第5話「かいだんの幽霊」

第6話「かいだんの幽霊」

       作:高円寺秋彦


「ああー、暇だー」


部室の机に、だらーっと突っ伏して、明美ちゃんは、そう宣った。


「どうして、誰も来ないのよ?」


演劇部の部室に二人きりで、やる事もなく、俺は、文庫本を読んでいた。


「まあ、みんな、それなりに、忙しいんでしょう」


「なんか、面白い話して!」


うーん、困ったな。


「こういうのは、どうです」


明美ちゃんは、がばーっと起き上がり、その大きな目をパチパチする。


「ゴホッ、こないだ道の真ん中に、カツラが落っこちていて、なんだこれ? 邪魔だなと思って、蹴っ飛ばそうかな? と…」


「それで、それで」


「あ、いや、もしそのカツラの下にハゲたオッサンが埋めらていたら、怖いな、と思い、やめました」


「それだけ?」


明美ちゃんはいかにもガッカリ顔でまた、突っ伏してしまった。


「つまんなーい! それ、ホントの話?」


「いえ、今、作りました」


「ちょっとぉ、ふざけないでよ!」


別に、ふざけたつもりはないけど…


「じゃあ、こんなのはどうです。昔々、おじいさんとおばあさんが、川で洗濯をしていました」


「え? おじいさんは山じゃないの?」


「ええ、おじいさんも川で洗濯をしていました。日が暮れても、一生懸命、洗濯をしていました。終わり」


「なにそれ、落ちが無いじゃない」


「はい、落ちないから、洗濯していたのです」


「バカヤロー!そんなの失格だ!」


バカヤロー…呼ばわりされた。しかも失格の烙印を押された、悲しい。


「では、次、エレベーターにのったら、耳にバナナが刺さっている人が居ました」


「もういい!」


明美ちゃんはプンプンして、

また、机に突っ伏した。


しばらく、静寂が訪れた。


急に、明美ちゃんは起き上がって、


「こんどは、私から、かいだんの幽霊って、信じる?」


「幽霊が出てくるから、怪談なのでは?」


「その怪談じゃあなくて、上り下りの階段」


はあ、そうですか。


「私の親友に大月由美子って子がいるんだけど、彼女の家の階段に幽霊がいるの」


この手の親友話は何人目だっけ。


「それでね、こないだその幽霊に襲われそうになったんだって」


はあ、そうですか。


「あー、信じてないな?」


「その幽霊って、今も常駐しているんですか?」


「さあ、はっきりとは分からないけど…」


だんだん、胡散臭くなってきた。


「大体、他から聞いた話なんて、そんなもんですよね」


「私の親友を信じてないな?

よし!明日の11時にテレビ塔に集合だ!」


えー、また?


「テレビ塔ではなく噴水にして下さい」



10分前に、到着した。

今日も日差しが暖かく、噴水には、キレイな虹が浮かんでいる。


もう、何度目の探偵ごっこなのだろう。さすがに、疲れてきたな。

明美ちゃんは確かにマドンナなんだけど、ここまで酔っ払い親父を演じられると、憧れから、地に落ちたエンジェルになりそうだ。


おーい!

またまた、ぴょんぴょん跳ねながら、大きく両手を振っている。

レモンイエローのワンピース、しかもミニ。真っ赤なサンダル、麦わら帽子。


さっきの反問は、俺の失言もいいとこで、またしても、俺は下僕になりさがった。


「待ったかなぁ、秋、彦、君」


上体をやや低くして見上げる様に、この小悪魔は宣った。


頭の中に “ガチョーン” と言うセリフが響き渡った。


「よし!今日は、ジャングル喫茶に、レッツら、ゴー!」


なに?ジャングル喫茶?


俺たちは、その名の通り、

ジャングル喫茶 “ジャングリア” という店に到着した。


何の事はない、温室を模した、喫茶店だった。ターザンもいなければ、レオも、モンキーもいない。せめて、店員さんがジェーンのようだったら、楽しいだろうに、ムスッとしたヒゲ面のマスターしかいない。


明美ちゃんは、プリンアラモード。

俺は、アイスコーヒー。

ある意味、定番かな?


「秋彦君って、霊感はある方?」


「えーっと、無いと思います」


「私、結構、見えたりするんだよね」


そう、なんですか。


「小さい時は、妖精とかも見えたよ」


そう、なんですか。


俺があまりにも薄い対応を取ったため、明美ちゃんの機嫌がだんだん悪くなってきた。


「もう、行こう!」


プリプリしながら、バスに乗り、知らないバス停に着いた。


明美ちゃんは、とある一軒家のインターホンを押す。


ここが、幽霊の出る大月さんの家か…


そんなこんなで、俺たちは、大月さんの居間に上がり込んだ。


「ねえ、由美子、こないだ襲われそうになったって、具体的にはどういう事?」


「うーん、何と言っていいか…あたし、小三の時から見えてて、最初は誰にも見えるものだと思っていたら、他の人には見えないってことが、だんだん分かってきて、まあ、いいやってな感じかな?それでいつもは無視して、通り過ぎたり、アタマをポンポンして挨拶したり…」


オイオイ、幽霊ポンポンってどういう思考回路?


「でも、こないだ、別の事で、本当にむしゃくしゃしてて、蹴っ飛ばしてやったら、いつもは座ってて動かないのに、急に立ち上がって ウォー って向かって来たの」


「ウォーって、聞こえたんですか?」


「あ、いえ、そんな雰囲気で」


「あたまポンポンとか、飛び蹴りとか、感触はあったんですか?」


「幽霊なんだから、感触なんてないよ、スカッと…」


「それで、それで」


「それで、怖くて逃げて、しばらくして覗いたら、また、座ってた」


「たぶん、あたしのイライラが移ったんだと思う。悪い事したなと、ゴメンって謝って、それから何ともない」


「ふーん、秋彦君、どお?」


「いや、まず、現場を見ますか」


俺たちは、居間を出て、廊下を少し歩き、二階に通じる階段の前に到着した。


「今も居ますか?」


「いるよ」


俺には、何も見えない。

明美ちゃんは、ブルブル震えて、躰を両腕で押し包み、ある1点を見つめている。


「見えるんですね」


少なくとも二人には、見える様だ。


「どんな風ですか?」


「階段の途中、左端、こちらを向いて座っていて、ちょっと俯き加減、両手で頭を抱えている様な、悩んでいる様な、悲しそうな感じ」


「大月さんも、同じですか?」


「うん、その通り、明美はよく観察している」


そうか…二人には正確に同じ物が見えるのか…これはちょっと何題だな。


俺は、黒皮の手帳を取り出して、メモ用紙を1枚切り取り、明美ちゃんに渡した。


「これに、スケッチして貰えますか?」


土台が必要だと思って、手帳も渡し、鉛筆も渡す。


「分かった」


明美ちゃんは、一心不乱に、スケッチを始めた。


「出来たよ」


もらったメモを見る。

ぷっ、確かにこれは、人ではない。

出来損ないのオバQだ。


「あ、今、笑った?」


「笑ってません、なるぼど、画伯には、こう見えるんですね」


メモを大月さんに渡す。


「ヒャハハハー、お腹痛い!」


「こら、笑いすぎ!」


何でも出来るヒロインだと思っていたが、絵心は無いらしい。


「あっ、そうだ、こういう物ならある」


大月さんは、どこかに行って、帰って来た時には、写真を1枚ヒラヒラさせている。


受け取った写真を見ると、階段が写っている。下から三段目当たりに、モヤーッとした白い?いや、黄色い影が見える。


「これが、そこにいる幽霊だと?」


「そうだよ」


「そうよ」


明美ちゃんも同意する。


困ったな、確かに影は写っているが、二人に見えている物とは、基本的に違うらしい。


このギャップをどう埋めればいいのか?


ちょっと思いついて、自分の目の高さを、彼女達と同じにした。

うん、確かに何かしら見えている。

階段に近づいて、こちら側を向いている縦板をよーく見る。

うん、うっすらとだが、痕跡がある。そして階段を上り、踊り場に着く。踊り場には窓があり、白いカーテンが付いているが、今は開け放たれている。窓から外を見ると、裏道が坂になっていて、カーブミラーが立っている。日差しがミラーで反射され、階段に射し込んでいる感じだ。


うーん、後は、回転運動なんだが、階段を降りると、左手の壁にへこんだ場所があり、消化器が設置されている。御丁寧にも上には、消化器と白抜きした赤いプレートが掲げられている。


ん、これだ!消化器の器の文字が真っ直ぐじゃない。手で触るとクルクル回る。


「お父様のご職業は?」


「グラフィックデザイナー、コンピューターでイラストを制作するとか」


「残業とか多いんでしょうね」


「うん、徹夜で帰って来ない事もある」


「謎は、解けました。ちょっと実験してみましょう」


俺は、黒皮の手帳を器の文字にかざす。


「あれっ、消えた!」


元に戻す。


「あれっ、見える」


「どういう事?」


「つまり、ホログラム、立体画像です。階段の縦面に騙し絵のようなものが二種類、特殊な塗料で、描かれています。さらに、2つの光源を微妙な角度で照らし、偏光フィルターを付けた回転盤で瞬きをさせていた。かなり緻密な設計ですね。

成長に合わせて、目線の高さを再計算して、微調整を続けていたんでしょう。だが、経年劣化には勝てず、お父様のコピーであったはずが、だんだん乖離していきました。

飛び蹴りの時には、想定外の角度になり、別の形態に見えてしまった」


「えー、父が犯人だっていうの?なんで、そんなイタズラを…」


「イタズラではなく、たぶん、メッセージだと思われます」


「メッセージ?」


「いつも、帰りが遅く、落ち着いて話をする余裕もない。せめて、自分は、あなたの事を第一に思っているよ、とか…」


「そんなの、そんな面倒くさい事なんかしないで、話してくれればいいのに…」


最後の方で、大月さんは、はっとした。何か思い当たる節があるらしい。


なんてことはない、父親と娘の微妙な距離を、階段の幽霊が埋めていたのか…


「そういう事だと、思われます」


と、締めくくった。


◆◆


帰りのバスの中で、明美ちゃんは考え込んでいる。


「でもさあ、そんなに上手い事、立体画像なんて作れるもんなの?」


「さあ、俺は理科系ではないので…」


「まあ、いいっか、由美子も納得してくれたみたいだし。いい話にまとめたよね」


「お嬢様には、ご満足いただけましたか?」


「落ちが無いよりましね」


ガチョーン…


おわり

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