「小さな晴れ見ぃつけた」
@annawtbpollyla
「小さな晴れ見ぃつけた」
登場人物
陸屋小晴(ろくや こはれ):男性。17歳、高校二年生。
岡穂波(おか ほなみ):女性。17歳あるいは27歳、高校は中退済み。
※「」でくくった台詞は口に出しているもので『』でくくった台詞は心の中のものです。
本編
小晴『がたんごとんとという音とともに車内が揺れる。綺麗な新幹線。周りにお客さんは全然居ない。目の前にはドリンクバー。色んなジュースやお酒があってどれにするか迷うけど、ここは桃のジュースにしよう。注ぎ終えると少しだけ先に味見をした。うん、想像通りのまろやかな桃の味。小さい頃、一年に一回だけのご褒美で飲ませてもらっていた、思い出の味』
小晴『ん、気付いていなかった。お盆がある。一旦ジュースの入ったグラスはその辺りに置いて、お盆を持って車両の前の方に沢山並んでる食べ物も取りに行こう。何にしようかな、わかめご飯、五目ご飯、おにぎり。それにお父さんが昔作ってくれたインスタントラーメン。美味しそうなものがたっくさん。悩むなあ、悩むなあ。』
小晴『トングで取る度に補充されていく。これなら早くしないとなんて事もない。ようし、今回はこのくらいにして、食べきったらまた取りに来ようっと。僕の席は確かあのあたり……』
小晴『あれ、女の子が隣に座ってる。こんなに広いのに指定の座席がこんなすぐ近くだなんて、偶然っていうのもあるものなんだな』
穂波「すみません、そのジュース、私のです」
小晴「え」
小晴『席に座る前にさっき無造作にその辺りに置いたジュースを取ると、高校生……同い年くらいの女の子にそれは自分のだと指摘された。確かによく見るとすぐ近くに似た色のジュースかお酒かの入ったグラスが置いてある。僕のグラスはあっちの方だったようだ』
小晴「ああ、ごめんなさい。どうぞ」
小晴『謝り、飲もうとしたジュースを女の子に渡し、置いてあるグラスを手に取る。そしてその中身を口に含むと、さわやかな梨の味がした』
小晴「うぇっ!?」
小晴『思わず声が出た。間違いなく美味しい。美味しいのだけど、僕のは桃のジュースだったはず。という事は、これはつまりその、この女の子の飲みかけの』
穂波「うふふふ、ごめんなさい。最初にきみが取ったのがきみのだったようです。勘違いしてしまいました」
小晴『この子も同じくジュースを口に含み、自分の勘違いに気付いた様子だった。しかしその態度は僕とは正反対に落ち着いていて、むしろこの状況を「こんな事もあるのねえ」と楽しんでいるかのようで、しかもすぐに僕の手から梨のジュースを取ると何の躊躇もなく飲み始めた』
穂波「うん、やっぱりこっちの方が私好み」
小晴『この状況に自分一人だけが平常心を失っている事へのやるせなさ、わずかばかりの悔しさ、色んな気持ちが入り混じる。それらを誤魔化すように窓の外を眺めながら先程取ってきた僕の大好物たちを口に放り込み、なるべく味わうようにしっかりと噛み続けた』
小晴『外には美しい草原が光を反射している景色や、宇宙の中に小さな光が点在する景色、また、広大な海がただ静かにひたすらにそこにあるだけの景色、様々な景色が同時に存在している。そんな景色を見ながら日光に包まれ、お母さんが作ってくれたサンドウィッチを食べていると、段々と眠くなってきた。このまま眠ればきっと、それは心地の良い眠りになるはずだ』
小晴『段々と意識が遠くなっていく。ああ、良い。良い眠りが待っている』
穂波「これがきみの望みなんだね」
小晴『隣に座る女の子の声。このまま眠りたい気持ちだったものの、無視するのもどうかと思う』
小晴「え、どういう事?」
穂波「……いや、どうしたら良いのかな」
小晴『何やら言葉を探している。何か言いづらい事でもあるのだろうか?それに、改めてこの子をまじまじと見ていると……』
小晴「ごめん、もしかして昔どこかで会ったことある?」
穂波「ええ?初対面ですよぉ、陸屋小晴(ろくや こはれ)くん」
小晴『彼女はにまにまと笑っている。初対面だと言うけど、名前を知っている以上本当は初対面じゃないんだろう。この人は、人をからかうのが好きなのだろうか。さっきのジュースの件も本当はわざとだったのではとすら思えてくる』
穂波「私は岡穂波(おか ほなみ)。ねえ、小晴くん。ここがどこだかわかる?」
小晴「どこって、新幹線の中じゃ」
穂波「きみ、新幹線好きなの?」
小晴「まあ……修学旅行以外で乗った事ないから、アニメとか小説とかで見て、良いなあって」
穂波「さっき取ってきた食べ物、美味しい?」
小晴「美味しいよ。これ食べ終わったら何取ってこようかな」
穂波「……外の景色、見てみて。綺麗だね」
小晴「うん、色んな景色が広がってるけど、どれも綺麗。あ、夕焼けの中で小さな子とその両親が笑ってる。良いなあ」
穂波「向こうには幻想的なイルミネーションと夜景も広がってるよ」
小晴「綺麗だなあ。ここが新幹線の中でなければシャボン玉吹きたい気分」
穂波「小晴くん、一つお話をしても良い?」
小晴「良いよ、どんなお話?」
穂波「人はどうやって死ぬのか。肉体の話じゃなくて、魂の話」
小晴「……えっと、何かの宗教?」
穂波「ちょっと違う。私個人の考え。……人は。少なくとも一部の人はね、入れ物である肉体が損傷して生命活動を終えようとする時、魂も一緒に損傷して、そこで夢を見るんだよ」
小晴「夢?」
穂波「そう、夢。最後の晩餐ってあるでしょ。あれの食べ物に限らない版みたいな?魂ってやつがさ、傷付きながらその人の理想の夢を見るんだよ。それでその人がその夢に満足して、幸せな眠りに就くとその魂は完全に消滅して『無』になる。それと同時に肉体の方も生命活動を終える」
小晴「へえ、良いね。もし本当にそうなんだったら……死ぬのも悪い事じゃないって思える気がする」
穂波「でもなぜか私は自分でその夢を見る事ができないの。その代わりに、他の人……今はきみの夢にお邪魔してね。今まで沢山の人達が最後の夢を見て、満足して無になっていくのを見送ってきた」
小晴「……そっか、あの時。お母さんの病室から帰る途中に」
穂波「そう。きみは入院中のお母さんと別れた後すぐ、車に轢かれた」
小晴「帰らないと。今こうしている間にもお母さんが一人で死んでしまってるかも」
穂波「それは多分大丈夫。きみのお母さんはまだここに来ていないから」
小晴「そっか……良かった。次の駅に着いたら折り返して早く戻らないと」
穂波「それは無理だね。この新幹線が止まるとしたら、その時はきみが『無』になった時だから。だから、おいで」
小晴「ちょ、何窓開けて。危ないよ?」
穂波「手を取って」
小晴「う、うん」
小晴『大きく開いた窓から強い風が吹き込む。僕は飛ばされないように必死に、彼女……岡穂波(おか ほなみ)さんの手と肩を強く掴んだ」
穂波「行くよ」
小晴『そう言うと穂波さんは窓の外へと飛び出した。そこに広がっている空間は、草原でも海でも宇宙でも夕焼けでも夜景でもなく、ひたすらに何も無い場所だった』
小晴「うわぁ、何これ」
穂波「この世界は色んな人の魂が、最後の夢を見るために集まる場所。例えばあのドームだとか、そっちの四角い箱だとか、あれら一つ一つの中で色んな人達が思い思いの最後の夢を見ている。誰の夢のためにも切り取られていない、余りの部分はこうして何も無い空間だけが存在する」
小晴「お母さんはここに来ていないから、まだ生きてるって言ってたよね。……お父さんは、ここに来たの?」
穂波「さあ、分からない。来たんじゃないかな。10年前、私がこの世界に来た時より前の事は分からない」
小晴「10年前……もしかして、きみはお母さんと同じ病院でずっと眠っている……」
穂波「やっと気付いてくれた?そうだよ。ずっと眠って……ずっとずっと沢山の人達の手を煩わせ続け、両親の老後の蓄えをドブに捨て続けているだけの存在、岡穂波(おか ほなみ)。……ほら、着いた。ここが入口。死にゆく人達の魂はみんな、この大きな穴から入ってくる。ここから先の事は分からないけど、帰れるとしたらここから以外無いと思う」
小晴「ありがとう、穂波さん!一緒に帰ろう」
穂波「……私はここに残るよ。きみが乗っていたあの新幹線に戻れば、もしかしたら私も他の皆みたいに消滅できるかも」
小晴「なんで……」
穂波「この先を進んでも現実世界に戻れるかなんて分からないけど、もし仮に戻れたとして。友達も居ない、学歴もない、社会経験もない、家族にも合わせる顔なんてない、10年間も眠り続けた私がもし今更起きたとして、そんな何も無い27歳が今更どうやって生きていくって言うのよ。……さっさとこの魂が消えてなくなってしまった方が良い。そうすればきっと肉体の方も完全に死んで、無駄な治療なんて続けずに済むんだから」
小晴「……一緒にすごろくやろうよ」
穂波「え」
小晴「お母さんの入院費用があるから、新しい物とか全然無いしお金のかかる事はできないけど、お母さんの病室に行った後で穂波さんの病室にも行くから、一緒にすごろくとかおはじきとか……あとほら、あやとりとか福笑いとかしようよ。他にも道具の要らない遊びだっていっぱいあるし。元気になった後ならかけっこだって」
穂波「……あのさ、きみ。……きみはさ。……私さ、他の人達の最後の夢を沢山見てきたけど、いつもずっと気付かれないように後ろからそっと見てただけだったんだ。……だけど、きみの夢はあまりにも、見ていて私の方が泣けてきそうでさ。なんだよ、すごろくとかかけっことかって」
小晴「……だめ?」
穂波「……だめじゃない、だめじゃない。ちょっと向こう向いてて。……分かった、私も行くよ。現実、帰りたいな。帰れるかな」
小晴『何も無い空間に空いた大きな穴。はぐれないよう強く手を繋いで二人でそこを通ると、大小さまざまな光が満ちていた。頭が痛く、それ以外の感覚がほとんど何も無くなってしまう。まっすぐ進んでいるのか、何も分からない。ただ一つ、手に伝わる穂波さんの温かさだけが、このまま進む事が正しい事なのだと思わせてくれた』
穂波「大丈夫!大丈夫だから!絶対に手え離すんじゃないよ!きみも私も、絶対に帰れるから!!」
小晴「(ノック)」
穂波「どうぞ」
小晴「失礼します」
穂波「今日は何しに来たの?」
小晴「新しいすごろく作ってきたから!これやろ。ゴール寸前に『革命マス』が3個もある鬼みたいなマップだよ!」
穂波「ふふ、楽しみ。お母さんはどう?元気だった?」
小晴「ううん、いつも通り。お医者さんが言うには、もしかしたら近いうちに僕の事も分からなくなるかもって」
穂波「……私も、退院したらたまにお見舞い行くよ」
小晴「ありがとう、穂波さん」
穂波「……きみさ」
小晴「うん」
穂波「気が早いけどさ。退院して働き始めたら、私の初めてのお給料で何か買ってあげたいんだけど……何が良い?何がしたい?」
小晴「……えっと、良いの?」
穂波「ああ、良いよ。買える範囲でな」
小晴「新幹線、乗りたい」
穂波「く、は、は。良いよ。一緒にお弁当作って持ってこうな」
完
「小さな晴れ見ぃつけた」 @annawtbpollyla
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