第17話 帝国使節団の来訪
聖都の目抜き通り——通称、白金街道と呼ばれる石畳の道に朝日が差し込み、名前のとおり白金の輝きを放っていた。
朝モヤを押し流す風の音と、日の出を告げる鐘の音が静寂の早朝に響く。
道の終点。そこに聳える城門の重厚な扉は開かれ、聖騎士たちが整然と並び儀仗兵としての役割を果たしていた。
城門の巨大なアーチから覗く地平線に、レギアレン帝国の紋章旗——四方の武器が囲んだ鷲の意匠——がはためく様子が見える。
黒い鎧に身を包んだ騎士が先導し、その奥に金と黒で彩られた
「来たか……。面倒なことになる気しかせんな」
「父上、もう少し緊張感を」
大聖堂の上層階にあるテラスから帝国の使節団の隊列を眺めて、アルマン親子が呟くように話していた。
「ほな、僕は陰から色々と見張らせてもらうわ。あとは頼むで年増エルフ」
「言われずとも……。前回失敗したキサマこそ頼むぞ? ボケ狼」
狼獣人のカイが「はっ! ぬかせや」と軽口を叩き、朝モヤの残る聖都の屋根伝いに街へと消えていった。
賢者ティミシアさんは長耳を上下に動かし「嵐の前の、静けさか……」と静かな呟きを残す。
「もう一度言うわ、アシュリー。何があっても独断で動かないこと。良いわね?」
「へいへ——」
「アシュリーさん、ソフィア様のお言葉ですよ?」
「……分かりました。善処します」
「ねぇアシュ……なんか私、怖くなってきちゃった……」
ソフィアさんが釘を刺し、マーシーさんが俺の言動を逐一監視する。
ラフィニアを守るため、俺は彼女の一歩前に立つ。
そんないつもの光景が、今ばかりは不気味な緊張感に包まれていた。
帝国の一団が大通りを進み、大聖堂の正門で停止した。
儀礼用の正装だというのに、まるで抜き身の剣のような危うさを孕んだ存在感を放っている。
俺は何気なしにマーシーさんに尋ねる。
「あれが……?」
「はい。あれが北の勇者、エッケハルト・ノーデンです」
視界に入るだけで、嫌な予感がする男だ。
心なしか魂を共有したアシュタロトもざわついている気がする。
「ワタシは出迎えに行くわ。後でアナタ達も礼拝堂まで降りてきなさい」
ソフィアさんが言葉を残し、早々に階下へと歩を進めていた。
「あれ? アシュ、なんだか寒くない?」
「ん~? そう言えば肌寒くなってきたな……」
「エッケハルトから漏れ出る、魔力です。奴は氷魔法で万軍を凍てつかせた逸話が残るほどですので……」
「なんだよ、それ。チート?」
「アシュ、ちぃと? って何?」
「あ、いや何でもない」
「お喋りはその辺で……。我々もそろそろ移動しましょう」
マーシーさんが俺たちを促し、テラスから階段へと踵を返すも「そうそう」と足を止め、紺色の瞳がこちらへと振り返った。
「流石に賓客の前でその言葉遣いは擁護できませんよ? アシュリーさん」
「——うぐっ!? 気を付けます」
「お願いしますね」
その様子を見ながら、ラフィニアはくすくすと後ろで笑っていた。
その後——マーシーさんの後に続き、礼拝堂に設置された巨大な円卓へと辿り着く。
こうして勇者エッケハルトとの会談が始まろうとしていた——。
▽ ▽ ▽
俺とラフィニアは円卓から少し離れた席に座らされていた。
ちょうどソフィアさんの真後ろだ。
(給仕係なら別に俺や、ラフィでなくて良かったんじゃねぇの?)
そう。よりにもよって、給仕係としての参加だった。
すると、円卓の反対側に座った帝国の勇者が席を立ち、胸に手を添えて頭を下げた。
「初めまして、聖国の皆さん。言わずとも知っているでしょうが、僕が”四方の勇者の一角”。北の守護を任された、エッケハルト・ノーデンです」
見え見えの社交辞令を述べ、ようやく本題に入ろうかとした時だった。
冷たい冷気が礼拝堂の中を撫でていく。
エッケハルトは会議の流れを遮り、核心を突くような話を語り出す。
「我がレギアレン帝国は、聖国との結びつきを同盟という強固なモノとしたい。その為に——」
そしてエッケハルトの視線は俺の隣にいる少女へと注がれる。
「聖なる血を宿す、ラフィニア嬢との婚姻をもって盟約の証としたい——」
「…………ぇ?」
場はラフィニアの漏れ出た声を最後に、沈黙が支配した。
ドノバンさんが拳を静かに握っている姿が見える。
グレインさんは目を見開くが、姿勢には一切のブレが無い。
ティミシアさんは顎に手を当て、思考に耽っていた。
この場で唯一、ソフィアさんは微動だにせず勇者エッケハルトを見据えている。
沈黙を破って語り出した聖女の表情は、不快感に満ちていた。
「帝国は……神の決めた理にすら契約書を交わそうとするのかしら?」
ソフィアさんの一言で礼拝堂に緊張がはしり、空気がわずかに震えた。
すると、エッケハルトは笑った。
愉快と言わんばかりの表情で肩を細かく揺らしていた。
「神もまた、人が理解できる存在とするべきだ。貴国の聖典にも『神を理解し、愛せよ。さすれば救われん』とあったはずだが?」
ソフィアさんは眉一つ動かさず、勇者の視線を正面から見据えた。
「詭弁ね。要はアナタたち帝国は、ラフィニアを利用したいがために”婚姻”という鎖で繋ごうとしているのでしょう?」
「あなた方が出来ぬ事を帝国が達成して見せる、とそう言っているのだが?」
論戦が熱を増していく。
渦中のラフィニアを置き去りにして。
「それに、僕は彼女を一人の女性として愛している。それでも阻むのかい?」
「それこそ詭弁でしょうに。今日初めてあった相手に『愛してる』ですって? 笑わせる」
勇者の声のトーンが少し落ちる。その顔には不快感が滲んでいた。
「聖女ソフィアよ……。アナタとでは分かり合えないようだ。ならば——」
言って、エッケハルトはこちらへと歩を進めてくる。
その顔には、獲物を前にした猛禽のように鋭い笑みが貼り付いていた。
「——本人に確かめるのが一番だろう?」
勇者はラフィニアの前に跪き、手をそっと差し出す。
「貴女の力と愛を、僕に。そして帝国に捧げてくれないか? 何より僕は君を愛している。どうかこの手を取ってほしい、ラフィニア・フィリウス嬢」
ラフィニアは一歩も動けなかった。
(このクソ野郎が……。何を勝手に寝言をほざいてやがる!)
俺が一歩前に出るが、それをマーシーさんとソフィアさんの視線が留めてくる。
グレインさんが呟くように「マズイな……」と声を漏らしていた。
それから再びの沈黙が支配した。
どれくらいの時が経ったか……。
ラフィニアの顔は、恐怖と怒りの心情が漏れ出たかのように眉根を寄せている。
そして絞り出すように「ぁ、わ、私は——」と震える声で、彼女が声を荒げた。
「私は……神様にも、帝国にも、振り回されたくない!」
荒い息遣いで肩を上下させるラフィニアの頬を一筋の水滴が滑り落ちる。
明確な拒絶の言葉。
それに周囲が胸を撫でおろそうとした時だ——。
エッケハルトの乾いた笑いが礼拝堂に反響した。
「神にも……と来たか。なおさら、僕は君が欲しくなったよ。次期聖女!」
金色の瞳を見開いて、手を伸ばそうとする勇者とラフィニアの間に俺は身を滑り込ませる。
「ラフィを、道具みたいに扱うんじゃねぇっ!!」
首の封印具が熱く脈打つ。
全身を熱が駆け巡る。
風が渦を巻き始め、礼拝堂に蔓延った冷気が霧散し始める。
礼拝堂の石床が軋み、空気が唸り声を上げはじめた。
俺の中に渦巻く魔力が爆ぜようとしたその時——。
「——静まれ」
ソフィアさんの声は静かでありながら、その一言は神の啓示のように響き、この場の全員が動きを止める。
礼拝堂内のステンドグラスが白金色の光を灯し、雪のように輝く粒子が舞い落ちる。
その光景に、この場全ての人間が息をのんだ。
「聖女、ソフィアっ! この力、君は神の器そのものか……?」
その中にあって、なおも声を上げるエッケハルトの表情は苦虫を嚙んだかのようだった。
ソフィアさんの金色の瞳が冷たい光を宿し、勇者を見据えた。
「勇者エッケハルト殿——ラフィニアはアナタを拒絶した。それが答えでは?」
「……彼女は、僕のモノになる。必ずだ……」
「この、クソ野郎がっ! まだラフィを——!」
「アシュ! 黙りなさい……」
俺を一瞥すらせず、ソフィアさんの制止の声が響く。
彼女にしては珍しく切迫した口調と威圧に、俺は黙るしかなかった。
「では、勇者殿。今回の同盟締結の話は決裂、ということで宜しいでしょうか?」
「あぁ……そうだね。今回は、仕方ない……」
エッケハルトがマントを翻し、「帰国する」と部下たちに静かに告げた。
到着して早々の帰国発言に帝国側がざわつくが、勇者はそれに構うことなく馬車へと乗り込んだ。
次第に鎧が鳴らす音と、靴が床を叩く音が遠ざかっていく。
人の気配が減った礼拝堂。
全員が呆然と立ち尽くしている。
耳鳴りのするような静寂の中、ラフィニアのすすり泣く声だけが、俺の耳に届いていた————。
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