第3章 おじさん、配信サイトにデビューさせられる!?
第23話 看板娘のとんでもない企画書
不器用なカップルが、最高の笑顔で去っていってから数日。
俺の「ダンジョン民宿 ゆうすけ荘」には、久しぶりに穏やかな時間が流れていた。
「ふぅ……」
縁側に座り、淹れたての緑茶をすする。
隣には、同じように湯呑みを持ち、すっかりこの家の主の一員となったリサがいる。足元ではプルが気持ちよさそうに日向ぼっこをし、庭の隅ではゴブ吉が、どこからか見つけてきた箒で、律儀に落ち葉を掃いていた。
なんて平和な光景なんだろう。
「なんだか、不思議なもんだな」
俺は、ぽつりと呟いた。
「山田さん一家に、アキラさん、それに高橋さんたち。この宿を始めてから、色々な人の人生に、ほんの少しだけ触れてきた気がする」
「ですねー」
リサが、湯呑みをふーふーしながら相槌をうつ。
「人の人生に関わるってのは、大変だけど、面白いもんだな」
「ご主人、なんかおじいちゃんみたいなこと言ってますよ」
「おじさんだからな、俺は」
こんな他愛のない会話ができること。
数ヶ月前、東京のコンクリートジャングルで心をすり減らしていた俺には、想像もできなかった幸せだった。
この平和が、ずっと続けばいい。
俺がそんなことを考えていた、その時だった。
「……よし!」
リサが、湯呑みをカタンと置くと、突然立ち上がった。その目は、何かとんでもないことを閃いた時の、危険な輝きを放っている。
俺の社畜時代に培われた危機管理能力が、けたたましく警報を鳴らし始めた。
「ご主人! 次は、私たちが主役の動画を撮りましょう!」
「……は?」
リサは、どこから取り出したのか、数枚の手書きの企画書を、俺の目の前にビシッと突きつけてきた。
【ダンジョン民宿 公式チャンネル(仮)企画案】
* 『潜入!ダンジョン民宿の全貌、初公開!ルームツアー編』
* あの古民家の内部はどうなってるの? 泊まれるお部屋を徹底紹介!
* 『元社畜おじさんの絶品まかない飯!クッキング編』
* あの伝説のパスタはこうして作られる! ご主人の華麗な料理テクを激写!
* 『モンスターと一緒に民宿をDIYしてみた!』
* スライムは掃除のプロ? ゴブリンは日曜大工の達人? 驚きの生態に迫る!
企画書に並んでいたのは、俺を全面的に余すところなく、フィーチャーするという、正気の沙汰とは思えない内容だった。
「む、無理無理無理! 何を言ってるんだお前は!」
俺は全力で首を横に振った。
「俺は宿の主人だぞ! タレントじゃない! 大体、こんなおじさんの顔なんて、誰が見たいって言うんだ!」
「分かってないですねぇ、ご主人は」
リサは、やれやれといった感じで肩をすくめた。
「今の視聴者が求めているのは、作られたアイドルじゃないんです! リアリティなんです! 田中さんの、ちょっと枯れた感じの絶妙な『おじさん感』が逆に視聴者の心を掴むんですよ!」
「これ以上ないくらい、ディスってないか!?」
「それに、これは、この民宿をもっと多くの人に知ってもらって、この留咲萌町を盛り上げるためでもあるんです!」
リサが、キラキラした目で訴えかけてくる。
町おこし。
その言葉を出されると、俺は弱い。
俺たちがそんな押し問答を繰り広げていると、噂を聞きつけたのか、ひょっこりと隣の鈴木さんが顔を出した。
「おや、雄介。今度は、お前さんがテレビに出るのか? そりゃめでてえな!」
「違います、テレビじゃなくて……!」
そこへ、ちょうど魚を届けに来てくれた魚屋の大将までやってくる。
「なんだ雄介! お前、有名人になるのか! よーし、分かった! 撮影で使うなら、うちの一番いいマグロの頭、くれてやるぞ!」
「だから、いりませんって! マグロの頭、何に使うんですか!」
町の住民たちが、次から次へと現れては、勝手に話を進め、俺の外堀はあっという間に埋められてしまった。
もはや、アリ一本逃げ出す隙間もない。
「……わ、分かった。分かったよ……」
俺は、観念して両手を上げた。
「ただし、本当に、少しだけだからな……! 面白くなかったら、すぐにやめるからな!」
その言葉を聞いた瞬間、リサの顔が、ぱあっと輝いた。
「決定ですね! やったー!」
彼女は、その場でぴょんぴょんと跳ねて喜んでいる。
「それでは、早速、明日から撮影開始です! まずは、ご主人の魅力を深掘りするために、ダンジョン内部の詳しい紹介と、モンスターたちの生態観察から行きましょう! ご主人とゴブリンの、心温まる友情物語を撮りますよ!」
「そんな物語、存在しないんだが!?」
こうして、俺本人の意思は、ほぼ1%も反映されないまま、ダンジョン民宿の公式チャンネルの設立と、俺の不本意極まりない動画配信者デビューが、決定してしまったのだった。
明日から、一体どうなってしまうのだろうか。
俺の胃は、久しぶりに、社畜時代のようなきりきりとした痛みを訴え始めていた。
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