第3話◇どうでもよくはない、私の親友

「んんー……。約束しちゃったなぁ……」


 うつ伏せになって枕に顔をうずめて、私はここ数日で一番の大きさのため息をついた。


 こういう時、色々と考えてくれたかなめには悪いなぁと思いつつも、毎度のように億劫になってしまう。


 私は多分、あんまり人にも物にも執着が持てないタイプなんだと思う。


 仕事での、上司や同僚や後輩との必要だと分かっているコミュニケーションは、それなりにしているし何とか回っている。

 けれど、友達や恋人のような、もう一段階親しさレベルが高まるやりとりとなると、途端に苦手意識が強まる。


 何か期待されても、その想いの分だけ確実に返せないかもと思ってしまう。


 だから友達と言えるのはかなめくらいだし、恋人も……昔はそれなりにいたけれど、あまり続かなかった。


 最後の彼氏だったトシカズくんの別れの台詞は「さゆみちゃんって、わりと俺のことどうでもいいって思ってない?軽視してる?」だ。


 そういうつもりはなかった。

 ただ……今一歩踏み込めなかったし、踏み込ませもしなかった。

 肉体的な意味だけでなく、メンタルの方でも。


 もっとお互いの気持ち、喜怒哀楽をぶつけあって、たまには喧嘩した方が良かったのかもしれない。

 でも、私にはできなかった。


「そういえばね。私、トシカズくんに振られちゃったよ」


 彼氏のトシカズくんと別れた次の日、かなめとファミリーレストランで会う約束をした。

 ちょうど就職活動中で、私たちはそれぞれ着慣れないスーツを着ていた。


 シャツの首元、一番上のボタンを外して楽になって、ミートソースのパスタにミニサラダとスープとドリンクバーのセットをつけて、足りずにデザートのケーキセットを頼んだところで、私はかなめにへらりと笑って伝えた。


「うん。何となく、そうなる気はしてた」


 彼女はなぜか、私よりもしょんぼりした表情でそう応えた。


 ココアのスポンジとチョコレートクリームのケーキを、フォークの先で弄ぶようにつついて食べながら、かなめは私の性格について「事なかれ主義っぽいのが、災いしたね」と踏み込んできて。


 ただ、とてもするりと自分でも納得したから、「そうかもしれないね」とただ答えた。


 私の口の中のベイクドチーズケーキは、本当にいつものこの店の味のままで。

「もし悲しかったり悔しかったり後悔して泣いていたなら、そのせいで違う味だったのかもしれない」なんて想像してみたりした。


 悲しさや喪失感はあって、でも私の中で何かが大きく動くようなことはなくて。

 きっと私にとって、トシカズくんはそういう人だった。

 それがトシカズくんの言っていた「どうでもいい」ってことなら……確かに軽視なのかもしれなかった。


 でも、そういうトシカズくんだって、私のことを軽視はしていなかったとしても、別にそこまで重視しているわけではなかったと思うし、お互い様だと思う。

 もしもっと早い段階で肉体関係が成立していれば、それはそれで、トシカズくんの中の私の重要性はどんどん軽くなっていた気もする。


 噛み合わなかったんだ、トシカズくんと私は。

 その話をした時のかなめも、本当はもっと、私と本気でぶつかり合いたかったのかもしれない。

 あえて怒らせようとして「事なかれ主義」と斬り込んだのかもしれない。


 きちんとそういう指摘をしてくれて、しかも私がそういう人間だと分かってもそのまま友達でいてくれる子だから、そういう友達の得難さをとっくに知っているから、私はかなめのことを誰より大事だと思う。


 私はふと、先日の、「noteを書いて」という提案をしてきた時のかなめを思い出していた。

 その必死さを。


 結局、私はかなめとの友情は継続したいと考えている。

 かなめのことは「どうでもいい」とは思っていない。

 そう証明していたい、たった一人の友達だから。


 今のところ、こういうふうに強い意思を持って私が何か動こうと考える相手は、かなめだけだ。


 彼女から寄せられている、そのずっしりとした重い期待に応えられるかは、まだ分からないけれど。

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