第22話 再会、そして
「ノエル」
淡い栗色の髪が揺れる。
けれど環の方へ振り返ることはなく、視線はまっすぐ玖狼だけに向けられていた。
手には短剣が握られている。
「いてて…やっとお出ましかよ」
玖狼は、拳銃握った手を軽く振りながら、にやりと笑った。
「ダウジングした時に分かったぜ。ずっと俺たちの近くで見張ってたろ」
ノエルの声は低く、静かな怒気を孕んでいた。
「それを知っていて…僕を引っ張り出すために、わざと彼女を傷つけたのか」
「こいつには悪いけど、そうでもしないとお前は出てこねーだろ。」
そう答えた玖狼には先ほどの冷たさはもうなかった。ただ、その瞳は挑発の色を宿していた。
「どんな理由があるのか知らねえが、"子"の育児放棄はいただけねえな」
玖狼はポケットから指輪のようなものを取り出し、人差し指に嵌めた。
「当事者同士、きっちり話つけてもらうぜ」
「僕から話すことはない」
ノエルは顔を背ける。
「そうかよ。だったら話したくなるまで痛めつけてやる」
玖狼の目つきが鋭くなった。
「第3ラウンドだ、ヘタレ吸血鬼!」
ふたりは動いた。
「こい、アモン!」
玖狼が叫ぶ。
指輪を嵌めた指でノエルを指し示す。
すると空間に光る魔法陣が浮かび上がった。
そしてそこから炎を纏った狼が現れる。
―――ウォオオオオオン
炎狼の遠吠えは周囲の空気を震わせた。
「やれ!」
狼は口から炎を吐きながら、ノエルに襲いかかった。
(なに、あれ)
環は目を見張った。
玖狼はあんな力を隠していたのか。
環との戦闘では全く本気を出していなかったのだろう。
「悪魔使いか…!」
ノエルは指を噛み切り、血を滴らせる。
その血を炎の狼に向かって飛ばすと、クモの巣状に広がり、襲い来る炎を防御した。
炎狼の影から玖狼が滑り込み、ノエルに銃弾を浴びせる。
ノエルは持っていた短剣でそれを弾く。
そして、血液で新たな武器を生成した。
紅い大鎌だった。
それを玖狼に向って振りかぶる。
玖狼は半歩身を引き、それを躱す。
刃と刃が火花を散らす。
動きが速すぎて目で追うのがやっとだ。
ノエルは大鎌と血を操って攻撃。
玖狼はナイフ、銃、炎狼の攻撃。
環があそこに飛び込めば、間違いなくズタボロになるだろう。
「なんで…」
環にはふたりが争っている理由がわからなかった。
「やめてよ!なんで戦ってるの!」
「俺はこいつに腹が立ってんだよ」
玖狼は、銃のリロードのため後退した。
その間も炎狼がノエルに喰らいつこうとする。
玖狼は弾を装填しつつ、ノエルから視線を外すことなく答えた。
「大方、さっきの吸血鬼が殺されるのを見届けたら、お前に会わずに行方をくらますつもりだったんだろ」
ノエルは炎狼を鎌で真っ二つに引き裂いた。
「君には関係のない話だ」
ノエルは玖狼に向かって鎌の切っ先を突きつけた。
「僕も君に怒ってるんだ。
環ちゃんに酷いことをしたからね」
2人は睨み合う。
玖狼の背後に先ほど真っ二つにされた炎狼が再びゆらりと姿を現す。
ふたりが再び刃を交えようとした、
その刹那、
―――カラン
金属音が周囲に響く。
3人が一斉にそちらに目を向けた。
山積みになった鉄骨の影から現れたのは。
――――グルルルルルル…
鋭い爪、赤く光る瞳、だらんと垂れた舌。
黒い犬のようなその姿。
環は思わずその名を口にする。
「ブラックドッグ…!」
玖狼は舌打ちしながら、ブラックドッグに向き直る。
「ったく、最悪のタイミングで出てきやがって…!」
「この前倒したんじゃないの!?」
「こいつは、墓から持ち出した品を返すまで何度も襲ってくんだよ」
ノエルは横目で玖狼を見た。
「こんなモノに付け狙われるなんて、いったい何を盗んだんだ…?」
玖狼はノエルには答えず、変わりにブラックドッグに向かって怒鳴った。
「さっさと来いよ!
お前が欲しいのはこれだろ!」
手を掲げ、人差し指の指輪を見せつけた。
それを見た瞬間、
ブラックドッグは玖狼に向かって走り出そうとした。
―――しかし
できなかった。
ブラックドッグは、何者かに足を掴まれて止まった。
――ズルリ。
吸血鬼の腕だった。
さっきまで地面に転がっていたはずのそれが、獲物を逃さぬよう爪を食い込ませていた。
「なッ……!」
「殺し損ねたのか!」
玖狼とノエルが目を剥く間に、吸血鬼はブラックドッグの首筋へ牙を突き立てた。
そして、
――バリッ、バリバリッ!
肉を裂く音が辺りに響く。
吸血鬼がブラックドッグを喰らい始めた。
ブラックドッグの断末魔が資材置き場に反響した。
みるみるうちに吸血鬼の傷口は塞がり、その身体は膨張を始める。
「まずい…!」
ノエルが焦った様子で呟く。
それに反応したように、
「アモン、焼き尽くせ!」
玖狼はアモンに命じて、すぐさま攻撃に転じた。
アモンの炎が吸血鬼とブラックドッグを包む。
玖狼はさらに追い討ちをかけるように、銀の弾丸を打ち込む。
「…う」
肉の焦げる臭いが辺りに充満し、環は思わず口を覆った。
しかし、炎と煙に包まれてもなお、吸血鬼は形を変え続けていた。
炎で焼かれた箇所ははすぐさま回復し、それ以上のスピードで肥大化している。
「ぎ……ぎひひひひ……ァアアアアッ!!」
ボコッ……ボコボコボコッ!
皮膚の下で暴れる何かに押し広げられるように、筋肉が隆起する。
鉄骨の山がミシミシと音を立てて押し退けられた。
腕は異様に肥大化し、一本一本の指は鉤爪のように伸びる。
背骨が破裂し、そこから黒い骨の翼が生えた。
頭部は人の形を留めず、顎は裂け、牙が二重三重に並ぶ。
直ぐ側の建築資材置き場のビルの3階と同じくらいの大きさになった。
口から、ダランと舌が出ているのは犬のようだったが、あまりにも巨大すぎる。
目が3つ額のあたりについており、ギョロギョロと動いていた。
「おいおい……でかすぎんだろ……!」
玖狼の声に、環は巨体を見上げながら息を呑んだ。
「――なに、これ…」
「ブラックドッグを取り込んだんだ…」
ノエルが険しい顔で呟いた。
もはや吸血鬼は人の姿をとどめていなかった。
落ち窪んだ眼窩がギラリと光る。
「グオオオオオオオオオオ――ッ!!」
咆哮と共に地面が震え、土煙が巻き上がった。
玖狼は顔を歪めて吐き捨てる。
「……勘弁してくれよ!」
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