【第1期】記憶の魔導書を巡る百合冒険譚。~白魔女ちゃんとパーティ組んだら、アタシの堅実冒険者ライフが大崩壊! え、ちょっと待って。世界を救うとか、そういうのはマジ勘弁して欲しいんスけど……!~

難波霞月

記憶の魔導書を巡る百合冒険譚。

第1章 赤毛の冒険者、忘却の白魔女と出会う。

第1話 森の中の不思議な女の子

 森の奥から、ドォン! という派手な爆発音が響いた。

 

 「な、なんだっ?!」


 せせらぎで水を汲んでいた『赤毛のソロ』ミーシャは、突然の轟音に思わず顔を上げる。

 短く切ったクセのある赤毛が、深い森の木漏れ日にきらめく。


「今、爆発したよな?」


 独り言をつぶやいて、ミーシャは周囲を見渡した。

 ネコ科の動物を思わせる褐色の瞳を、せわしなく動かす。

 その右目の下あたりに、横薙ぎに刃物か何かで付けた、細い傷跡がみてとれる。


 再び爆発音。


 「まただ!」


 するとミーシャは、小さく息を吐いてから、呼吸を止めた。

 両の耳に、手を当てて目を閉じる。

 

 爆発に驚いて飛び立った鳥たちのはばたき。風で木々がこすれあうざわめき。

 その向こうに、かすかに聞こえてくるギィギィという耳障りな声に行き当たった。


 (ゴブリンだ)


「……ギ、ギギ!」


「ギャアギャア!」


「……って……ださい。もう…………ッ」


(女の子の声!)


 不穏な事態を察知したミーシャは、そばに置いていたリュックを背負うと、声の方向に駆け出した。


 ここは、霊峰ガルガンチュアのふもとに広がる、広大で深いラブレーの森。

 森の中を抜ける街道から外れ、けもの道をさらに奥へ進んだところ。


 ミーシャは岩をまたぎ、木々をすり抜ける。

 すらりとしたスレンダーな体躯が躍動して、まるで猿のように森を行く。

 

 途中、邪魔な草が生えていたら、手にしたショートソードで切り払う。

 声の場所は、そう遠くはない。


 息が切れない程度に走りながら、彼女は周囲の様子をうかがう。

 やがて、木々の合間から、ちらり、と白いものが見える。人影だ。

 

 (いた!)

 

 ミーシャは、人影に向かって走り出した。

 間もなく、彼女の視界にはっきりと人の姿が現れた。

 

 (え、冒険者じゃなさそう……しかも一人じゃないか)

 

 その人影は少女だった。

 教会の司祭が来ているような白い祭服。小柄で華奢そうな体つき。

 つややかなローズゴールドの長い髪を振り乱し、宝石のついた長い錫杖で魔物を追い払おうとしている。

 

 彼女を取り巻くゴブリンは5匹。

 いずれも、木の枝だの、動物の骨だのを得物として、彼女の周囲を鳴き喚きながら飛び回る。

 ゴブリンは、一般的な人の背丈の半分ほど、灰緑色の肌を持つ人型の魔物である。


 「みんな、あっち行ってください! この杖はわたしの物だから、あげませんよ!」

 

 少女の威嚇になっていないような威嚇の声。

 ゴブリンたちはそれを聞いて、お互いに顔を見合わせた後、「ギャッギャッ」と嗤った。

 そして、中の大柄な1匹が杖の先を指さして何かを言う。


「グゲッ! ギギ、ギ、ギャ!」


「ダメです。これは、師匠からいただいた大事な杖。あなたたちの長に捧げたいっていっても、渡せません!」


 少女はそういうと、 すぅ、と息を飲み、


「【炸裂球】!」


 一声叫んだかというと、杖の先端から、雷をまとった光の玉を勢いよく撃ち出した。


 ゴブリンたちは身軽にそれをかわす。

 【炸裂球】は立木にぶつかり、ドォン! という激しい音ともに激しく光った。

 だが派手な割には殺傷力は低いらしく、立木はかすかに木片が飛んだくらいだった。


 「あれ? あの魔法って、もっと威力があるはずだけどな」

 

 思わず呟いたミーシャは、木の上から、1匹のゴブリンが今まさに少女へ飛びかかろうとしているのに気が付いた。

 

「危ないっ!」

 

 ミーシャは一声叫ぶと、腰のポーチから何かを素早くつかむ。

 そして勢いよく樹上のゴブリンに投げつける。石礫いしつぶてだ。

 

 「グギャ!」

 

 真下の少女に飛びかからんとしていたゴブリンは、不意を打たれて顔面に石礫を食らい、バランスを崩して頭から地面に叩きつけられる。


 と同時に、急に飛び出してきた赤毛の少女に、白いローブの少女も、ゴブリンたちも一瞬状況を忘れて視線を送る。

 

 「ええと……どちら様ですか?」

 

 「いや、そういうのは後でいいから! 加勢するよ!」

 

 ゴブリンたちは突然の闖入者にびっくりしながらも、仲間の一匹がやられたのを見て激怒し、「ギャアギャア!」と叫びながらミーシャへ一斉に躍りかかった。

 連携もへったくれもない雑さだが、5匹同時に襲い掛かられれば、並の手合いではどうしようもない。

 ただ、ミーシャは並の手合いではなかった。

 

 「来なよ、相手してやる!」


 ミーシャは、威勢のいいタンカを切って、剣の切っ先をゴブリンたちに向けた。

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