第11話◇親友の恋は応援したいよね

 机の上の片付けは、三人でやると案外すぐに終わってしまった。

 各自のバッグや荷物をまとめて、もうこのままいつでも、会場をサッと出ていける状態だ。


 ただ、持ち主が現れずに取り残されている荷物が、まだそこに一つある。例の彼の、帆布のでかトートバッグだ。


「くっそ、あいつ戻って来ねぇ~」


 シンヤさんが少し困った顔で呟いた。

 コスプレの着替えが終わったら荷物を取りに来る、という算段だったらしいけれど、まだ彼が姿を現す様子がないのだ。


「俺、締切あるんだよな。ちょっとの時間も惜しい」


 チラリとスマホの時計表示に視線を流している、シンヤさん。

 ソワソワと落ち着かない。


「さっきネームしてた最後の三ページ分?確か明日の午前中までに入稿、って言ってましたよね?」


 かなめの指摘に、「だからイベント中もずっとネーム考えてたんだ」と私は納得する。


「そう、それよ。背景まで手が回らなくて真っ白になりそう」


 朝の時点で既に疲れているように見えたシンヤさんだったけれど、ますます疲労感がにじみ出た顔つきになっていた。

 それを耳にしたかなめの瞳が、キランと光る。

 なので、私はあえて黙って「おっ?」と二人に注目する。


「シンヤさん。もしかして、手伝いいります?」

「お、いける?」

「後日ご飯おごって下さるなら、いけますよ?明日は私、有給取ってるんで」

「マジか。じゃあ、速攻で家帰って残りのペン入れ終わらせて、夜には背景の手伝い開始できるように……」


 シンヤさんの方も、まるで救いの女神を見つけたような希望を得た瞳でかなめを見返している。


 そっか、有給……。

 かなめは最初から、シンヤさんの修羅場ぶりを悟った上で、明日の有休を取ったのかもしれない。

 これも広義のデート?ということになるんだろうか。


「つっても、あいつが戻ってこないと動けねぇな……。せめて先に荷物取りに来てくれたらまだ……」


 そちらの話はついたようだけど、結局話題はここに戻ってきてしまった。

 再び、チラ、とスマホを見て呟く、シンヤさん。

 あまり余裕はなさそうだ。


「……あの、私が留守番しましょうか?」


 時間のなさに、切実に焦っている……。

 それが分かってしまった私は、いつの間にか自然と、こう口走っていた。


「この荷物を取りに来られるまで、ここにいればいいんですよね?それくらいなら私にもできますし」


 私にはこの後、大した予定はない。

 打ち上げ的にかなめと二人で数時間、おしゃべりしてから解散するくらいだろうな、って考えていた。


「二人には先に会場を出てもらって。そしたら、かなめも早めにお手伝いに取り掛かれるじゃない?」

「マジで?けど……」

「い、いいの?さゆみ」


 二人揃って不安そうに見返してくる。

 けれども、私は語気を強めて応えて見せた。


「うん。大丈夫、たぶん。一応、挨拶はした相手なわけだし」


 ものすごくややこしい任務を課された、ってわけじゃあない。

 あの人とは、一応コスプレゾーンでも二度目の会話を交わしているわけだから、もう完全に他人というわけでもないと思う。


 AKARIさん基準では、友達認定されてるし。

 そのAKARIさんもきっと一緒にいるんだろうしね。


 それに、ここはかなめのシンヤさんへの恋を応援するターンだと思う。

 なるだけ長時間二人っきりにしてあげたい。


「よし、じゃあよろしく頼んだ!!あいつにはスマホの方に連絡入れとくから!!」

「了解です」

「ありがとうね、さゆみ!!」


 そう言い置いて荷物を手に出口に向かっていくシンヤさんとかなめの背中を、私は見送ることとなった。

 十歩くらい歩いてからちょっと振り向いて「頑張ってくるね!!」と言いたげにその右手を握って見せるかなめに、応援の気持ちで私も手を振り返す。


 何とかいい感じに二人が進展しますように……。

 全然意識されてない、っていうか、シンヤさん、今は全く時間も精神的な余裕もなくて、締切のことだけしか考えられないみたいだけどね!!


 とはいえ、明日の昼まで一緒に作業&後日の二人でのご飯は確約されているので、かなめとしては、たとえ「そういう甘酸っぱい展開」が何一つ起こらなかったとしても、十分ハッピーなのかもしれない……。

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