第2話 半グレ襲来 2

「こんにちは、ジョージちゃんよ」


「ああっ!ジョージ先生、助けてください!!」


 丈二が外来についた時にはすでに、あちこちに破壊された医療機器が散乱して、半グレの若い男が雄たけびをあげていた。


 上半身裸、体中に刺青と、皮下出血を滲ませた無数の注射痕を刻んだ半グレ男。目は充血し、顎は無駄に突き出し、呼吸は荒い。


「おいテメェら! ヤクが足んねぇってんだろが」


 丈二は、スマホにしこんだ電子カルテの半グレの患者情報に目を落とした。


 海老田恒泰、三十歳。保険種別・生活保護なまぽ、病名・末期肝臓がん、病名追加の日付けは三年前……。


 鎮痛目的のフェンタニルパッチが出されているが、それが足らないと怒っているようだった。


 ……しかし、末期肝臓がんにしては元気が良すぎる。


 しかも……、主治医を確認すると、金賀星助。


 先月診療中に、電子カルテで、FX・デイトレやらオンラインポーカーに興じていたのがばれて、馘首クビになった男。


 彼の受け持ち患者リストには、病歴キャリア数年を越すなまぽの末期癌患者がずらりとならんでいた、更には、ありとあらゆる麻薬と向精神薬の処方歴……。


 一瞬にして、丈二は、全てを察した。


 金賀医師は、マネーゲームとギャンブルの負け銭を払うために、子飼いのなまぽ患者をえせ末期がんに仕立て上げて、取り扱い危険薬をやまほど処方してネットで密売させた上前をはねていたのだろう……。


「こいつ、やっちゃってもいい奴みたいね……」


 こういう奴がくるから、やさぐれ病院の仕事はやめらんねえ、ぷぷっと笑う丈二。


 海老田が診察室の点滴スタンドを振り上げた。


「ヤクをよこせっつってんだろが!」


 丈二は肩をすくめた。


「イヤァねえ、あんた、そんな乱暴なお願いの仕方じゃ、アタシの筋肉がひくひくしちゃうじゃないのォ」


「テメェ……ふざけんなッ!」


 半グレの拳が、丈二の顎を狙って飛んだ。


 だが次の瞬間、鈍い音と共に、海老田の身体は診察室の外まで吹き飛んでいた。


「ほら見なさい。アタシの筋肉は正直なのよね」


 丈二はゆっくりと歩み寄り、首根っこを掴む。


 135キロの巨体がわずかに腰を入れるだけで、海老田の足が床から浮く。


「アンタ、末期がんなんでしょォ? 今逝く? ジョージちゃん、少しでも早く天国に行ったほうが楽だとおもうの……」


 その声は甘く、しかし瞳は氷のように冷たかった。


 職員が慌てて制止に入るが、丈二は振り返りもせず言った。


「カルテには"症状すべて消失"って書いといて。治療方法は……内緒よ」


 海老田が再び床に落とされたとき、外来は静まり返っていた。


 頸椎を支点にして、顔があり得ない方角を向いている。


 左眼が眼窩から跳びだしている。


 彼は泡を吹いて意識を失い、顔面は見事に丈二の手形で彩られていた。


 通りがかりの薄汚れた白衣の青年が目玉を拾い上げた。


「こ、この目玉もらっていいすか?おれ病理の院生なんですけど、脈絡膜細胞を培養したいんで……」


「そぉねえ、目玉一つぐらい、医学のために協力してもらってもいいわよねぇ……」


 廊下の端で見ていた研修医の開高が、ぽつりと呟く。


「……これ、コードホワイトっていうより、も。もうコードレッドですよね」


 丈二は血の付いた手袋を外しながら微笑んだ。


「違うのよ、これは正義よ。愛の溢れる力学的正義……」


 その時であった。外来に通報を受けた警官たちがなだれ込んできたのは……。


「北新宿警察よ!」


 涌嶋加奈子警部補がバッジを掲げて、ドスをきかせた。


「あら、加奈ちゃん、いらっしゃぁい」


「ジョージ、またあなた……。ということは、この男、しょっ引いて、連れて行ったらきっと私にいいことがあるのよね。もし、なかったら……」


「やだわ、これまで加奈ちゃんの期待を裏切ったことなんてなくってよ……」


 海老田はパトカーに乗せられ、連れていかれた。


 数日後、新聞に最凶医大病院から処方された麻薬と向精神薬をネットで密売していた、半グレグループ、「恵比寿舞龍権えびすブルゴン」のメンバーと、不良生活保護受給者、十数人が、北新宿警察に逮捕されたという記事が載ったのは言うまでもない。



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