第8章 吹雪の夜、迷子の雪の女王
第59話 ホワイトアウトの訪問者
しんしんと降り積もる雪が、音という音をすべて吸い込み、世界が白一色に染まる季節。
留咲萌町の冬は、厳しい。
特に12月にもなると、数日に一度は、地吹雪で目の前が真っ白になる「ホワイトアウト」が発生し、人々は、ただ家の中で嵐が過ぎ去るのをじっと待つしかない。
だが、そんな厳しい冬だからこそ、俺のダンジョン民宿の中は、どこよりも温かかった。
パチパチと、心地よい音を立てて燃える、自慢の薪ストーブ。その前では、プルが熱でとろけて、普段より一回り大きくなっている。
囲炉裏の間には、年代物のこたつが鎮座し、リサは、その魔力に完全に取り憑かれていた。
寒さが苦手なゴブ吉や、キノコうさぎの親子も、冬の間は、ほとんどダンジョンには帰らず、この暖かい母屋のどこかで丸くなっているのが日常の光景だ。
俺は揺れる炎を眺めながら、黙々と編み棒を動かしていた。
意外に思われるかもしれないが、手先が器用な俺は、この時期、モンスターたちのために小さな帽子やマフラーを編んでやるのが密かな楽しみになっているのだ。
「……それにしても、今夜は、荒れるなあ」
窓の外では風がまるで獣のような唸り声を上げていた。テレビの天気予報が言っていた通り、今シーズン一番の、猛烈な吹雪だ。
ガタガタと古い窓が揺れる。こんな夜に外を出歩く者など、いるはずもなかった。
そのはずだった。
ヒュオオオ、という風の音に混じって。
コン、コン……。
玄関のドアを、か細く、叩く音が確かに聞こえた。
「……え?」
リサがこたつから顔を上げる。俺も編み棒を動かす手を止めた。
聞き間違いか? いや、確かに聞こえた。ドン、ドン、という力強いノックではない。まるで最後の力を振り絞るような頼りない音。
「誰だ、こんな時間に……」
俺とリサは顔を見合わせた。
この吹雪だ。考えられるとすれば、遭難者か……?
俺は用心のために、そばにあった薪を一本手に取ると、ランプを掲げながら、ゆっくりと玄関へと向かった。
「どなたですかー!」
風の音にかき消されないよう、大きな声で呼びかけるが返事はない。
ただ、再び、コン、コン、と、さっきよりも弱々しいノックの音が聞こえるだけだった。
俺は意を決して玄関の古いかんぬきを外した。
ドアを開けた瞬間。
ゴオオオオッ!
猛烈な吹雪と氷の刃のような冷気が、一気に家の中へと吹き込んできた。
そして、その吹雪と共に雪だるまのようになった一つの人影が、まるで糸が切れた人形のように玄関の土間へと、どさりと倒れ込んできたのだ。
「うわっ! 大丈夫か!?」
俺とリサは慌ててその人影に駆け寄る。
降り積もった雪を必死に手で払いのけると、その下に現れたのは、若い女性の姿だった。
歳は20代前半だろうか。こんな極寒の地には、あまりにも不釣り合いな薄手の都会的なデザインのコート。その下からのぞく手足は、凍傷寸前のように真っ白になっている。
唇は紫色に染まり、長いまつ毛は凍りついていた。
彼女は薄く目を開けると、俺たちの顔を朦朧とした意識の中で、かろうじて捉えたようだった。そして最後の力を振り絞るように、か細い声でこう言った。
「た……助けて、ください……。車が……雪で……」
それが限界だった。
彼女は、それだけを言い残すと、俺の腕の中で完全に意識を失ってしまった。
俺とリサは、ただごとではない事態に言葉を失った。
一体、何があったのか。
この吹雪の中、たった一人で、彼女はどこから来たのか。
そして、何者なのか。
だが今は、そんなことを考えている場合ではない。
俺たちは冷たくなった彼女の体を二人で抱きかかえると、薪ストーブが燃える一番暖かい部屋へと急いで運び込むのだった。
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