第11話 暗い兵士さん。
砂漠の任務、最後の日。
みんなの顔が暗い。
「おはようございます!」
わたしは、まえを通る甲冑を着た兵士さんに声をかけた。
うなだれて歩いていた兵士さんが顔をあげた。そしてわたしの顔をしばらくじっと見た。
「……おはようございます、ユキコ殿」
返事はしてくれたけど、また顔をふせ、とぼとぼと歩いていった。
「おはようございます!」
「………」
次の兵士さんはなにも答えず、大きな盾を引きずりながら歩いていく。
つい先日にカレーを食べたときは、あんなに明るかった兵士さんたちが。
みんなが落ちこんでいるのには、明確な理由がある。それは三日前に、最後の輸送隊が到着したときのことだった。
「なんで、よその隊への物資がまじってんだよ!」
輸送隊の人たちにむかって声をあらげていたのは食料班の小さな兵士、イリュさんだ。
わたしはグレン隊長と話をしていたのだけれど、騒動を聞いて隊長とともに駆けつけた。
「どうした、イリュ!」
「隊長、こいつら馬鹿なんっすよ。三十九番隊じゃなくて、三十七、三十八への物資もまじってんですよ」
輸送隊のかたがたも困惑の表情を浮かべている。
「お、おれたちは用意された荷物をはこんできただけで」
「くそっ、馬鹿なのは役所の連中か」
「す、すいません。いまから王都に帰って」
「おまえも馬鹿か。王都まで往復して帰ってきたら、おれらの任務は終わったあとだっつうの!」
イリュさんが怒るのも無理ない。ここは砂漠。食料の現地調達はむずかしい。
塩トカゲの
「こうなりゃ、よその物資でも、おれらがもらう。さっさと荷物すべておろしやがれ!」
イリュさんの怒りに押され、輸送隊のみなさんは飛ぶような早さで荷物をおろし、頭をさげながら帰っていった。
「三十七番隊への物資をあけてみるか」
そう言ってグレン隊長が砂の上におろされた木箱をあけた。
「パン……だな」
おなじみ長期保存できる固いパンだ。
「イリュ、そっちはどうだ?」
「こっちはですね……」
イリュさんが木箱ではなく、木樽のほうのフタを取った。
「くそっ!」
「どうした!」
イリュさんが両手をひらき、あきれたポーズだ。
「パンです」
荷物をまちがえられたせいで、補給物資の食料はパンだけになってしまった。
すでに塩トカゲの干物も、コカトリスの肉も、野菜もすべて、食べつくしたあとだった。
水だけは、歩いていける距離にゲルさんが水場を見つけてくれた。地下水がわきでている砂漠のオアシスだ。
でもそのオアシスは小さすぎて、その周辺には雑草ていどしかないらしい。
あれから三日間、三食ともに固いパンと水になった。だから兵士さんたちの顔が暗い。
「ようし、三十九番隊、朝礼を始めるぞ!」
グレン隊長のまえに、兵士さんたちが整列した。みんなの頭や肩は垂れさがり、どんよりとした空気が広がっている。
「どうした、最終日だぞ!」
グレン隊長はそう言いながらも、苦笑いを浮かべていた。
「まあ、三日三晩、パンづくしだからな。しかも固くてまずいと評判の『歩兵パン』だ」
みんながいっせいに、ため息をついた。
「よし!」
グレン隊長がなにか思いついたように口をひらいた。
「粗末な食事が続いている。健康への被害がでるまえに、今日は非常食を配るぞ」
非常食というものがあるんだ!
わたしはおどろいたけど、兵士さんたちから「勘弁してくれ!」とブーイングが飛んだ。
しばらく待っていると食料班の三人、イリュさん、ゲルさん、ゴルさんが、なにか大きなビンをかかえてやってきた。
「ひとりひとつ。皮まで食べるんだぞ!」
皮と聞いて、食料班の三人が持つ大きなビンを見た。緑色の丸いものが入っている。
そうか、さきほど「健康の被害が」と言っていたから、あれはもとの世界でいうとライムみたいな果実だ。ビタミンCを補給するためのもの。
いやそうな顔をしながら兵士さんたちが食料班三人のまえにならび、ビンに手をつっこんでひとつずつ取っていく。
「ユキコ殿もひとつ!」
「あっ、はい!」
わたしはすこし離れた場所から見守っていた。呼ばれたので駆けだす。
イリュさんの持っているビンに近づいた。
「残すなよ」
「わたし、好き嫌いありません!」
反論してビンに手をいれた。なぜか「ちゃぷん」と液体に当たった。いったん手を引いて、濡れた指先のにおいを
「お酢?」
「マグルードの酢漬けだ。からだにいいんだぜ」
イヤな予感がする。わたしはもういちどビンに手を入れ、お酢につかった緑色の果実を取りだした。
ちょっとかじってみる。
「はぅ!」
イヤな予感が当たった。これ見た目はライムだけど、味はあの苦くて有名な沖縄の野菜、ゴーヤとおなじ味だ。
しかも、苦みはゴーヤより強い!
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