第9話◇ゆるふわお人形様、惚けた直後に鬼と化す

「すみません」


 お客さんがいないうちにと、シンヤさんとかなめと三人で在庫の一部を別のイベントに発送するための箱詰め作業をしていると、ポスターの壁の向こうから女の子の声が響いた。


 シンヤさんは宅配伝票に書き込んでいて、かなめは段ボールの横にしゃがんで在庫を数えている最中だったので、ちょうど手が空いた私が対応する。

 はい、と応えてその子の前に立った。


 パーマがかかった肩までの髪の毛がふわふわと柔らかそうな、可愛いらしい女の子がそこにいた。


 一瞬「こういう子がシンヤさんのちょっとえっちな青年漫画を買うの、珍しいな」と思ったけれど。


 彼女のその両目が実際に捉えていたポスターはイラストのものではなくて、空の写真の方だった。

 食い入るように紫から赤へのグラデーション部分を見つめている。

 それは、まるで一目惚れでもしたかのようだった。


「この、ポストカードセットを……」


 どこか夢見がちな声で、震える指先でポスターを指さす。

 それで、どうやらこの彼女のお目当てはシンヤさんの漫画ではなくて、例の彼のポストカードの方らしい、と分かった。


「一セット五百円ですので、五百円のお返しになりますね」


 私は千円札を一枚受け取って、おつりの五百円玉を革製のコイントレーに置く。

 そして置き場からポストカードの在庫を手に取り、彼女に差し出す……接客用の笑顔を作って。


 けれど、突然、彼女はじろりと私を見返した。

 強い怒りの表情としか言えない顔で。

 そのキュートそのものの惚れ顔と鬼のような怒り顔のあまりのギャップの大きさに、思わずポストカードを取り落としそうになる。


 少し乱暴な手つきで手早くおつりとポストカードを受け取ると、その子はパッと身をひるがえして去っていった。

 ありがとうございました、と口走る隙さえも、私には与えられなかった。


「え……。ねぇ、かなめ、今の私、失礼な売り子だった?」


 不安になってきて、私は背後のかなめに振り向いて訊いてみる。


「失礼?私はずっと手元と段ボール見てたから声しか聞こえてなかったけど、全然、そんなことなかったと思うよ……?」

「単に機嫌悪かったとかじゃね?むしろ俺が対応するより全然丁寧だし」


 かなめだけでなく、シンヤさんも首を傾げていた。

 二人揃って、特におかしい対応とは感じなかったようだ。


 ええー……だったら、何なんだろう?


 結局、その後しばらく三人で話したけれども、彼女を怒らせてしまった理由は分からず。

 シンヤさんも気にしなくていいと言ってくれたので、私はひとまずしっかり反省はして、頭の片隅に置いておくことにした。

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