夕焼けに跳ねた言葉
@syubi01
第1話 背中からの「好きです」
放課後の昇降口を出ると、背中に感じる視線で、今日も彼が後ろを歩いていると分かった。わたしはわざと、速すぎず遅すぎない歩調で校門へ向かう。
足元のアスファルトは西日に照らされ、白線が長く影を落としている。カ
サリと落ち葉を踏む音、少し湿った風の匂い。
横目で見ると、彼の黒い学生鞄が揺れていた。
毎日、この数百メートルが、わたしと彼がふたりきりで過ごせる唯一の時間だ。
話しかけたいのに、振り返る勇気がなくて、ただ同じ道を歩く。
耳の奥で自分の心臓の音が、靴音に混じって響いていた。
その瞬間だった。
「好きです! 付き合ってください!」
はっきりとした声が、夕焼け空に跳ねた。
足が一瞬止まり、心臓がドン、と跳ね上がる。
え……今、わたしに?
嘘でしょ……?
耳の奥で鼓動がやけに大きく響き、視界がふっと滲む。
数秒の沈黙の間に、脳内で映画のフィルムが勝手に回り始める。
──放課後、駅前のカフェで笑い合うわたしたち。
大きなガラス窓から差し込むオレンジ色の光が、テーブルに置かれたマグカップを透かして輝く。
彼の頬にも夕日の色がにじみ、その笑顔に、わたしはスプーンを持つ手を止めて見とれてしまう。
甘いカフェラテの香りと、窓の外から聞こえるバスのブレーキ音が、妙に心地よいBGMになる。
──夏祭りの夜。頭上で提灯が赤く揺れ、人混みの熱気に浴衣の襟元がじんわりと湿る。
焼きそばや綿あめの甘い匂いが入り混じり、足元には金魚すくいの水の反射がきらめく。
ふいに袖口を後ろから引かれ、布越しに伝わる温もりと、耳元で響く低い声。
「離れるなよ」。その瞬間、胸の奥が熱くなる。
──大学生になっても続くデート。
知らない駅で降り、地図アプリを見ながら並んで歩く。
秋風が吹き、コーヒースタンドから香ばしい匂いが流れてくる。
見上げれば、ビルのガラス窓に青空と雲が映って揺れている。
彼の横顔が少し大人びて見えて、手をつなぐ指先に力が入る。
──社会人になって迎える結婚式。
真っ白なチャペルの天井に反響するパイプオルガンの音。
祭壇の上、花の香りがふわりと広がる中、彼がタキシード姿でわたしを見て笑う。
ベール越しに見えるその笑顔に、涙がこぼれそうになる。
裾を踏みそうになったとき、そっと手を差し伸べられ、ふたりで笑い合う声が高い天井に響く。
──そして、ふたりの間に生まれる子ども。
小さな手をしっかり握って歩く休日の公園。
芝生の青い匂い、遠くで鳴く犬の声。
ベンチで食べる焼きたてのパンの香りと、頬を撫でる初夏の風。
隣には、変わらず笑っている彼の姿があって──。
その全てが、あまりにも鮮やかで、あたたかくて、手を伸ばせば届きそうなくらい現実味を帯びていた。
西日が頬を柔らかく照らし、蝉の声が遠くで揺れている。背中に感じる存在が、わたしの未来そのものに思えた。
わたしは深呼吸を一つして、振り返った。
「……わたし、いいよ」
最高の笑顔を作って、彼の目をまっすぐ見つめる。
──でも、彼は目を合わせない。視線はスマホの画面に釘付け。唇が小さく動き、何かを呟いている。
「よし……あと一回で……」
その声と同時に、画面の中の二次元の女の子が顔を赤らめて「はい」と答えた。
全身から血の気が引いていく。ああ……わたしじゃなかった。今のは、全部、ゲームの中の彼女に……。
喉が詰まり、視界がにじむ。今にも涙が零れそうで、わたしは慌てて背を向けた。
足音が妙に大きく響く。逃げなきゃ。この距離から離れなきゃ。さっきまでの未来は、一瞬で砂みたいに崩れ去った。
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