誰だったか、女性アイドル本人か、周囲で見ていた人か、呟いた一言があります。「握手会に来る男性は、大切に思う女性に会いにいくときに、身体を洗って体臭を消したり服装を整えたりしないんですか?」
「推し」と呼ばれる活動は、時に、自分自身に無頓着なことがあります。自意識過剰とは真逆に、視線を全て「推し」に注いたからなのか、自分が他者から見られたら受け入れられないと気づかないことが。
「推し」に使う金銭を「賽銭」と呼ぶこともあるそうですが、納得します。相手を、いかなる賤民をも受け入れる神だと見なしていれば。
そんなことないですよね。アイドルだって人間なんですから。
本作では「推し」は男性芸能人ですが、筆者は彼のことを一人の人間として見ています。人が他人と会う、その時に気づく自分の容姿。
筆者様に代わって大切なことを記します。筆者様の体重は服用している薬の副作用によります。御本人が言い訳していませんが、代わって記します。
賽銭を投げれば愛を与えてくれる神ではなく、身なりを整えないと嫌悪感を抱いてくる人として「推し」を見ること。これは一周回って健康な姿だと評者は考えます。
一方を不健康というのは失礼ですが、あれこれ見ていると、どうもねぇ……
筆者様は「推し」を慮っていらっしゃいます。きっと程よい関係性、つまり「推し」を続けることでしょう。
推しがいても、公に、声高に、「推し!」なんていえない。
その気持ちはわかります。
だって、あの世界はキラキラで、推しとファンがなんともいえない空間で楽しんでいる、そんな華やかな世界だからです。
そこに自分を置けない。
本当によくわかる心情です。
でも、この作品の著者は、そんじょそこらにいる推し活ファンとは年季がちがうんです。
あえて言えば、レベチ。
なんと、赤ちゃんの頃、推しが2歳の頃からファンです。
これこそ、まさに文字通りの古参。
そんな筋金入りがファンクラブにも入らないで、ずっと、ずっと推している相手とは。
この推しが誰だかわかりますか?
読んでください。
ほおおって思いますから。あの人かあ。なんか納得って思いますから。
いやわかる。
わかりすぎる。
推しに認知されたくない気持ち、わかります。
私もね、推してるアーティストさんとかね、いるわけですよ。
でも、推しと言ってもそんなに暦が長いわけでもないですし、そこまで詳しくもないのです。
しかもなんか、周りのファンの子達、年齢も若いし、夏場のライブなんかだとビキニだったりもしてですね。えっ、こんなおばちゃんがファンでごめんなさいね!?って思ったりして。
でも、それはそれでファンなのにどうなのって思ってたんですよ。それよりもやれライブだ遠征だってやるのがファンなんじゃないの、って。
そう思ってましたんでね、今回こちらのエッセイを読んでですよ。
だよね!
あるよねそういうの!
認知されたくないのあるよね!!
推しの形はそれぞれよね!?
いろんな応援の仕方があっていいよね!?
そんな気持ちになりましたね。
最前線で盛り上げることはちょっと厳しいけど、我々は推しを推しております!!