第8話 寺井監督

 日曜日、午前八時、県立 三崎みさき高校グラウンド。

 練習試合のために朝から三崎高校の部員たちがグラウンドを作っている。簡易的なフェンスを立てたり、石灰で線を引いたり、あるいはグラウンド整備をしたり。高校野球でよくある練習試合前の風景だ。そんな中、今日の練習試合の三校の監督がバックネット裏で顔を合わせていた。

「おはようございます、草薙高校の青嶋です」

 青嶋は先に来ていた二人の監督に帽子を取って頭を深く下げて挨拶をした。

 青嶋と同い年くらいの真面目そうな見た目の男が三崎高校の監督、酒井田さかいだだ。そしてその横にいる、いかにも威厳のある風貌の日焼けした痩せ型の中年の男いる。その男も青嶋同様に頭を下げて言った。

「初めまして青嶋さん。いきなりすまなかったね。私が寺井です」  

 この男が、常勝軍団である小針工大付属高校を率いる監督、寺井である。

 彼は監督に就任して二十五年にもなるベテラン監督で、小針工大附属の名を全国に轟かせた名将である。甲子園は当たり前というほどのチームを毎年のように作り上げ、十年ほど前には甲子園優勝も成し遂げている。雑誌で特集が組まれたり、著書も出すほどの男が目の前にいることが、青嶋は信じられないでいるが……これは現実である。

「勝手に番号を聞き出したうえに、いきなり電話をかけてすまない」

「いえいえ、光栄なことです。弱小校のうちに声をかけてもらえるだけで本当にありがたいことなので。ありがとうございます」

「青嶋さん、ごめんなさいね。寺井監督に聞かれたら流石に断れなかった」

「ははは、そんな言い方したらパワハラみたいになってしまうじゃないか」

 実は、投球練習中にかかってきた電話がこの練習試合の誘いであったのだが……電話をかけてきたのは寺井本人だった。

 青嶋と酒井田は元々の知り合いだ。三崎高校と草薙高校は何度も練習試合をしたことがある間柄で、当然監督同士の繋がりもあるので互いの携帯電話の番号を知っていた。

 寺井は最初の電話の時、酒井田にわざわざ頼み込んで番号を聞き出したのだと言った。それはどうやら本当だったらしい。

「いや、佐武くんと門前くんの様子は見ておきたかったもんでね。それに、立山と二人のぶつかり合い、一野球ファンとしては見ておきたかったんだ」

 そしてそれが、電話をわざわざかけてきた理由の一つだった。

 電話の時、ぜひ試合に出して欲しいと寺井から頼んできた選手が三人いた。その中に二人の名前があった。

「佐武くんと門前くんにはフラれてしまったからね。今日は調子に乗ってるうちの子らをぜひシバいてもらいたい」

 にこにこ笑いながらそんなことを言う寺井に、青嶋は謙遜しつつもある疑問をぶつけた。

「二人で立山くんをシバけるとは……とにかくお手柔らかにお願いします。ところで……冬野に五イニング投げて欲しいと言う話でしたが、それは一体どういうことですか」

 電話で青嶋が不可解に思うことがあった。

 試合に出して欲しいと言ってきた最後の選手。それが鷹助だった。寺井は電話で、鷹助を五イニング登板させて欲しいという要望を青嶋に出していた。

 それを青嶋は承諾したが、そもそも寺井はなぜ彼のことを知っているのか。疑問でならなかった。

 部の誰も鷹助が何をしてきたのかを聞き出せていない。本人にそのことを聞くと、中学時代のことをなぜか語りたがらない。本人はただ、ずっとピッチングだけはやっていたと語っただけで詳細は全く不明だった。他の部員たちも同じ出身中学の者もおらず、彼のことを全く知らなかった。

 なのに何故か寺井は彼のことを知っていた。これがどういうことか、未だに分かっていなかった。

「青嶋さんは知らないでしょうがね、私は彼にもフラれたんですよ。うちで野球をやらないかって言ったんだが、嫌だと」

「……!!そうだったんですか!」

 寺井の言葉は初耳だった。名門野球部に声をかけられたのに、彼はそれを断ったという。

 野球のクラブにも部活にも入っていなかった彼が、名門に声をかけられていた。衝撃だった。

「本人の口から語るべきかとは思うが……その辺の経緯は少し話しておこうか」

 青嶋はそのまましばらく寺井の話に耳を傾けた。

 そこで飛び出した意外な話に、青嶋は複雑な心境を抱いた。

 

 

 

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