旅猫ミロの発見

猫六家

第1話 タイで発見。ハートを射止めたリボン

ミロは山を開拓した田んぼと畑が家より多い田舎で生まれた、白と黒の毛並みを持つ猫だった。

やせっぽっちだけど声は大きくて元気いっぱい。好奇心旺盛な性格だった。

昼間は風と一緒にパンの香りを嗅ぎながらまどろみ、夜になると作物の中を駆け抜ける。

だが、その胸の奥にはまだ見ぬ景色を探しに行きたいという、どうしようもない衝動があった。


ある夜、ふらりと現れた旅の白猫がこんな話をした。


「山を降りて、ずっと歩くと海があるんだ。海を超えた先には見たことがない美味しい魚がいっぱいあるんだぞ」


それを聞いたミロは見たことがない魚を想像する。

――その魚はきっと銀色に輝いているんだ。尾びれは空を切る風のようにしなやかで噛めば甘い。そして口いっぱいに潮の香りが広がるに違いない。


美味しい魚の味を想像すると胸の奥がふつふつと沸き立つ。


「ねえ、ボクも海を超えてみたい」


「じゃあ、港まで連れて行ってあげよう。だけど何日も歩くことになるぞ」


「大丈夫!行けるよ!」


こうして始まったミロの冒険。

白猫の案内で貨物船の甲板にこっそり忍び込んだ。

波の音と船の揺れに包まれて眠り、目覚めたときには船乗り達から魚を分けてもらう。

一週間以上、潮風に包まれ、キラキラと輝く海を眺めては昼寝をして過ごしたミロ。

そろそろ大地に足をつけて歩きたいなと思った頃、見知らぬ港の空気が鼻先をくすぐっていた。

――着いた国はタイだった。


街は日本とは違う色と香り、言葉であふれていた。

人間が集まる屋台、香辛料の黄金色、そして市場の一角に並ぶ、無数の布。

初めての土地でミロの心を射抜いたのは、魚ではなく深い黒地に鮮やかな模様が踊る一本のリボンだった。

それは、まるで自分の黒い毛並みに旅の色を描き足したかのようだった。


「どこから来たんだい?」


声をかけたのは、布屋の老女。


「日本からだよ」


「日本。ずいぶん遠くから来たね」


「うん」


話している間もミロがそのリボンから目を離せないでいると、老女はにこりと笑い、首にそっと巻きつけてくれた。


「旅の猫には、旅の印が必要さ」


数日後、香川県の港に行く船が出る日が来た。

ミロはリボンを首に巻いたまま、また甲板に乗り込む。

潮風に吹かれながら、胸の奥に新しい色が灯っているのを感じた。


生まれた山に戻ると猫達はミロの変化にすぐ気づいた。


「なんだ、そのおしゃれなリボン!」


「くんくん、潮の匂いがするぞ。まるで旅をしてきたみたいだな」


「そうだよ。『まるで』じゃなくて本当に旅をしてきたんだよ」


ミロは静かに瞬きをしながら返事をする。そして心の中ではこう続けて答えていた。


――ええ、旅をしてきたんです。風と色と匂いを首元に連れて帰ってきました。


リボンは長く使えるように首輪を作って、自分の細い首に巻いた。

ミロにとってただの首飾りではなかった。

見るたびに思い出がよみがえる、小さな物語の証だった。


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