20,新しい世界
***
王都の空は本当に青かった。
王城へと続く大通りを歩いていると、街角の一角でひときわ目を引く露店が目に入った。
木の箱を積み上げた即席の台の上に、色とりどりの葉物野菜が並べられている。どれも新鮮で、朝の光を浴びて、薄く濡れた葉が瑞々しくきらめいていた。
店先に女の姿があった。銀色の長い髪がバンダナの下からこぼれている。くすんだ赤の布を額に巻き、両袖を無造作にまくって、やけに飛び跳ねながら野菜を並べ替えていた。
ふとこちらに向けたその瞳は、赤い。けれど鋭さはなく、光を反射するような、どこか他人事のような優しさを湛えていた。
目が合ったような気がして、俺は一瞬だけ足を止める。けれど、彼女はまた視線を箱の中に落とした。あれが、かつて黄泉を統べていた王だと、誰が気づくだろう。
水菜の葉先が風に揺れて、銀の髪がそれに重なるようになびいた。
八百屋の隣の壁に貼られたものが目に留まった。一枚のチラシだ。風に揺れながら、女の肩越しにこちらへ誇らしげな顔を向けている。
『勇者オーディション、参加者募集中! 優勝賞金 100,000,000円』
俺はゆっくりと歩を進める。
王城へ向かう道は変わらず、まっすぐに続いていた。
勇者オーディションはつつがなく進み、最終試験に残ったのは二名。ゴドリゲスとノアール。最後に立っていたのは、ノアールだった。
勇者一族であるゴドリゲスを打ち負かし、新時代の勇者となったのはノアール。観客席中央の区画には、隣国の来賓として座るアビスレインが拍手していた。
RA強化薬をめぐる腐敗、人種と出自をめぐる差別、そして同族同士の対立。それらの火種が残る中で、ノアールはひとつひとつに向き合い、時に迷いながらも確かに手を差し伸べていった。そして、ついにはゴードン家から国の実権を剝奪し、形骸化していたゴードン家による王政のすべてを終わらせた。
その傍らには、いつもアビスレインがいた。かつて魔王と呼ばれた存在。彼はもう、何者でもなかった。ただ、変わりゆく時代に手を貸した一人の善人だった。
ノアールの手によって、この地のあり方そのものが塗り替えられていく。コウト王国と、かつて魔界と呼ばれた黒い大地。その境界は消えた。黄泉などという世界を掌握する仕組みもまた、存在しなかった。
ただ、同じ世界に生きている。そんな時代が、いつのまにか始まっていた。
科学は確実に発展していった。技術が追いつき、知識が広がり、人は空を見上げるようになった。
この大地に刻まれた古き名は、記録の中に消えていった。そして、ある時代の者たちは言った。この星を、我らが住むこの大地を「地球」と呼ぼうと。
そうして、かつてコウト王国と呼ばれたこの場所には、新しい名が与えられた。
“トーキョー”。
(おわり)
勇者戦線回廊 出雲黄昏 @izumotasogare
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