怪談を語らされる怪談
仁木一青
中1男子が池で溺死 遊泳禁止区域で事故か
令和〇年7月14日 ××新聞 朝刊(地方版)
もう1人の男子生徒は無事 学校側「再発防止に努めたい」
13日午後2時ごろ、◯◯市北部にある△△池で、市内の中学1年男子生徒(12)が溺れ、搬送先の病院で死亡が確認された。事故当時、現場には同級生の男子生徒(12)もおり、警察は2人が遊泳中に事故に遭ったとみて調べている。
現場となった池には「遊泳禁止」の立て札が設置されており、市や学校では日頃から立ち入りを控えるよう指導していたという。
同行していた男子生徒は「途中で急に深みに沈んでいった」「怖くなって岸に戻った」と話している。
池の中央部は急に深くなっており、現場に駆けつけた消防関係者は「注意を呼びかけていた場所での事故で残念」と語っている。
生徒が通う中学校の校長は「このような事故が起きてしまい、ご遺族の皆さまに心からお悔やみ申し上げます。改めて安全指導を徹底してまいります」とコメントした。
※※※
中学2年の夏休み、小学生時代の知り合いのK君をバス停のベンチで見かけた。
他県の学校に通っている私は、地元に帰省するたびに変化していく街並みに寂しさを覚えていたが、K君の存在は確かに昔のままの何かを感じさせてくれた。
彼は背が伸びて、昔より大人っぽく見えたが、うつむき加減に座る姿勢は小学生の頃とまったく変わらない。
懐かしさに駆られて隣に腰を下ろした。声をかけようとして、ふと彼の表情を横目で見る。なんだか疲れているようだ。浮かない顔をしている。
どう話しかけたものか迷いながら、とりあえず喉をうるおそうと水筒からお茶を汲んだ。蓋を器代わりにして注いだお茶の水面を、ぼんやりと眺めていると、妙な感覚が湧き上がってきた。
どこかで聞いた怪談を、なぜか今、彼に話さなければいけないような気がした。
それは理屈では説明のつかない、強い衝動だった。まるで誰かに背中を押されているような、いや、頭の中に直接語りかけられているような不思議な感覚。自分でも不思議に思いながら、私は口を開いていた。
「夜、池のそばを通ったときのこと――」
話しながら、私は混乱していた。なぜこんな話を? K君とは久しぶりの再会なのに、なぜ怪談なんて? もっと近況を聞いたり、昔話でもすればいいのに。
でも、話すのをやめることができなかった。頭は混乱しているのにあらかじめ台本を渡されていたかのように、言葉が順序よく口をついて出る。口がひとりでに走っていくような不思議な感覚にとまどいながら、私は語り続ける。
水面にぼんやりとした人影が見えた。少年の姿だった。
その少年は水面の上に立っていた。
足元は水に沈んでいない。まるで池の上に立っているかのように静かに歩を進めていた。
微かに声が聞こえた。
「……見捨てたな……見捨てたな……」
池の中央で立ち止まり、ふいにこちらへ顔を向けた。
「……お前も水で死ぬ……お前も水で死ぬ……」
顔は見えない。ただ、じっとこちらを見ているのは分かるのだった。
話している間、K君の様子がおかしいことに気づいていた。だんだん身体が強張っていく。両手を膝の上で強く握りしめて、肩が小刻みに震えている。顔色も青ざめているように見えた。
「で、その池というのがね――」
私は、小学生のころ遠足で行ったことのある池の名前を告げた。遊泳禁止の看板が立っているが、こっそり泳いでしまう子もいる。
K君も知っているはずの池だ。
その瞬間、K君の震えが激しくなった。
話し終えると、どこか虚しい気持ちになった。
地元で生まれたというだけのいかにもな怪談だ。雰囲気だけそれっぽいが、怪談といってしまうと他の怪談に失礼かもしれない。
正直、面白くもなんともない。
なのに、なぜ急にこんな話を彼にしてしまったのだろう。
罪悪感が胸の奥でずしりと重くなる。違和感を覚えながら、私はK君の様子をうかがった。彼は、うつむきながらむっつりと押し黙っている。いや、押し黙っているというより、何かに耐えているような表情だった。
何か彼の気に障るようなことをしゃべってしまったかな。いや、気に障るなんてレベルじゃない。明らかに苦痛を与えてしまった。
私は謝罪の言葉を探した。そのとき、足元にぱしゃっと水しぶきがかかる。反射的に足を引いた。
「あ、ごめんなさい!」
顔を上げると、近くにいた小学生が水筒の紐を持ってぶらぶらと振り回していた。どうやら中栓を外したままだったようだ。
「やんちゃだな……」と苦笑しつつ、こちらに向かってペコリと頭を下げる子に、私はひらひらと手を振って返した。
するとその子は、私の隣にすわるK君をじっと見つめて、口を開いた。
「ねえねえお兄ちゃん、怖い話知ってる? あのね、遠足で行った池なんだけどね」
その言い出し方に、私がさっき話した怪談と同じ匂いを感じた。
あの話は小学校にも広がっているようだ。
突然、K君が叫び声を上げた。
それはまるで、追いつめられた動物の悲鳴のようだった。
そして、勢いよく立ち上がるとそのまま走り去っていった。
転びそうになりながら、必死に、まるで何かから逃げるように。
私は、呆然とその背中を見送るしかなかった。
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