頼を元にした試験とのことだ。
どんな相手かはわからないけど、試験だから油断は禁物だ。
「でも、よかった! イディアさんに試験は二人で受けてもいいって言われたからさ。一緒に合格目指せるもんね!」
僕は嬉しかったから笑顔で言ったんだけど、フォスの表情は変わらない。
「どうかした?」
「どうかしたって……魔法で空を飛べるなんて、やっぱりヴィントはおかしい!」
「えっ、なんで!? 僕はおかしくなんてないよ!」
「いい——」
フォスは人差し指を顔の前で立てた。
「——これでも魔法使いの端くれだから知ってるけれど、いくら風の魔法が使えるからって、空を飛べる人なんて聞いたことないわ!」
「えっ、そうなの!?」
知らなかった。
確かに、村でも空を飛んでる人はいなかった。空を飛びながら眠っているのは僕だけだったように思う。これはおかしなことだったのか。
「れ、練習してたら出来るようになっちゃったんだよね」
頭の後ろに手を当てて笑っていると、フォスはおでこに手を当てた。
「練習してできたって……歴戦の魔法使いが長年練習しても、いまだに成功した人はいないのよ」
そう言われても、できてしまったものはどうにもならない。
「まぁ、出来るものを無効にはできないから、このままいくしかないよね」
「それはそうだけど——」
そう言って、少しの間を置いた後でフォスはため息をついた後で首を振った。
「——うん、考えるのはやめるわ。私の基準はヴィントには合わない。その前提で動かないと、頭がおかしくなりそうだもの」
……そんなに僕はおかしいだろうか?
でも、フォスにすごいところを見せると言う部分では成功したのかな?
「うん、もう大丈夫。試験に集中するわね——でも、試験で『ウルフ』の討伐を命じられるなんて、イディアさんも少し意地悪かも」
「どうして?」
首を傾げる僕に、フォスは真剣そうな表情で言った。
「ウルフは基本的に群れで行動しているわ。冒険初心者にとっては危険な相手よ。それを試験としてぶつけてくるなんて……」
「じゃあ、冒険者でもない僕たちはやばいじゃん!?」
絶望でしゃがみ込んで頭を抱えていると、フォスが笑った。
「でも、ヴィントはドラゴンを倒せるんでしょ?」
「……うん」
顔を上げて、涙目でフォスを見つめる。
「じゃあ、全く相手にならないけれどね」
「そうなの?」
「そうなのよ」
僕はウルフと呼ばれる魔物を見たことがない。
ネーベルホルンの村の周りには魔物はたくさんいた。ドラゴンに——岩をも投げ飛ばす熊のような魔物とか、湖には十メートルくらいの蛇も生息していた。基本的に大型の魔物ばかりが生息していたように思う。
その中には、群れで暮らしている小柄な狼のような姿の魔物はいなかった。
どんな魔物と戦うことになるのかわからないのは少し不安だ。でも、フォスが大丈夫だって言うんだったら少し安心してもいいのかな。
立ち上がって、フォスにサムズアップをする。
「それなら頑張れそうだ!」
「うん、私は全然心配してないけど、頑張りましょう!」
ハイタッチをして、ウルフの捜索を開始する。
生い茂る木々の隙間から漏れる太陽の光が心地いい。時々吹く風で揺れる木々の揺れる音も小気味いい。木々からは鳥の囀りも聞こえてくる。とても平和だ。
「いやぁ、それにしても静かな森だね。全然魔物と遭遇しないや。僕が住んでた村のそばの森なんて、至る所に魔物がいたんだけどなぁ。そういえば、油断して寝てたら食べられて、お腹を斬って脱出したこともあったっけ」
「どんな魔境よ。……でも、確かに静かすぎるかも。いくら王都のそばの森とはいえ、魔物が全くいないなんてことはありえないわ」
「ちょっと待ってよ! このままだと、試験に合格できなくなっちゃうじゃないか!」
試験はまた受けられるかもしれないけど、早く合格してとりあえず一度仕送りをして、両親を安心させたい気持ちがある。
地面から探しても見つからないんだったら、空から探すしかない!
「フォスはここにいて! 僕は空から——」
「ちょっと、それなら私も連れてってよ! 森の中に女子を一人残して行かないで!」
涙目でフォスが僕の腕を掴んできた。確かに、魔物がいる森の中に女の子を一人にさせるのはまずいか。
「ご、ごめん。じゃあ、一緒に空から探そう!」
リュックサックから絨毯を取り出して、二人で座り込む。風の魔法をかけると、絨毯は宙に浮き始めた。数秒後には森の木々よりも高い位置まで浮かび上がった。
「うーん、木が邪魔で見えずらいな。全部切り倒しちゃったらまずいよね?」
「当たり前でしょ! ……ていうか、出来るの?」
「もちろん! このくらいの森だったら僕の魔法があれば一網打尽だよ!」
「……とりあえず、その方法はなしとして——ここは私の出番ね!」
フォスは下げているショルダーバッグをガサゴソとあさり、水晶玉を取り出した。
「それは?」
僕が首を傾げると、フォスは両手で水晶玉をアピールするように指し示した。
「見たいものを見つけることができる魔道具よ!」
「へぇ、すごいもの持ってるんだね」
「『
「えっ、作ったの!?」
驚く僕にフォスは胸を張って得意げに頷いた。
「昨日も言ったけど、私は色々な素材をもとに別のものを生み出す魔法——
「なんだかよくわからないけど、任せるよ!」
「そこはすごいって言ってよ!」
フォスは地団駄を踏むようにしていたけど、水晶玉に手をかざした。淡い水色の光が出てくると、水晶の中に霧がかかった。
フォスには何かが見えているのかもしれないけれど、僕にはよくわからない。あくびを噛み締めながらフォスの動向を見守ることにする。
それにしてもよく晴れていて、風も心地いい。絶好の飛行日和だ。試験も終われば緊張も解けるだろうから、美味しいごはんをたらふく食べたい。
ドラゴンの肉は余ってるけど、昨夜食べたし、別のものがいいかな。
腕を組んで悩んでいると、フォスが声を上げた。
「ヴィント見つけた、ここから北西の方角よ——ってなんで涎を垂らしてるのよ」
「試験を無事に終えて、晩ごはんに何を食べようか考えてたら、お腹が空いてきちゃんだ」
恥ずかしさを誤魔化すために、笑って頭の後ろに手を当てる。
「全く……そう言うのは、終わってから考えるものよ!」
「そっか! とりあえず、北西に向かうね!」
絨毯を操作して、北西の方角へと向かう。
「ヴィント、そっちは北西じゃなくて南東よ! 真逆じゃないのよ!」
「あぁ、間違えた! 僕、あんまり方角がわからないんだよー」
故郷から『ヴァンデルブルグ』に向かう時も、こっちの方角に進んで何日で着くと言われた方に向かってきて到着下くらいだ。
フォスに怒鳴られながら、ウルフがいるであろう北西の方角へと向かった。
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