第9話 まずは執事から順番に

 流石は、といったところか、あれだけ街は半壊しているのに、スタンホォード家の屋敷はちゃんとした形で静かに佇んでいた。


 とはいっても、門はひしゃげ、窓という窓は割られていたりするが、それでも家という体裁はまだまだちゃんと整っていた。


 傷だらけになった絢爛な扉に――ノブを回せば、案の定、鍵はかかっていた。



「そりゃ、そうよね」


 他に中に入れるところと言えば窓か、裏口かってところなのだけど。


 窓は前述の通り割られているが、侵入を防ぐようにゴチャゴチャと家具で塞がれている。


 残るは使用人たちが使う裏口だけだが、まぁここまで周到にしていて裏だけ開いてるってのは、あり得ないだろう。


 少しだけ考えて、アリスはドアノッカーを三回鳴らした。



「もし、スタンホォード男爵はご在宅でしょうか? 私は伯爵の使いです。此度の件、その謝罪と賠償の話をするために伺いました。どうか、扉を開けて頂きたい」



 声でバレないように、ワザと低い声でアリスは叫ぶ。


 しばらく待てば、ガチャリと鍵の開く音が聞こえ、ギギギと扉が動く。


 扉は外を伺える程度しか開かなかったが、アリスとしてはそれで十分だった。


 その隙間に剣をすべらせ、こちらを覗き見する誰かを串刺しにする。


 確か手応えと、扉の向こうから呻く声を確認して、アリスは扉を勢いよく開けて屋敷に入った。


 剣に刺されて倒れているのは、あの日アリスに理不尽な宣告をした執事長のダートだった。



「あら、貴方まだ生きていたのね。街があんな事になっているのに、ずいぶんと生き汚いわね」

 


「アリステ……ィル、さま? どう――ぐへぇ!」



 痛みに堪えながら疑問を口にしようとしたダートの頭を、アリスは無造作に踏みつける。


 グリグリと足を動かしながら、ワザとらしく欠伸をしてみる。



「駄目よ。そのくだりはさっきやったばかりなの。悪いけど、同じ質問に答えるほど私暇じゃないのよ」



「んん、……んっんん! …………」



 さっきと言われても、思い当たる節なんかないダートは、顔を踏まれている事と一緒に抗議するが、口を塞がれているような物なのだから、それは当然言葉にならない。


 アリスもダートがなにを言ってるのか理解出来なかったが、そもそも理解するつもりもないので、テキトーにわかったフリをして話を続ける。



「えぇ、そうね。私は元気よ。それより、この屋敷を追い出されてからまだ一ヶ月も経っていなのに、ずいぶん内装が様変わりしているけど、なに? お父さまの趣味は変わったの?」



 興味なさそに、アリスはぐるりと玄関ホールを見渡す。


 アリスの記憶の中で、落ち着いた調度品による心地よい雰囲気を与えてくれる玄関ホールだったのだが、今や見る影もなく壁は斬られた後や赤黒い染みが付き、確かにあったはずの調度品はその原型すら想像するのが時間の無駄だと思えるほどに壊れていた。



「まぁ、他人の趣味にとやかく言うつもりはないけれど、それでも絨毯ぐらいは良いものにした方が良いわよ。踏み心地が悪すぎるもの」



 言ってアリスはまた足を動かし、絨毯の踏み心地を確かめる。



 アリスが足を動かす度に、下から呻く声が聞こえてる。



「あぁ、駄目よダート。そんなところで寝ていると間違えて踏みつけてしまうわ」



 ダートは唯一出来る抵抗として、アリスを睨む。


 アリスはそんな態度のダートに優しく笑いかけると、しゃがんで彼の顔に近づいた。



「あらあら、悪い顔ね。まぁ、私と貴方はもう赤の他人なのだから、別にどんな態度をとってくれも構わないけど、それは私に言える事なのよ」



 アリスはゆっくりと手を伸ばす。


 ダートはアリスの真意に気づいて、抵抗しようとするが、動けば刺さっている剣が更に傷を広げてい激痛が襲う。



「ふふ、大丈夫よ。ちゃんと痛くするから、我慢しないで叫びなさい」



 まともな抵抗が出来ないダートの右目に指を突っ込み、穿るようにして眼窩から目玉を取り出す。



「――――――っ!」


 まだ脳と繋がっている視神経によって、右目は地面にこぼれ落ちる事はなかった。



「これってまだ見えてるいるのかしら? まぁどっちでも瞬きする手間が減った分、良かったって事にしましょうか」



 ダートは浅く息を吐き出す事しか出来なかった。


 アリスは、ふと考えるように頬に手を当てる。



「なんかバランスが悪いと落ち着かないわよね。やっぱり左目も取り出しましょうか」



「や、……やめ、くれ…………」



 必死で絞り出した声に、アリスはクスクス嗤って返す。



「駄目よ。スタンホォード家の執事たるもの、そんな中途半端な姿でいるなんて、貴方じゃなくてスタンホォード家の品位を疑われていしまうわ。


 でもそうね。貴方の体の事ですもの。選ばしてあげるわ。


 左目も抉り出すか、それとも両目を潰すか。


 どちらにする? 私はどちらでも構わないわよ。どうせ手間は変わらないものね」



 ダートは息を飲む。


 眼の前いる女は、自分が知っているアリスティルの性格と、あまりにもかけ離れ過ぎている。


 悪魔と契約した。


 その言葉が思い出されて、ダートは残った左目に嫌悪を乗せる。



「悪魔、め。やは……り……だんな、さまの…………はんだっ、は、正しいかった……」



 そのダートの言葉に、アリスは笑いから一転冷めた無表情に変わった。



「つまらない。それが貴方の答えなの? なんとも二流な返答ね。別に望み通り、悪魔として振る舞って良いのだけど、私演技は下手なの。知ってるでしょ。だから期待にそえそうにはないわ」



 アリスはダートの襟首を掴み、無理やり起き上がらせると、額がぶつかる程に顔を近づける。



「もう少し遊んであげたかったけど、はっきり言って興冷めなの。だから貴方に最後の仕事を与えてあげる。お父さまはどちらに居るのかしら?」



「ぁ、あくまに……、おしっ、え、る事は…………ない……」



「ふーん。流石は長年執事長を務めているだけはあるわね。良いわ、そのスタンホォード家に命をかけて仕える心意気に免じて、貴方は見逃してあげるわ。


 それに、せっかくの感動の対面になるのだから、自分の足で探さないと、感動も半減してしまうものね」



 アリスはダートに刺さっていた剣を無造作に抜いた。


 剣が栓をしていたからこそ、血が溢れる事はなかったのに、それが無くなったダートの体からは、絶え間なく赤い血が流れ出す。


 アリスが掴んでいた手を放せば、ダートは自分が作った血の池にバチャっと倒れた。


 アリスは立ち上がり、思い出したようにダートを見る。



「あぁ、汚しちゃって、ちゃんと綺麗にしとかないとお父さまがお怒りになるわよ」



 またクスクス笑って、アリスは玄関ホールを後にした。






  

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