第3話 一章

偉大な我らの王国、クラインガルテン王国は全国民が魔法と密接に関わって暮らしている。

身体を流れる血液のように誰しもの中に魔力は流れていて、それを使うことで人々は車を動かし、作物を育て、商売をして、生活の灯りを灯している。

ただ、生活を営む以上の魔力を持つものは多くない。

国民が使う魔道具を作ったり、未来を占ったり、「魔術」で炎や雷や氷などの自然現象までも生み出すことができるのはひと握りで、しかも7割は女性である。

そういった魔力に長けた者は大半がそれを生かし、魔術師や占術師、魔法騎士となるのだ。


この国の守護の主軸となるのは、それ故に女性で編成された崇高なる『白薔薇の騎士団』である。

強さと魔力を兼ね備えた彼女たちを主として、結界や回復術に長けた『王立魔術師団』、男性で編成され馬術や武器使用に長けた『黒百合の騎士団』。

この三本の柱が、王国に平和と秩序をもたらしていた。



「白薔薇の騎士団、団長ジャンヌ・アルストロメリア。召集により参じました!」

「黒百合の騎士団、団長アッシュ・メディウム同じく参じました!」

「二人ともご苦労様」


その三本柱の長が、本日魔術師団長の執務室に集まっていた。

中央の執務机に座るのは、この中で一番長く団長を務めるハルバート・カランコエである。

国王からの信頼も厚い辣腕家だが、オレンジ色の瞳と目尻に寄るシワは温かい人柄を思わせる。


「先日の魔物討伐もお疲れ様でした。

特にアルストロメリア団長は、魔術師団が駆けつける前に大掛かりな結界を張ったと聞きましたが、その後大事ありませんでしたか?」

「はい、特に問題ございません」


本当は命に関わる大事になったのだが、ジャンヌはそれを全く面に出さず返答した。

あの時は、先んじて駆けつけたジャンヌが独断で結界を張らなければ、村がひとつとその村人の食い扶持である家畜が魔物に蹂躙されていた。

結界にほとんどの魔力を使ってしまったが、その後の魔術師団の展開は迅速だったし、結果的に魔術師団員の一人に命を助けられたのでジャンヌから特に何も言うことはない。

…そして、助けられたときの手段については、報告ができるはずもない。


「アルストロメリア団長の咄嗟の判断により、村からの被害報告はほぼ挙がっておりません。…ですが、あんな所にまで魔物が発生しようとは…」

「それに関しては私も同意見ですね。本来魔物は北の森よりも以北、魔力の澱渦巻く地域にしか発生しません。それがここ最近はジリジリと王都に近づくように発生している…由々しき事態です」


あの日、ジャンヌが目覚めると空がぼんやりと白み始める夜明け前だった。辛うじて各隊の活動時間前であると分かってひどく安堵し、目を落とすと自分が寝台で寝ていたことに気づいた。

天幕の中を見渡せば、こちらに背を向けるように椅子に腰掛けたライルの金髪が見えて、なんと言葉をかければいいのか迷ううちに彼が寝ていると分かって、結局お礼も言わずに天幕から出てきてしまった。

自分に本来あてがわれた天幕に戻る間、誰にも会わなかったのはツイていたという他ない。

そして、気配を殺し最速で動けるほどに、魔力枯渇が改善していたことも。


「必ず現象には原因と結果があります。魔物が王都の結界を破る、もしくは結界内で発生していることには何か原因があるはず」

「はい、その原因を一刻も早く突き止めなければなりません。そこで、我々は『北の魔女』に接触を図りたいと思います」

「北の魔女、ですか?」


耳慣れない単語に、ジャンヌは回想から意識を引き戻された。

『北の魔女』とは、国境付近の北の森に住まうと云われる魔女のことである。

名前も姿も声も、具体的な住処も分からないがたしかに存在する。″たしかに″と言いきれるのは、時折ふっと人里に現れ、まじないや治癒などを国民に施して去っていく事例が絶えず報告されるからだ。ただし何代も前から王国は魔女の一族と互いに不可侵の協定を結んでいて、今まで関わり合うことは無いに等しかった。


「久しく起きていなかった国の一大事です。接触を図らないのが不文律でしたが、できれば魔力の高い魔女の力をお借りしたい。異変が北の森やその外で起きているなら、何かご存知かもしれませんしね」

「…関わっている可能性も?」


黒百合の騎士団長の言葉で、執務室の空気に緊張が走った。たしかに相手は高魔力の持ち主。そしてこちらの知らない魔術を扱える可能性も、ないとは言えない。


「…それも含め、確かめるためにまずはお会いしてみましょう。各団から2名ずつの少数精鋭で捜索班を組みます。団長のお2人も特別な事情がなければ参加して下さい」

「了解致しました!」

「カランコエ団長、提案ですが、ライル・アランジュを捜索班に加えていただけませんか」


危うく、驚きが声に出そうになるところをジャンヌはこらえた。

もうできるだけ関わらない方がいいだろうと思っていたその名前を、まさかこの場で聞くことになるとは。


「そのココロは?アッシュ君」

「ライル団員は高い魔力値の持ち主です。北の魔女と対するなら同量の魔力値の者が必要かと」

「…成程」


なにかしらの理由をでっち上げて反対したい、とジャンヌの私情が訴える。しかし黒百合の騎士団長の言い分は最もだ。真っ当そうな反論は出てこない。


「──分かりました。ライルに伝えましょう。協力的な態度をとるかは分かりませんが」

「有難うございます!」


結局ハルバートは少し困った笑顔を浮かべつつ、その提案を受けてしまった。これで同行はほぼ確定だ。ジャンヌは肩が落ちそうになるのをまた面に出さないようにこらえ、息だけを細く吐き出した。




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カランコエ:ベンケイソウ科の一種

『おおらかな心』『あなたを守る』

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