10,実験都市グラン・ビアル
屋敷の扉を開けた瞬間、熱波が頬を打った。
夜の空に、火の粉が舞っている。爆炎を背に、目の前にはひときわ巨大な影が立っていた。
四つ足で這っていたそれは、人間のようにゆっくりと直立していく。全身を覆う漆黒の毛皮が、ゆらめく火の粉に照らされていた。角のある動物的な獣でありながら、人間に似たシルエットをしている。だが、3メートルはあろう巨体だ。
「ようやく会えたな」
それは魔獣の声だった。にもかかわらず、言葉は驚くほど明瞭で、人間のそれと何ら変わりない。
ゴドリゲスが剣に手をかける。ノアールはさきほど受け取った薬のケースを握りしめていた。ミズナは表情を変えず、ただじっと相手を見つめていた。だが、魔獣の赤い瞳が捉えているのは俺だった。
「その目だ。まさしく、例外」
あからさまな敵意も、獣じみた威圧もない。ただ観察者のように、俺たちを眺めていた。
「お前を迎えに来た。コウノ・セッカ。……我らの王は、お前に“終焉”の鍵を託すべきか見極めたがっている」
「終焉の鍵……?」
俺の口から漏れた疑問に、魔獣はにやりと口の端を吊り上げた。
「理解せずとも構わぬ。お前の血が、お前の本能が、いずれ答えを導く」
魔獣の身体が、ふわりと揺れた。全身の毛が逆立ち、脚の筋肉が緊張する。次の瞬間には、襲いかかるだろうという予兆。
「っ……来るぞ!」
ゴドリゲスが叫ぶと同時に、剣を抜いた。
ノアールは、迷うように片手に握った錠剤を見つめて、それに吸い込まれていくような危うさが感じられた。
「やめろ、ノアール。今は――」
言いかけた俺の声を遮るように、彼女は言う。
「……わかってる。わかってるよ。でも、もう薬に頼らないと」
その声は自嘲にも祈りにも似ていた。
「じゃあ、どうするんだ」
「選ぶ。私自身で」
ノアールは自分の胸に手を当て、小さく、息を吐き、薬をポケットにしまった。
ミズナはと言えば、ずっと魔獣を見ていた。焼けた風が、彼女の銀の髪を揺らす。
「セッカ。あれ、たぶん……あたしは何かを知っている気がする」
「何か?」
「わたしの、記憶の底にある何か」
ミズナは一点、魔獣に対して好奇とも思わせる視線を寄せていた。
魔獣は変わらずこちらを見据えるが、その目は俺たちを試しているような好奇の間を伴った目。このミズナと魔獣の共通する好奇の目に肌が粟だった。
そのとき、魔獣が再び口を開いた。
「では始めよう。淘汰の時を。我は、ただの魔獣にあらず」
言葉を喋るその口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。
「我が名はエルグトゥレ。魔王直轄の選別官。参る!」
俺の身体が危険を察知する。
「っ下がれ!」
叫ぶ間もなく、魔獣の喉が淡く発光した。次の瞬間、砲撃のような閃光が口から放たれた。向かった先は――
「ノアールッ!」
彼女はすでに動いていた。風を纏うような滑らかな動きで地を蹴り、光線を紙一重でかわす。が、その軌跡の延長線上――邸宅が、あった。
轟音が後方で轟いた。魔獣の砲撃が邸宅の東側を直撃した。
「リリィっ!」
振り向いたノアールの声が、血を吐くような悲鳴に変わった。魔獣はその反応に、愉悦のような笑みを浮かべた。
「……ふむ。背後が気になるか。ならば、徹底的に奪ってやろう」
再び喉が光る。今度の照準もノアールに向けられていた。
「くそっ、逃げろ!」
叫ぶ俺の声より先に、ノアールがポケットから小さな銀の缶を取り出した。
「……こんな形で、使いたくなかった」
蓋をはね、錠剤を数粒、強引に口へ放る。
「やめろ! もう限界だろう!」
彼女の身体が淡く輝き出した。風が唸りを上げ、地面の砂塵を巻き上げる。風圧に髪が逆立ち、目の光が失われ黒く染まる。と同時に、魔獣の喉元からその光は一直線にノアールへと走る。
が、ノアールの周囲からたちまち竜巻のような烈風が瞬時に生まれ、ノアールが手を前に突き出すと魔獣の方角へ向かっていった。
向かったノアールの風は魔獣の光線もろともかき消し、さらには火の粉や瓦礫までも巻き込みながら、反対に魔獣を襲い来る。
視界が、土煙に包まれる。やったか。
いや。
「――それが、お前の全力か?」
土煙の中心から、ほとんど無傷の魔獣が歩み出てきた。その身体にはかすかな傷すら見当たらない。しかもその右手に炎を錬成している。
「甘い」
魔獣が右腕を振り抜いた。轟音を伴った火炎の筋が龍となってノアールを襲う。ただちにノアールは水の防御壁を展開し、それを受け止める。
「くっ……!」
しかし、ノアールの水の防御壁は一秒と持たず離散する。
だが次には捨て身でその一撃を受け止めようと、素手でその豪炎を受け止める。苦悶の表情を浮かべながら、ノアールの手は焼かれていき、そして。その圧に耐えきれず、ノアールは思わず身を翻してしまう。
通過した火炎の筋が邸宅を穿つ。白い外壁が崩れ、瓦礫が落ちる。窓が砕け、屋根が崩れる。
ノアールの目が見開かれる。
「あ……」
燃え落ちる邸宅。家族の気配は、もう、感じられなかった。膝が崩れ、風が止む。ノアールはその場に倒れ込んだ。
「ノアールッ!」
叫びながら俺は駆け出した。鼻を衝く薬品が焼けた匂い、天から降り注ぐ大粒の火の粉、鼓動の速度。
ノアールの肩を強く抱き寄せる。彼女の頬に熱と涙が混じっていた。彼女の両手は火傷痕で皮膚がめくれ上がっていた。そして、身体はやけに冷たかった。
「おいっ!」
「く、くすり……くすり……を…………」
言って彼女は気を失った。
ミズナが一歩前に出た。
「やれやれ。こっちも、火の粉が飛んできたかー」
彼女の声には、相変わらずの飄々とした響きがあった。
「次は貴様か、小娘」
魔獣が、舌なめずりするように喉を鳴らし、口元を開いた。その喉奥に再び閃光が集まり――
「ミズナ!」
俺が叫んだ瞬間だった。
放たれた砲撃の奔流が、ミズナを襲う。逃げもせず、ただ腕を構えて迎え撃った彼女の姿が、一瞬、閃光に包まれる。爆風が巻き起こり、土煙が舞った。
……が。
「……なんだ?」
その煙の中から、無傷のまま両腕をばってんにして攻撃を受け切ったミズナの姿が現れた。長い銀髪が風に舞い、頬にうっすらと土埃をかぶっていたが、その目は赤く輝き、どこか遠くを見るような表情だった。
「……なつかしい」
ミズナが呟いた。
「この力。……ずっと前に、知ってた」
ミズナはにやりと微笑んだ。
「何だ?」
魔獣が一歩引いた、その瞬間だった。
ミズナが前へ駆け、拳を握り、踏み込み、魔獣の腹部へ一直線に突き立てた。その間、コンマ数秒。
衝撃音が地を割った。
魔獣の身体が宙に浮き、そのまま突き立てられた拳の直線上に吹き飛ばされる。背後の民家に激突し、爆風とともに民家を破壊し、魔獣は瓦礫に埋もれた。
「……」
言葉が出なかった。ミズナは今、何を。
まるでゴドリゲスのような身体強化のRAを使ったような身のこなしだった。だが、最終試験で戦ったときミズナにそんな力はなかった。まさかこれがミズナがさっき言った「何か」が意味するものだろうか。
ミズナは俺の方を見た。いや、正確には俺の視線の向こう――ノアールの、崩れた邸宅を見ていたのだろう。
魔獣の呻き声が瓦礫の中から漏れる。
「……おもしろい」
重く、湿った声。がれきの隙間から、紫色の鮮血にまみれながら身体を現す。そして、黒い手が瓦礫の奥へ伸びる。
「ふんっ……人間の力も試してみるとしよう」
魔獣の指先が、散乱した廃材の中にあった銀のケースを掴んだ。蓋を開け、中から錠剤を躊躇なく口に数十粒流し込んだ。
魔獣の体が膨張する。筋繊維が隆起し、皮膚が裂け、目がむき出しになり血走っている。身体からは蒸気か瘴気かわからないなにか白い湯気のようなものを纏っていた。
「ほう……これは実に愉快だ」
「くっ、これ以上はさせない!」
ゴドリゲスが動いた。黄金の剣を抜き、瞬時に身体強化のRAを纏って魔獣に斬りかかった。その動きに迷いはない。斬撃は正確に魔獣の肩を捉える。が――しかし。
「遅い」
魔獣の拳が振りぬかれ、ゴドリゲスはいともたやすく宙へ吹き飛ばされた。地面に叩きつけられ、鎧が砕ける。
「ご、ゴドリゲス……!」
その隙にミズナが再び突っ込む。地面をへこませて突撃。まっすぐ魔獣へ拳を叩き込み、弾き飛ばす。空中で体勢を立て直す魔獣を睨みつけ、ミズナは低く、唸るように言った。
「来い。……あたしがやる」
強い。ミズナの身になにが起きたのかは定かではないが、ゴドリゲスとノアールが倒れた今、勝機があるとしたらミズナのその力だ。
その間も、俺はノアールの身体を抱き締めたまま、動けずにいた。崩れ落ちた邸宅。黒煙。もう戻らない家族。強化薬の力を使ってまで、彼女は戦っていた。その意味を、痛いほど知っている。
「……くそ」
握る拳に、熱が宿る。何かが胸の奥で、かすかに軋んだ。まるで、そこに眠る何かが――目覚めようとしているような、そんな音がした。
ミズナの拳が、再び魔獣の頬を打つ。
だが今度は、弾かれたのはミズナの方だった。風を纏った拳が、魔獣の装甲のような肉体に届かず、逆に跳ね返されるように吹き飛ぶ。
「――ッ!」
ミズナが地面を転がる。瓦礫に肩を打ちつけながら、ゆっくりと立ち上がるが、その脚は明らかに揺れていた。そして、膝をつく。砂煙の向こう、魔獣の肉体は人間のRA強化薬を摂取し、やや錯乱しているか。「ヴオォォー」と咆哮していた。
俺は……ノアールを抱き締めているこの腕は、なんのためにある。ただだれかを介抱するためか?
違う。
ノアールをその場に置き、俺も動いた。全滅してしまえば、すべてが無に帰す。
ミズナの背中に周り、今にも崩れ落ちそうなそのミズナの背に、手を差し伸べ、触れる。
その瞬間だった。
視界の色が、ふっと変わった。音が、消える。風の唸りも、爆風も、魔獣の咆哮も、すべてが凍るように静止する。目の前に広がる光景が、まるでガラスの中に閉じ込められたようだった。風も、炎も、RAの流れも、すべてが俺を避けて流れていく。いや、違う。俺が、流れを変えている? それは、透明化ではない。これは――RAに触れられる。そのたしかな肌触りだった。
自分以外のRAの流れに、指先が触れる。それは、まるで楽器の弦を弾くような感触だった。ミズナの背に触れ、ミズナに流れるRAの奔流が、その血管のように複雑に入り組んだ流れの一本一本が手に取るようにわかる。
「できる気がする」
「なに……が?」
なんとか立ち上がるミズナも、もう限界が近いだろう。
「俺が、出る!」
魔獣との距離を一気に詰める。無論、魔獣は余裕綽々、俺の遅い足取りに軽く構える。
きっと、触れさえすればいい。
俺は魔獣の懐へ、無防備なまでに踏み込む。足を止めず、腕を伸ばす。咆哮とともに振り下ろされた長い腕、しかしそれは透明化によってやりすごす。そして、距離は一歩。いや、半歩。ここでまた実体を晒す。
魔獣の反応は……、早い。が、俺の方が先だ。指先が、魔獣の皮膚を捉える。そして、わかる。魔獣の体内に渦巻く、増幅されたRAの奔流――それを、引き抜く。
次の瞬間、魔獣の動きが止まった。
まるで操り糸が切れたように、魔獣は膝をつく。
「……何、を……?」
魔獣が震えた声で呟いた。視線が、俺を捉える。
「……貴様か。まさか……その力が」
魔獣の目が、ゆっくりと見開かれる。
「選択する者よ――我らの側へ来い。今からでも遅くはない」
魔獣の言葉に、俺は何も応えなかった。
「……この小娘は、何か違うな」
魔獣が視線をミズナに移す。
「力の匂いはあるが……善も悪もない。まるで、生まれる前の存在のようだ」
魔獣の前では、ミズナの拳がすでに構えられていた。
「うるさいよ。あたし、昔から黙らせるの得意だから」
ひゅ、と風が鳴った瞬間、ミズナの拳が魔獣の顔面を撃ち抜いた。魔獣の巨体が完全に地に伏した。
火の粉がまだ舞っていた。遠くで工場の骨組みが焼け落ち、瓦礫がひとつ崩れた。魔獣はRAの残滓となって宙に消え始めていた。
倒れているノアールのもとへ戻り、ノアールが浅く息をしているのを確認した。
「……あの力、なに?」
ミズナが、ぽつりと口にした。
「……さあな。俺にもわからない」
嘘は言っていない。ただ、身体の奥に、何かを通してしまったような違和感だけが残っていた。あの瞬間、確かに俺はRAそのものに触れた。その感触だけが残っている。
「お前こそ。あの腕力……なんなんだよ。隠してたのか?」
俺の問いに、ミズナはほんの少し首を傾けてから、小さく笑った。
「ううん。……たぶん、ちょっとだけ身体が思い出したのかも」
「思い出した?」
「昔のこと。夢みたいな、忘れてた景色」
その笑みには、どこか孤独が混じっていた。本人ですら知らなかった力が、記憶の代わりに湧き上がったのだとしたら、それはどこに繋がっているのだろうか。
「……それよりもさ」
ミズナは足元の焦げた瓦礫をつま先で蹴りながら、話題を変えた。
「魔獣が言ってたこと。……あれ、気にならない?」
「“選択する者よ、我らの側へ来い”。……あれか」
俺はさっきの言葉を思い出しながら、そして思考を巡らせる。
「勇者を、魔王軍が求めてた。……ってことになるのか。だが、しかし、それはどういう……」
「普通、敵だよね? 勇者なんて」
「敵……だけど、“選択する者”だとも言ってたからな」
それは、まるで誰かを待っているような口ぶりだった気がしている。
「……ミズナ」
「うん?」
「お前が、魔王なんじゃないかって――ずっと思ってた。けど違いそうだ」
ミズナは一瞬だけこちらを見て、それからまた、空を見上げた。
「うん。違うんだと思う。……たぶん」
「たぶん?」
「自分でもよくわかんないの。でも、さっきの魔獣……あたしのこと、“匂いがしない”って言ってた」
どちらの匂いもしない。善でも悪でもない。人間でも、魔獣でもない。ならば、ミズナとは何者か。
「自分がなんなのか、あたしにもわかんない。でも……だから、匂いのする、ここにいるのかも」
「ここ?」
「匂いのするとこに、いたくなるのかも。……たとえば、セッカとか」
ミズナはわずかに笑って、俺の顔を覗き込む。
「セッカ、ちょっと匂うよ」
その言葉に、いくつかの意味が重なった気がした。
「……言ってろ」
夜が落ち着きを取り戻そうとしていた。
背後の燃え盛っていた工場は、まだところどころに火の手を残していて、時折爆発音を響かせていた。街の家屋は炎の赤から灰の黒に色を変え始めるが、まだ、戦いの余熱が、皮膚の奥にまで染み込んでいる。
ノアールはまだ目を覚まさない。地面に寝かされた彼女のそばに座りながら、俺は自分の内側で渦巻いているものを、ひとつずつ、言葉にしてみようとした。
あまりに多くのことが一度に起きた。
ノアールのRA強化薬依存。薬に頼らなければ立っていられなかったその理由も、今なら少しわかる気がする。強さへの渇望と恐怖。王国への軽蔑。そして、最期の瞬間に見せた、家族を守ろうとした意志。だが、それでも届かなかった。ゴードン家への憤りによる反骨心で、ゴドリゲスに牙をむいたオーディション。崩れ落ちた邸宅。あの家の中に、彼女の父と母と、妹リリィがいた。ノアールは十分戦った。
この実験都市――グラン・ビアル。RAの強化薬を作り出し、人工的な強者を生み出す街。王国の意思が、今、音を立てて崩れている。崩壊の始まりだ。
そしてゴドリゲス。傲慢さしか見せなかったあいつが見せた弱さ――自分の出自に疑いを持ちはじめた。ゴードン家という名前。勇者の血を継ぐ者という偽り。
疑いの中心には、あの男がいる。ゴードン・クレイモア。英雄の勇者という名をはく奪し、利用し、王国を掌握した一族。ゴードン家。もし、クレイモアがすべてを仕組んでいたのだとしたら。
そして俺自身。
父ビカクは、RAを持たずに魔王を倒したとされる“本物の勇者”。その息子として生まれ、今、自分の中のRAが何かを変えようとしている。俺は、たしかにRAに触れた感覚があった。
……そして、ミズナ。
彼女は一体何者なんだ。
魔獣は言った。「どちらの匂いもしない」と。魔獣でも人間でもない。だが、魔界の力に呼応し、“懐かしい”と呟いた。何を、どこで、どんな存在として? わからないことだらけだ。でも今、わかることがひとつある。これはもう、戦争だということ。
辺りは、再び静寂を取り戻していた。だが、それは終わったからではなく、次に何が起こるか誰にもわからないという、冷えた緊張の上に成り立つ不安定な静寂だ。
「……王城に戻るべきだな」
俺がそう言うと、ミズナも無言で頷いた。いまは情報が足りなさすぎる。全体の状況を把握するには、王都に戻るしかない。
問題は、その身も、精神もぼろぼろなノアールだ。意識はまだ戻らない。浅く、規則的な呼吸だけが、彼女が生きている証だった。
「このままじゃ……王都まで運ぶしかないな」
その時、ゴドリゲスが立ち上がった。
「……俺は、先に行く」
その言葉には、ためらいがなかった。
「父、クレイモアに、話を聞く。今すぐにだ」
予想していた。だが、やはりその思考はあまりに幼い。
「やめておけ。あいつは……厄介だ」
俺の言葉にも、ゴドリゲスは首を横に振った。
「知ってる。だが、向き合わなきゃいけない。本当に、あの男が“勇者”なのかどうか」
父親に問いただす。その動機の底に、怒りも疑念もあるのだろう。だが、それだけではなかった。ゴドリゲス自身、自分が何者かを知りたがっていた。あの戦いの後、きっと彼もまた、自分の“血”に揺らいでいる。その想いがわかってしまうからこそ、いかに傲慢な行動であろうと、そこに理解の余地があった。
「なあセッカ父親を殺すってどんな気分だ?」
ゴドリゲスは、自分の手が血に染まっていく未来すらやむを得ないとでも考えているのか。
「良い気分じゃないな」
「そうか。それでもオレは……」
「好きにしろ。ただ、気をつけろ。俺たちも後を追って、必ず行くからな」
そもそも引き留めたところで、あいつが聞く耳を持つようなタマじゃない。
ゴドリゲスは振り返らず、崩れかけた街をひとり歩いて見渡した後、こちらを一瞥して飛んで行った。
残されたのは、俺とミズナと、意識を失ったノアール。
「……王都までは、どうやっていく?」
ミズナが訊く。答えはすぐに見つかった。
ノアールの家の、崩れかけた馬小屋。その片隅に、まだ無事な馬と、一台の荷馬車が残っていた。火の手は辛うじて届いていなかったらしい。
「これで行こう。少し時間はかかるが……」
俺はノアールを抱き上げ、ミズナとともに、馬車へと向かった。
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