第2話 到着
ドラゴン解体後も悠然と空を飛んでいたら、日が沈む前に『ヴァンデルブルグ』に到着することができた。
僕が住んでいた村とは比べ物にならない大きさだ。もしかすると、島全体と同じくらいの大きさかもしれない。
おまけに人も多い。日が沈み出しているのに、まだ出歩いている人がこんなにもいるなんて、村にいた頃じゃ考えられない光景だ。
僕の暮らしていた村は、日が沈んでしまうと真っ暗で光源がなければ何もすることができないほどだった。一歩村の外に出れば魔物がウヨウヨとしているし、そもそも特段村の中でもやることがなかった。
それに比べて、ヴァンデルブルグの街中はまだ開いているお店もあるし、そこらじゅうからいい匂いもしてくる。
それに、服装も皆オシャレだ。いや、そもそもおしゃれというものが僕にはあまりわからないけど、僕がきている麻の服とは違うことぐらい分かる。
これが都会か……。
なんだか、ジロジロ見られているように感じる。ここにいるだけですごく恥ずかしい気持ちになってくる。やっぱり、服装が相応しくないのかもしれない。早いところ服装については改めた方が良さそうだ。
だけど、その前に取り急ぎ宿を探さないといけない。外で野宿でもいいけれど、ドラゴンの肉を美味しくいただきたい気持ちもある。それに、明日の試験の前に身だしなみを整えておきたい。
村からここまで野宿で過ごしてきたらか、かなり汚れているはずだ。明日には早速、冒険者ギルドに試験を受けに行こうと思っているけど、あまり汚れている状況で行きたくはない。汚れを落として、新鮮な気持ちで試験には臨みたいからね。
だけど。
宿ってどれだろう?
店は沢山ある。だけど、その店の中のどれが宿なのかがわからない。まるで、迷宮に迷い込んでしまったように感じる。
とはいえ、慌てる必要はない。何せ、そこらじゅうに人がいるのだから聴いてみればいいからね。というわけで、近くにいた赤い髪をポニーテールに結った女性に声をかけた。
「あのー」
「は、はい」
なぜだか顔を赤ているように感じる。まぁ、夕日のせいだろうと思いつつ、宿はどのあたりにあるかを尋ねてみよう。
「この辺りに宿はありますか? ついさっきこの街に来たばっかりで、どこに何があるかサッパリわからないんですよね」
頭の後ろに手を当てて、笑いながら言うと、女性もクスッと笑った。
「初めて訪れた方には迷路みたいに感じますよね。一番近くでおすすめの宿は、この道を突き当たりまで進んで右手側にありますよ」
「突き当たりを右ですね……」
忘れないように反芻する。
「その格好……旅の方ですか?」
「そんなところです! 今日はもう遅いので、明日冒険者ギルドで冒険者の試験を受けに行こうと思ってますけど」
「まぁ!」
女性は手を合わせて、僕に笑顔を向けてきた。
屈託のない笑みに思わずドキッとしてしまう。
「そうなんですね! 試験は難しいと思いますけど——ふふっ、でも、君なら問題なさそうかな」
「そうですか?」
女性が何を思って僕なら大丈夫と言ってきたのかは分からない。でも、女性は僕に頷いてみせた。
「だって君、とっても強そうだから」
人差し指を顔の横で立てウインクをする女性の姿に、またドキッとしてしまう。
そんなふうに言われたことはないから、嬉しさが込み上げてくる。
まぁ、村の人間で比べるような相手がいなかったのは事実だ。だから、自分が強いのか弱いのかなんてあんまり気にしたことがなかった。
「今日はゆっくりと宿で休んでね」
「あ、ありがとうございます!」
お辞儀をすると、女性はまるでステップを踏むかのように嬉しそうに道の奥へと去って行った。
いきなり素敵な女性に出会えるなんて、幸先がいいのかもしれない。
★
赤い髪の女性が教えてくれた通りのところに宿は存在していた。まだ、空き部屋もあるようで今日はこの宿に泊まることに決めた。
部屋でくつろぐのも束の間、やはり腹の虫が治らないため、まずは腹ごしらえをしようとドラゴンの肉を抱えながらウキウキと宿の受付へと向かう。
すると——
「だーかーらー、宿代が高いって言ってんの! ぼったくりもいいとこじゃない!」
「言いがかりはよしてくれ、この街じゃこれが一般的だ」
「そんなことないわ! 別の宿は1000E《エーデル》は安かったんだから!」
「嫌だったら別の宿に行ってくれ」
女性の怒鳴り声が聞こえてきたから、早足で受付に向かうと、銀色の髪をポニーテールに結った女の子が、受付のおじさんにくってかかっているのが見えた。
あの女の子……昔出会った冒険者の人と同じ髪色をしてる。村の外じゃ、銀髪なんてあんまり珍しくもないのかな?
「他の宿が空いてないって言ってんの!」
「それなら、既定料金を支払って泊まってくれ」
挑むような女の子の声色に、おじさんは全く狼狽えていない様子で無愛想で涼しい顔をしながら新聞に目を移した。
間髪を容れずに女の子がカウンターを叩いた。
「ここしか宿が空いてないのをいいことに値段をつるあげるなんて、卑怯もいいところだわ! そんなことだから、客足が遠のくのよ」
「……うちのサービスに理解をしてくれる客だけ泊まってくれりゃそれでいい」
お互いに睨み合っている。
僕としてはあんまり料金のことは気にならなかった——というか、そもそも相場がわからないから気にすることができなかった。
でも、このまま二人が睨み合っていると、僕の目的が達成できなくなる。今も腹の虫が治らない。
取り込み中だけど、ささっと僕の目的を達成して、この場を後にしよう。
「お取り込み中すみませーん」
僕は二人の間に割って入った。
思いがけなかった僕の登場で少し落ち着いた様子で、女の子は少し肩を落として、おじさんはため息をついていた。
「ちょっとお尋ねしたいんですけど——」
と言う僕に、女の子がギロっと目を向けてきた。それから、ズカズカと僕の面前まで歩み寄ってきた。
「な、なに?」
「あなた、今の私たちのやりとり聞いていたわよね?」
一応聞いていたから頷く。
「ところで、君は?」
「フォスよ」
「僕はヴィントって言うんだ。よろしく」
握手をした後で、咳払いをして話を元に戻す。
「フォスは、この宿の料金が高いって文句を言ってたみたいだけど?」
「そうなのよ! この宿、他の宿よりもダントツで高いの! 他の宿は満室だったからお願いしたんだけど、絶対にまけないなんて言うから」
これがフォスの主張だ。
一方で——
「嫌なら別の宿に行ってくれ」
——これが宿のおじさんの主張だ。
お互いの主張が噛み合っていないから、平行線を辿っている。
なんだか面倒くさいことに巻き込まれちゃったぞ。僕はお腹が空いているから、宿の厨房を借りられないかなってきただけなのに……。
あぁ、今もお腹がなっている。お腹が空いたなぁ……。話をするにしても、やっぱりお腹を先に満たしておきたい。
それに二人とも、お腹が空いていてイライラしているのかもしれないし、ドラゴンの肉を二人にも振る舞ってあげよう。話の続きはそれからだ!
僕はフォスからおじさんに顔を向けた。
「お話の途中で申し訳ないんですけど、宿の厨房を貸してもらえませんか?」
「……厨房?」
おじさんはいきなりのことで新聞からチラッと顔を上げて僕のことを訝しげに見てきたけど、僕は気にせずドラゴンの肉を見せつけた。
「これを焼きたいんですよ! もう腹がぺこぺこで。二人の分もありますから、話の続きは食事をしながらと言うことで、どうですか?」
お腹をさすりながら言うと、フォスは少し呆れたような表情をしていたけど、おじさんの目の色が変わったように見えた。
「坊主、こいつは——もしかして、ドラゴンの肉じゃないか?」
「えっ!? ドラゴンって、あの超凶悪生物の!?」
おじさんが僕の持っている肉をじっと見つめて頷いた。
「あぁ、間違いない。俺も数回しかお目にかかったことがないが、こいつは、ドラゴンの肉だ」
なんだか、フォスとおじさんがいい感じで言葉を掛け合っているぞ。二人とも少し落ち着いてきたみたいだ。
「坊主、こいつをどこで?」
僕は間髪を容れずに笑みを浮かべながら、天井を指差した。
「空を飛んでたから倒したんですよ。それより——」
厨房を貸してもらえるのかどうか聞きたかったのだけど、おじさんは新聞から完全に僕へと視線を移した。
「ドラゴンなんて、そんな簡単に倒せる相手じゃねえぞ」
「そうよ! ヴィント、あなた何者!? ドラゴンなんて倒せるわけないし——もしかして、どこかのお偉いさんのご子息だったりする?」
息ぴったりのフォスとおじさんに詰め寄られても、僕は嘘偽りを語っているわけじゃない。事実、飛んでいたドラゴンを倒したのだからこれ以上言えることがない。
でも、証拠があるかと言われたら示すのは難しい。
「僕は偉くも何ともないよ。ただ、この街の方に向かっていくドラゴンを倒しただけなんだよなぁ」
おじさんは腕を組んだ後で、僕を見つめた。
「……坊主、そのドラゴンの色は何色だった?」
「赤褐色でした」
「大きさは?」
「だいたい五メートルくらいでしたよ」
思い出しながら伝えると、今まで無愛想だったおじさんが豪快に笑い出した。
「そうか、街の冒険者や騎士団連中が騒いでた街に向かっているドラゴンを倒したのは坊主だったのか! 急に反応が消えたと言っていたが、討伐されたのなら当然だ!」
笑うおじさんとは裏腹に、フォスは血の気が引いた様子で僕のことを見ている。
「じゃ、じゃあ本当に……」
「だから倒したんだってば! 嘘じゃないってわかったでしょ!」
「し、信じられない……」
全く、失礼しちゃうなぁ。
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