第53話 縁側ピクニコ講座
「おお、見せてくれるのかい! リサちゃん!」
八百屋のおばちゃんの、好奇心に満ちた一言に、リサの目はキラリと輝いた。
自分の好きなこと、得意なことを誰かに教えるのが彼女は大好きらしい。
「もちろんです! ピクニコ動画の世界へ、ようこそ!」
リサは、すっかり先生モードだ。
縁側の真ん中に陣取ると、鈴木さん、魚屋の大将、八百屋のおばちゃんという、平均年齢70歳超えの生徒たちに向かって、スマホの画面を掲げて見せた。
小さな画面に大きな頭が三つ、ぎゅうぎゅうに寄り添って覗き込む。なんとも微笑ましい光景だ。
「いいですか、まず、この四角いマークがピクニコ動画のアプリです。これを指で、こう優しく『ぽんっ』と押します。そうすると……」
リサが操作すると、画面には様々な動画のサムネイルがずらりと並んだ。
「うおお……」
「まあ、万華鏡みたいだねぇ」
三人は初めて見る光景に感嘆の声を上げる。
「それじゃあ、まずは、私たちのチャンネル『ダンジョン民宿だより』を見てみましょうか!」
リサは検索窓に文字を打ち込むと、見慣れた俺の民宿のロゴが画面に表示された。彼女は、その中から、先日投稿したばかりの、キノコうさぎの初登場回を再生し始める。
スマホから聞き慣れたBGMと、俺の間の抜けた声が聞こえてきた瞬間。
「「「おおーっ!」」」
三人の生徒たちが一斉に沸いた。
「雄介が映っとるわい!」
「なんだい、このふわふわしたのは! こんなのもいるのかい!」
「しかし雄介のやつ、こんなにだらしない顔しやがって! わっはっは!」
大将がキノコうさぎにデレデレになっている俺の顔を見て、腹を抱えて笑っている。
「やめてくれ……。こんなの、公開処刑じゃないか……」
俺は羞恥心で顔から火が出そうになりながら、その場から逃げ出したくなった。
「すごいのは、これだけじゃないんですよ」
リサはにやりと笑うと、動画の下に表示されているコメント欄を三人に指し示して見せた。
「ここには、この動画を見てくれた、日本中の色々な人からの『声』が届くんです」
リサは、そのコメントを、一つ一つ、ゆっくりと読み上げ始めた。
『わー、キノコうさぎ、めちゃくちゃ可愛い!』
『このおじさんの、ぎこちない感じ、逆に癒やされるw』
『北海道の、こういう何もない場所って、最高に贅沢ですね。いつか泊まってみたいです』
『この鮭、絶対美味いやつだ……。留咲萌町、行ってみたいなあ』
全国の見ず知らずの人々から寄せられた、温かいコメントの数々。
それを聞いたお年寄りたちは、最初こそきょとんとしていたが、やがて、その意味を理解すると、驚きと、そして、じわりとした感動の表情を浮かべた。
「ほう……」
鈴木さんが深く頷いた。
「わしらが毎日、当たり前に見ているこの景色が……。都会の人には、そんなに面白く、美しく見えるんかのう」
「なんだか、嬉しいねぇ」
おばちゃんが自分のことのように目を細める。
「自分たちの町や知り合いの雄介ちゃんが、遠くの町の人から褒めてもらえるなんて」
自分たちの日常が、誰かにとっての「非日常」であり、価値のあるものだと知ること。それは、彼らにとって新鮮な驚きと、ささやかな誇りをもたらしてくれたようだった。
ピクニコ動画の面白さに、すっかり目覚めた三人。
「リサちゃん! 他に、わしらでも楽しめるような動画は、ないもんかね?」
鈴木さんのリクエストに、リサは「お任せください!」と次から次へと動画を検索していく。
大将は、プロの料理人が魚を捌く動画に、
「ほほう、こいつ、なかなかやるじゃねえか……。だが、俺の出刃の切れ味には、まだ及ばんな!」
と、一方的にライバル心を燃やし。
おばちゃんは可愛い孫に見せてあげたいと、子猫や豆柴の面白動画に、「まあ、めんこいねぇ!」と、すっかり夢中になっている。
鈴木さんは、昔懐かしい昭和の名曲を歌い上げる動画を見つけると、目を閉じ、指でそっとリズムを取りながら、若き日の思い出に浸っていた。
たった一つの小さなスマホの画面。
その向こう側には、それぞれの人生と繋がる、無限の世界が広がっている。
俺は、そんな不思議で温かい光景を眺めながら時代の移ろいと、変わらない人の心の温かさを同時に感じていた。
気づけば、空から舞う雪は、いつの間にか止んでいた。代わりに、俺たちのお腹から、ぐぅ〜、と情けない音が鳴り響く。
「あらやだ、もうこんな時間! すっかり話し込んじまったねぇ!」
おばちゃんが慌てて立ち上がった。
大将が俺の方を見て、ニヤリと笑う。
「しかし、腹が減ったなあ、雄介。お前さん、さっきわしが持ってきた、あの立派な鮭……どうするつもりだ?」
その言葉に全員の視線が、俺に、そして台所の大きな鍋に、ぐっと集中した。
この流れは、もはや誰にも止められない。
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