2050年、僕たちの恋のデータ
@jaispark
第1話
2050年、僕、ハルトの腕に巻かれたライフログ・バンドが、朝の光を浴びて静かに光っていた。今日の「恋愛スコア」は78点。昨日、僕が好きな人──クラスメイトのミナミと交わした会話のデータが反映されている。お金という概念が消え、個人の行動データが価値の源泉となる「データ資本主義」の社会で、恋愛もまた、データによって評価される時代になっていた。
僕たちの学校では、恋愛は「マッチング・アルゴリズム」によって管理されていた。生徒一人ひとりの行動履歴、趣味嗜好、さらには心拍数の変化や脳活動の記録まで、あらゆるデータが収集・分析され、最も相性の良い相手が提示される。マッチング・アルゴリズムが提案する相手と付き合えば、僕たちの恋愛スコアは上昇し、様々な恩恵を受けられる。しかし、アルゴリズムの提案を無視すれば、僕たちのスコアは下がり、周囲からの評価も下がる。
僕のバンドが示すミナミとの相性は、常に平均点だった。僕のデータとミナミのデータは、互いに「興味がある」というサインを送っているものの、アルゴリズムが「付き合うべき」と判断するほどの強い相性ではなかった。ミナミは、クラスの中でも特に人気があり、彼女のバンドには、常に複数の男子生徒との「相性良好」のデータが表示されていた。
「ハルト、お前の今日の恋愛スコア、また上がったな。もしかして、ミナミと何かあったのか?」
親友のユウキが、僕のバンドを覗き込みながら言った。ユウキのバンドには、僕とは違う女子生徒との相性が「95点」と表示されていた。ユウキは、アルゴリズムの提案に従ってその女子生徒と付き合っており、彼の恋愛スコアは常に高かった。
「いや、ただ少し話しただけだよ」
僕は、そう答えるのが精一杯だった。ミナミは、アルゴリズムの提案に盲目的に従うことを嫌っていた。彼女はいつも、アルゴリズムが示すデータとは違う「何か」を求めていた。それが、僕が彼女に惹かれる理由の一つでもあった。
ある日の放課後、僕はミナミに誘われて、放課後特別教室へ向かった。そこは、普段は使われない、古びた図書室だった。そこには、この時代には珍しく、紙の小説がたくさん置いてあった。
「すごい…こんなにたくさんの本があるんだね」
僕は、そう言って本を手に取った。
「うん。ここは、AIが『効率が悪い』と判断して閉鎖された場所なの。でも、私はここが好きなんだ」
ミナミは、そう言って微笑んだ。彼女の笑顔は、僕の胸を締め付けた。その時、僕のバンドが示した心拍数の上昇を、アルゴリズムは正確に記録していた。
「ハルト、知ってる? 昔の人は、こんな紙の本を読んで、自分で物語を想像してたんだって。AIが描いた物語じゃなくてね」
ミナミの言葉は、僕の心を揺さぶった。僕たちの社会は、AIが描く「最適解」で満たされている。しかし、ミナミは、その最適解ではない、「自分で見つける物語」を求めていた。僕は、ミナミと一緒に、古い本をめくりながら、昔の人の恋愛について語り合った。
「昔は、データなんてなかったんだね。みんな、自分の感情だけで恋をしてたんだ」
「うん。だから、失敗することも多かったらしいけど、その分、感動も大きかったんだって」
ミナミの言葉を聞きながら、僕は僕自身の恋愛スコアが、どれだけ無意味なものかを知った。僕のバンドが示すミナミとの相性は、僕たちの会話が生み出す感動の、ほんの一部でしかなかったのだ。
その夜、僕のバンドの「恋愛スコア」は、過去最高を記録した。しかし、それは、僕がミナミと交わした会話の内容ではなく、僕の心拍数の上昇と、僕の脳活動の記録によって導き出されたものだった。アルゴリズムは、僕の感情を「データ」として捉え、僕たちの相性を「良好」と判断したのだ。
翌日、僕はミナミに、一つの提案をした。
「ミナミ、僕たち、バンドを外して話してみないか?」
「バンドを外す?」
「うん。データに縛られずに、僕たちの本当の気持ちだけで、話してみようよ」
ミナミは、少し驚いた表情をしたが、すぐに笑顔で頷いた。僕たちは、人目のない場所へ行き、腕に巻かれたライフログ・バンドを外した。
バンドを外した僕たちは、まるで初めて言葉を交わすかのように、互いのことを語り合った。好きな音楽のこと、将来の夢のこと、そして、互いの恋愛観のこと。ミナミは、アルゴリズムの提案に従って付き合うことを「つまらない」と感じていたこと、そして、僕のことが気になっていたことを、正直に話してくれた。
僕もまた、ミナミに惹かれていたこと、そして、データに縛られた恋愛に違和感を抱いていたことを話した。僕たちの会話は、AIが予測できない、僕たちの心と心が通じ合う、本当の会話だった。
その日、僕たちは、初めて手をつないだ。バンドを外した僕たちの手は、少し汗ばんでいた。しかし、その手から伝わる温かさは、僕の心を温かく満たした。
翌朝、僕のバンドには、僕がミナミと交わした会話のデータは何も記録されていなかった。しかし、僕の「幸福度スコア」は、過去最高を記録していた。僕たちの恋愛は、データには記録されない、僕たちだけの物語として始まったのだ。
僕たちは、これからもバンドを外して会うことを続けた。僕たちの恋愛スコアは、アルゴリズムの予測を裏切り、不安定なままだった。しかし、僕たちの心は、誰にも予測できない、僕たちだけの物語を紡ぎ続けていた。
僕たちは、データに支配されるのではなく、データとAIを使いこなし、僕たち自身の恋愛を創っていく。そんな未来が、僕たちの前に広がっていた。
僕たちは、これからも恋をし続けるだろう。このデータとアルゴリズムの時代で、僕たちの本当の気持ちだけで。僕たちの恋は、僕たちの「踊り」を記録し、そして、僕たちの未来を創っていく。
2050年、僕たちの恋のデータ @jaispark
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