第二章「note、やってみた」

第16話◇いまだ書けていない焦りに、犬の癒し

「さて……と」


 帰宅後。

 私はひとまず、シンヤさんの本と月浦さんのポストカードセットと、たくさんのチラシにパラパラと目を通す。


 そうしているうちに、シンヤさんの本につけてあったペーパーや、月浦さんのポストカードの袋の中の名刺にも、noteのQRコードが掲載されていることに気付いた。


「二人とも、noteのアカウント持ってるんだ……」


 なので、私はスマホを操作して、それらを読み込んでみた。

 シンヤさんのクリエイターページの上には「コミックアクセス5、販売物と事後通販」という記事が固定されている。


 クリックしてみると、今回頂いた四種類、全ての漫画本それぞれの表紙イラストの見本と価格と内容説明が、パッと目に入ってきた。


「締切ヤバいけどダチの家で飲んで犬モフりまくった話」という題名の他の記事もある。

 これは自虐風のエッセイみたいだ。

 クスッとする感じ、けっこう面白い。


「犬、本当に好きなんだ。シンヤさん」


 思わず読み込んでしまい、いつの間にかスマホ画面を見ながらニヤニヤしてしまっていた。


 そして月浦さんのクリエイターページの方はというと、クリエイターページのプロフィールはあっさりしたもので、「写真を撮って載せます」とただ一言書いてあるだけだった。


 そこはシンヤさんの「男性向け漫画書き。アニメ・漫画の感想記事も。RPGのゲームが好き。生粋の犬派」などという、長めかつ「自分自身のこと」にもしっかり触れているさまとは、全く違う印象を受ける。


 そして宣伝記事もシンヤさんほどは長くない。

 写真をポストカードにしたものを、コミックアクセス5にて、タザキシンヤさんのサークル「タザキ深夜便(N‐20a)」にて委託販売します、五種類一セットで五百円です、という情報のみ。


 他の記事はどんな感じかというと、記事の題名の部分にその写真の内容が一言で説明してあって、本文では写真のみが何枚か連続して羅列してある。


 つまり、月浦さんの方は、なるだけ「本人らしさ」は出さないというコンセプトが徹底されているようだ。

「東雲洸」との共通点を悟られないようにと意識しているのかもしれない。


 私は月浦さんが喫茶店で「たとえ体の一部だけでも、遠目でも、ちゃんと俺って分かるらしいんですよ。ファンの方って」と語っていた時の、少し困った笑顔を思い出していた。


 実際に会話した印象よりも、このnoteのページは少し背伸びしているようにも感じられる。

 それこそ、「早くかっこいい大人になりたい」という本人の希望通りに。


 記事中に文字はあまりない。

 ただ、文字数が多い「印刷悩み中」という題名の記事がひとつだけあって、それには「これまで撮ってきた写真からポストカードにするものを選んでいるという話と、ポストカードを印刷する印刷所の選定に迷っている話」が短く、けれど熱っぽくつづられていた。


 一通り彼らの記事を読むことで、私はようやく「彼らが今回のイベントに向けてやっていたこと」を把握した。


 昼に見てみたサークルさんといい、みんなnoteで色々思ったことや、やったことを書いてるんだなぁ……。


 などと思いながら、しみじみとスマホを見つめて。

 そしてそんな人たちとは逆で、いまだ全くネタを考えつけずにグズグズしている自分に、少しずつ落ち込んでくる。


 え、待って。

 もしかして、みんな自分がしたいこととか趣味とか、仕事のスキルアップとか、何かしらどんどん実践して身につけて形にしてる?


 私だけが何もしてない?

 何もない人……?


 どこからか、すごく焦る気持ちが湧いてきた。

 私以外の人たちはみんな明るい希望に満ちていて、ただ私一人の未来だけが、どんよりと曇ってしまっているように思えた。


 思い出されるのは、シンヤさんの「狂うから」、そしてかなめの「困るから」という、それぞれの理由。

 書いたり書かなかったりで、人は狂うことも困ることもあるらしい。


 ――私も、いつか狂って困るかもしれない……?


 それは現実的な未来のようにも感じた。

 このまま何もないままただ年老いていく、それはきっとつらいはずだと、もう私は想像できてしまっている。


「何か、探さなきゃいけないのかも。私も」


 みんなは、一体何を考えて自分の記事を書いてるんだろうか。

 迷った私は、適当にリンクを踏んで飛んでみる。


「推し記事や、読書や映画やアニメの感想文や、買った商品の紹介の記事がある……?あっ、それなら、ドラマについて語ってもいいのかもしれない?」


 例えば、そう。

 時代劇の、私のお祖母ちゃんが大好きだった、大林昌親が主演の「昇龍、舞う」について。

 これなら最近もちゃんと見ているし、いけるかも……?


「よし、それで考えてみよう……」


 あ。

 でも、その前に、自己紹介くらいはした方がいいのかもしれない……。

 ネット上でも、まずは初回の更新分は「挨拶」が基本だよね。


 私の視線の先、自己紹介の記事もいくつか上がっている。

 そしてそこに、まるで割り込むかのように、かなめからのLINEも入ってきた。


『今、ちょうどペン入れ待ち中~。さっきすばるんからシンヤさんのスマホに連絡来たらしいけど、あの後、二人で喫茶店行ったんだって?ずいぶん懐かれたねぇ。珍しい展開。笑』


 表示された文面。これは一体、どこまで月浦さんからシンヤさんとかなめに、情報が筒抜けているんだろうか。

 何もやましいことはないから、別にいいんだけれども……。


 あ、でも、ガッツリと真面目に話し過ぎたかも?って意味では、ちょっと恥ずかしい感じだったかもしれないな。


『おつかれ~。そう、コーヒー飲んだよ。ちゃんと焙煎した豆を挽いてからじっくり淹れる、っていう本格的なやつ。懐かれた、って。そんな犬や猫じゃないんだから……。笑』


 私は苦笑しながら返信する。


 ただ、「月浦さん特有の、親しみやすい、とりわけ年上に好かれて可愛がられてそうなあの感じは、確かに癒し系大型犬っぽさはあるなぁ」とは、私も自然と考えてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る