禁じられた病

 大きな窓から差し込む夕陽。茜色に染まる大理石の床。二つの影が一つになる。

 大きな扉から踏み込む怒声。伸びた影の先には瞳を大きく見開くイザベラの姿。

 紫色の瞳が私たちを捉える。茜色に染まる赤髪を震わせた彼女の花唇が開いた。


「どういうことなのか……この惨状……聖女様、ご説明いただきたく存じます」


 その冷静な言葉遣いとは裏腹に、イザベラは柳眉を逆立て怒りを露にしていた。

 部屋の中央で座り込む私とアルファの元へ、一歩一歩と近づくイザベラに問う。


「見てわからんか?」


 黒色と金色、破滅的なまでに絡まり合う色彩が、まるで解けぬ運命の糸のよう。

 彼女の歩みがぴたりと止まる。その瞳を細め歯軋りすると、憎々しげに言った。


「信じていたのに……聖女様を……わたくし、わたくし、あぁあぁあぁあぁあ!?」


 突然の発狂! イザベラが頭を抱え天にほえる。暴れる肉体美、乱れる修道服。

 踊るように身悶え、幾度も絶叫! 血走る眼、涎と涙、壊れた彼女が狂い舞う。


「イザベラッ!!」


 彼女の常軌を逸した振る舞いに、わけもわからぬまま声を振り絞り呼びかけた。

 すると先程までの狂乱が嘘のように、ぴたりと、静止画のように動きを止めた。

 まるで禍々しい彫像のような彼女が、ぎろりと、怒り狂う瞳を向け一言発した。


「あ?」


 怖い。美人が怒ると実際怖い。傾国の美女かくして修羅喰う羅刹となりにけり。

 悪い。何だか知らんが、とにかく悪い。狂気を帯びた悪い空気を変えるべく――


「な、何ていうか……ええと、あっ、そう! 誤解。酷い誤解なんだよイザベラ」


 ――とにかく思いつくままに言い訳をした。いや、何かしらの誤解なのだ実際。

 私の言葉を聞いたイザベラが、ぎりぎりと壊れた玩具のように首を傾げて笑う。


「あ?」


 怖い。怨念染みた笑顔が怖い。笑顔には本来感じぬ攻撃的な雰囲気に戦慄する。

 悪い。何だか知らんが、とにかく悪い。アルファと一つに合体したまま言った。


「信じてくれ、私のイザベラ」


 優しく甘い響きの声音で懇願する。イザベラはちょろい。たぶんなんとかなる。

 もはやアルファとは離れがたい。汗だくのあられもない姿、熱気を帯びた痴態。


「な、なぜ?」


 イザベラは枯れ果てた理性を絞り出すように、か細い声音で質問を投げかけた。

 沈黙。あまりに要領を得ない。答えあぐねていると、続けて彼女が言葉を紡ぐ。


「そ、その、なぜそのような、破廉恥なお姿に……」

「はれんち?」

「幼い御身で、じょ、情事をなさるなんて……わたくしが先に好きだったのに!」

「じょうじ?」


 まるで意味がわからんぞ。何を言ってるのだイザベラは? 互いに首を傾げる。

 あまりの不可解さに思わず力がこもると、アルファの甘い声が静寂に木霊した。


「ぁあ! い、イザベラ……んっ……ご、誤解……ひっ……誤解、だから……っ」


 なんだろう? 誤解を深めてるような気がするのだが……せめて喘ぐのやめろ?

 濡れた二人の境は崩れ落ち、微かな摩擦が秘めやかにアルファを喘がせていた。

 まあ、冷静に考えると確かに破廉恥だし、同性とはいえ情事に見えなくもない。

 アルファの喘ぎ声を聞き憤死寸前といったありさまのイザベラに私は懇願した。


「そんなことより――」

「そんなこと!? そんなこと、ですって……わ、わたくしが……どんな想いで!」

「――助けて!」

「あ? ん……えっ? 助けて? 何を?」

「見ればわかるだろ? 早く助けてくれ!」


 情熱的な舞踏の果てに二人の髪が絡まり、身動きできぬ一つの塊と化していた。

 見る見るうちに機嫌を直したイザベラが、歓喜の涙を流し、満面の笑みで叫ぶ。


「はい! ゴミ決定。処分いたしますわ!」


 言うや否や、強化魔法を全開! 瞬時に間合いを詰めたイザベラの右拳が唸る。

 塵も残さぬ、それほどの殺意! アルファの頭蓋を砕かんと渾身の一撃が迫る。

 アルファを押し倒して躱し、抱き上げては追撃の蹴りを避ける。さらなる連撃。

 激しく前後しアルファが喘ぐ。激しく上下しアルファが喘ぐ。卑猥は一切ない。


「邪魔をなさらないで聖女様! ゴミを庇うのはおよしなさい!」


 イザベラの絶叫が聖地を震わす。ああ、もう、めんどくさ。騒ぐなこのおバカ!

 可及的速やかにイザベラを黙らせないと、人が集まってきそうなほどの大騒ぎ。

 だがしかし、手枷足枷のごとき不自由なこの身なれば、もはやこれまでか――


 晒した決定的な隙、イザベラの顔が喜びに歪み、無慈悲な右拳が命を刈り取る。


 ――破壊せしめん。殺意が物理法則に呼びかける。殺人的衝撃波が頭蓋を穿つ。

 アルファを庇った私の額に、イザベラの右拳がめり込む。互いの皮膚が裂ける。

 血潮を交わす儀式のように、二人の血が合流し、滴り落ちて赤き海を創造した。


「イザベラ……」


 時が止まったように固まるイザベラ。その虚ろな瞳を覗き、続けて私は言った。


「愛してくれないのか?」


 醜悪な毒を吐き出す私を怪物がせせら笑う。卑怯だとわかっている。なのに――


 イザベラの抱擁。柔らかな胸、優しい匂い、熱い鼓動。世界で一番好きな感触。


 ――謝罪を繰り返す彼女の腕の中で、大罪を繰り返す私の井戸が崩れ落ちた。

 汗で濡れて肌が透けた白い衣の上を、白魚のような指が奏でるようになでる。

 イザベラにアルファとの一件を語り、誤解させて悲しませたことを謝罪した。

 複雑に絡み合う情感を紐解くように、イザベラの手を借り二つに分かたれた。


 夕闇に染まる影が重なる。枝を絡め、花が落ちる。互いの傷を舐め合い味わう。


 花が詠う叙情詩が赤糸を紡ぎ直す傍らで、黙する光が葉に注ぎ金糸を幹に繋ぐ。

 黄昏を浴する三位の影が、闇夜に溶け一体の星となり、忘れ得ぬ契りを交わす。

 満天の星空が那由他の命を労わる傍らで、罪を忘れ温もりを貪る己に絶望した。

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