第1話 帝国アイドル

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「急がないと日が暮れちゃう!」 

 ばたばたと、石畳の回廊を走り抜ける。

 帝国アイドルの凱旋パレードを見てたら、遅くなってしまった。


 絵里だった私は、エリス・アーシュランドとして、この世界に転生した。

 今の私は十六才だけど、前世の記憶は生まれた時から持っている。


 私が生まれた場所は、海に囲まれたアストリア王国。

 建物や文化は、中世ヨーロッパみたいな感じかな。

 そんな私は、貴族でもお姫様でもない、ただの村人だ。


「でも、帝国アイドル、素敵だったなあ」

 生で見たのは、これが初めてだ。


 帝国アイドル―――正式名称は帝国歌姫『アンジェリカ』だ。

 この国は、海から現れる魔物アビスが、定期的に人々を襲うんだ。

 アビスには、武器がほぼ効かない。

 放っておけば、民は蹂躙されるだけだ。

 けれど、アビスには『歌』が効いたのだ。

 特別な少女の歌が、アビスには最大の攻撃だった。


 いつから、アビスが人を襲うようになったかは分からない。

 ただ、古から歌姫はアビス討伐のため、選ばれ続けている。

 帝国歌姫は私にとって、戦う国民的アイドルだ。


「〜〜♪」

 なんとなく、歌を口ずさむ。

 前世も今も、歌は好きだ。


 歌ってすごいよね。

 辛かったり楽しかったり、いつでも自分で歌ったり、誰かに聞かせたり、励ましたりもできる。


 前世で、アイドルになれなかった私。

 莉里が国民的アイドルだったからこそ、私は一番隣で歌のすごさを見ていた。


「〜〜♪ ……〜♫」


 私も帝国アイドルになりたかったけど、高貴な身分の女の子だけしかなれないんだ。

 今世のアイドルのハードルは、前世より厳しい。


 今の帝国アイドルは、この国のお姫様であるヴィクトリア様。

 将軍の一人娘のパメラ様。

 そして、公爵の末娘のリリス様。

 この三名で構成されている。


 ただの村娘の私には、絶対になれない。

 それでも、私は歌が好きで、どうしようもないくらい、大好きだ。

 だから、アイドルになれなくても、歌うことはやめられない。


 この思いは強くて、前世に置き去りにしてこれなかったみたい。


 先程の、すごい人混みの中、帝国アイドルのイベントに参加した余韻に浸る。

 たくさんの人たちの隙間から、なんとか視界を確保する。

 できる限り、目の前を大好きなアイドルで、いっぱいにしたいからだ。


(リリス様……)


 歌っていたリリス様が、突然私の方を向いて、ニコッと微笑んだんだ。

 その微笑みは、泣きたくなるくらい、懐かしさを覚えた。


『お姉ちゃん!』


 小さな頃から、ずっと見てきた。

 あの子の、笑顔だ。

 

 今日、生で帝国アイドルを見て、確信した。


 ーーリリス様は、私の前世の妹、莉里だ。


 相変わらず、莉里……リリスは可愛かった。

ミルクティー色の髪がさらりと風に揺れ、ネオンピンクの瞳が神秘的で美しい。

 一方、私はと言うと、くすんだ灰色の髪に、オレンジ色の目をしていた。


 前世で双子だった私たち。

 顔立ちは一緒だったのに、今ではお互い違う外見をしている。


 それが、なにより寂しく思えた。

 

「莉里……リリスが、アビス討伐で怪我をしませんように」

 私はファンとして、神に祈る。

 前世の双子の妹なこともあって、私はリリス推しだ。


 アビスから、私たち民を守ってくれる歌姫。

 莉里。あなたはいつの世も、世界を照らすアイドルなんだね。


「いけない! もうこんな時間」

 余韻に浸っている場合じゃない。


 村に帰って、お兄ちゃんに薬を届けなきゃ。

 それに、マーケットで買った食材で、栄養のあるスープを作って、それから……。


 王都から城下街を繋ぐ桟橋を、慌てて渡っている時だった。


「きゃあああああああっ!!」


 日が落ちかけた逢魔時、私は黒ずくめの男たちに攫われてしまった。

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