03.何でも屋へようこそ!(3)

「――準備が完了したら、何します?」


 世間話のつもりで話を振った真白だったが、グレンから呆れたような目を向けられる。


「明日に備えて個人的な準備だな。言っておくが、今日は別に休みではないからな?」

「午後とか絶対に暇なので、実質半休みたいなものですけどね!」

「今月の勤務日数10日が何を寝言ほざいているんだ……!? 仕事は溜まっていないのか、お前」

「あっ、あったかも……。いやでも、経理のおばさまは私の勤務表を付けてくれるし」

「なんでだよ……自分で書け、そんなもの」


 まあ待てグレン、とアルブスが心なしか悪い笑みを浮かべて制止した。


「諜報が戻ったと言っていたな。真白に村の情報を取りに行かせればいい。確か、諜報のチームリーダーもヤギ何とかという名前だろう? 我々が行くより業務外調査を行ってくれる確率が高いはずだ」

「あの人はそういうのをあまり気にしないな。どちらかと言うと、後ろに控えているツバメ共に聞いた方が調べてくれそうだ。まあいい。真白、後で村について聞いてみろ」

「はい。了解です。あれ、アルブスさんは午後はどうするんですか?」


 真白の問いをアルブスが鼻で笑う。

 何を当然で聞く必要のない事を聞いている、とでも言いたげだ。


「無論、明日出掛けるのであれば今日は祈りに時間を割くとしよう」

「ああ……アルブスさんは神格存在、白黒ヤギの信奉者なんでしたっけ」

「敬意が足りんようだな。お前達はその神により、仕事を円滑に進めているはずだ。感謝の祈りくらい捧げろ」

「眠くなるので……私はいいです」


 元々別のカルト教団に所属していたアルブスは、諸事情によりスケープゴートに転職した。とはいえ、仰ぐ神は一応同じなので問題はない訳なのだが。

 このスケープゴートは確かに神格存在である白黒ヤギを奉ってはいるが、信仰というより利用だ。アルブス程ガチガチに祈りを捧げていたり、何らかのアクションを起こす従業員はいないと言っていいだろう。


 そして勿論、ヤギではなく屋宜久墨に信仰を捧げているグレンがそれを鼻で笑う。危うく一触即発の空気になりかけたものの、どちらも大人だったので殴り合いにまでは発展しなかった。


「皆さん、やる事が色々あっていいですね。私は姉さんに情報提供をお願いした後は、部屋に戻って今日の手紙でも書きます」


 途端、会議室の温度が少しばかり下がる。

 恐る恐ると言った様子でグレンが訊ねた。


「前々から思っていたが――その手紙はどんな事を何の為に書き、誰に出す? 切手まで貼って、それでもどこにも送らないだろ?」

「手紙の内容なんて今日あった事とかそんな感じですよ。出す相手も勿論決まっています。が、出さない方がいいかもしれないですね!」

「意味が分からん……。お前のその奇行、拠点内で怪談話として語り継がれているぞ」

「ウケる」

「ウケないが? まさか、出先でも書くつもりじゃないだろうな」

「はは、毎日書く事に意味があるのです」


 日記では駄目なのか、そう呟いたグレンの言葉は聞かなかった事にした。日記では駄目なので。

 ここで思い出したようにアルブスがポツリと言葉を漏らした。


「怪談で思い出したが、毎日貴様が書き綴っている手紙、たまに全部なくなっているらしいな?」

「そりゃ、要らなくなったら廃棄ですからね」

「廃棄するなら何故書いた。資源の無駄でしかないだろうが」

「でもたまにちゃんと渡したりしていますよ」

「日記のような内容の手紙を送りつけられた者に同情を禁じ得ない。誰に送っているのかは知らんが、訴えられるような事はするなよ」

「いやだな、大丈夫ですよ。相手も喜んでますから!」

「本当か……!? 私ならそんな不審レターは要らないが」


 黙って事の成り行きを見守っていたグレンが盛大に溜息を吐く。


「同僚が変人ばかりで困る。お前達、頼むから他人からどう見られているのかを考えて目立たない行動を取れよ」

「貴様も大概頭がいかれているから安心しろ。私達は全員、同じ穴の狢だ」

「うーん、私だけがまともってワケですか!」

「そんな訳あるか。貴様も相当だ」


 再度盛大な溜息を吐いたアルブスが踵を返す。


「折角の半休だと言うのに貴様等と会話していると時間が過ぎる上に気が狂う。さっさと準備を終わらせるぞ」


 それもそうだ。カーナビの準備に荷物積み込み、情報収集などまだやる事がたくさんある。

 真白もまたその背中を追って歩き出した。

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