第20話◇そこに眠っている、重苦しい執着
私は書いた本文を三度ほど読み返してから、ようやく「投稿する」のボタンを押した。
こんな感じで、大丈夫なんだろうか……?
自己紹介。
かなめとコミックアクセスで知り合った三人に向けて書いた記事。
そして今回のこれで、ようやく投稿は三回目となる。
まだ全く書き慣れてはいない。
間違えた箇所は後でいくらでも訂正可能とはいえ、それでもボタンを押す時は、キュッと身が縮む気分で緊張した。
かなめから課されたノルマ自体は、これできちんと果たせたはずだから、そこはホッとしたところだけど……。
今度は別の心配で、他のやるべきことが手につかなくなっている。
この他愛もない、超個人的な日記のチラ見せのような記事に反応があるのか。
反応があったとして、それはどういう反応なのか。
そればかり考えてドキドキしている。
だって、こんなのは「役に立つ情報」じゃない。
投資やマネタイズに役立つ情報、「こうしたらいいよ」みたいなお悩みに対するノウハウ系の話ならまだしも、有名人でもなく平凡な私の家族の話なんて、私以外の人には「役立たず」過ぎると思うんだけど……。
落ち着かないままスマホ画面を見つめていると、かなめからLINEが来た。
『家族の思い出のやつ、見たよ。さゆみにもちゃんと執着できること、あるんじゃん』
個人的過ぎることだからか、noteのコメント上じゃなくて、LINEでの会話で伝える気持ちになったようだ。
内容的にも、そうしてくれてよかったと思う。
もしこれを不特定多数の人の前でかなめが伝えてきていたなら、どうコメントして返すべきか、分からなかったと思う。
だって――「執着」なんて単語がある。
私はその単語に驚く。
それは私から一番遠いと思っていた言葉だったから。
他人やものごとに対して執着できないことこそが、自分の長年の悩みの種だと感じていたのだから。
「執着?私が?」
『そのお祖母ちゃんのビデオ、大人たちに捨てさせなかったし、今も捨ててないんでしょ?ずっと大林さんの再放送録って見てるんでしょ?飴だっていつも持ち歩いてるじゃない?真似して。それって、お祖母ちゃんに対する執着だよ』
「……私、執着してたんだ。執着できるんだ」
数回のやりとりで、ようやく私も実感する。
私は執着している……。
ああ……だから、こんなに他の人の反応が怖いんだ。
かなめや月浦さんやシンヤさんやAKARIさんの心の内は、少し聞かせてもらった事実があるから、「みんなになら話してもいい」と感じられた。
だからこの記事を、自分にしては赤裸々に書けたんだと思う。
ただ、他の人もこの記事を見ることは可能だ。
前のコミックアクセスの記事でフォローしてくれた、まだよく知らない、不特定多数の人たち。
その人たちは、私のこの行き場のないドロッとした気持ちの記述を、どう思うのだろうか。
ここまで私が強くこだわっている話題だけど、他の人から見たら「なぁんだ」ってなって、どうでもいいと軽く流すような扱いをされるのかもしれない。
そうか。
それが、私は嫌なんだ。
自分の心の内を他人に軽視されることが、こんなにも許せないんだ。
そうか……。
それは間違いなく、かなめが言った通りの「執着」だ。
『逆に執着すると重いタイプだからこそ、自然と人と絡むのを避けてたんじゃない?トシカズくんに対しても』
最新のかなめのメッセージには、懐かしい人の名前が表示されている。
「元カレのトシカズくん」。
私を「俺のことをどうでもいいと思っているんじゃないか」と言って振った人。
そして、まだ付き合い始めたばかりの頃に「さゆみちゃんのそういう、世話焼き体質?みたいなところ、ちょっと重いんだよね」と言った人。
思い起こせば、色々と腑に落ちた。
「そうかもしれないね」
私は、いつかファミレスでしたのと同じように、かなめにメッセージを返した。
私たちはあの時の話の続きを、時を超えて今やってるんだ、と思った。
そしてこの貴重な時間を、必要なことだとも思った。
他の人がどうでもいいと思ったとしても、私は今、あの話の続きをかなめとやれた。
だから、たぶん、大丈夫だ。
もし知らない人に何を、どんな否定的なことを言われたとしても――
その時、私はスマホ画面の上部、ベルのマークの部分に赤文字の数字を見る。
ビクリと、肩が自然と震えた。
「大丈夫だ」と思ったはずなのに、それでも震えてしまった。
『すもも さんが 今日も、十年ぐらい前に亡くなったお祖母ち… にスキしました』
こう表示されている。
お祖母ちゃんの話を「スキ」と言ってくれるフォロワーの人が、そこにいた。
すももさん……この前、フォローしてくれた人だ。
でも、何でお祖母ちゃんの記事をスキしてくれたんだろう?
漫画や小説や同人誌即売会の話でもないのに。
「この人も時代劇好きなのかな?いや、違う……」
私はプロフィールを確認してみる。
時代劇とも大林さんとも書いていない。
時代劇ファンではなさそう?
じっと注目してページを読み込んでいくうちに、すぐに私はその人が「何者なのか」を知った。
紹介文に「『SOLUNAR』の東雲洸推し」とある。
そして「まだ『SOLUNAR』で洸推しの私が思うこと」という題名の推し記事を発見する。
「今でも、変わらずファンなんだね……」
記事の中身を読まずとも、その人のとても強い熱気が感じられた。
つまり、前回軽く覗いた時に見たことがあるような気がしていた、クリエイターページの上部に表示されているイラスト、青髪と赤髪のミニキャラ。
それは東雲洸と如月宵悟だったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます