第一章「たぶん、人でなしだから私はnoteを書けないんだ」

第1話◇コーヒー、苦い

「せっかくnoteにアカウント作ってるんだからさ。さゆみも何か更新すればいいのに」


 かなめは少し拗ねたような口調で言って、黒いプラストローでアイスミルクティを掻き回す。

 グルグルと手を回すたびに、カラカラと氷の音が響き渡った。


「もったいないよ、さゆみも何か書きなよ」


 駅の中にある喫茶店。

 外の喧騒は遠くわずかに響いているけれど、店内は比較的静かだ。


 モードめなカッコいい服が似合う外見と冴えた口調とが相まって、彼女はそこにいるだけで「特別な人」特有の気配を生み出している。

 その凛とした感じが、とても素敵だ。

 この子は「表現する子」だ、それが本当に似合うな、とも感じる。


 私自身が何かを強く表現したいという欲求がないのとは逆で、かなめは出会った中学生のころからずっと「このパッションを表現せずにはいられない!」という子だ。


 写真を撮ったり、絵や小説を書いたり、それを発表するネット上やリアルのイベントにも参加したり。

 すごいバイタリティーだな、と思いながらも、私はいつも一歩引いて応援と手伝いばかりしていた。


 それらの活動を、かなめが同じ熱量で私と一緒にやりたがっていることは、何となく分かっていた。

 何度も誘われた。


 けれども、私がその誘いに乗ることはなかった。


 だって、そんなふうに「表現したいこと」なんて、私には何も思い付かないから。

 そういうことをやるのは、きっともっと「特別な人」のはずだから。


「うーん、でもさ。何にも思い付かないから。だったら、表現したいことなんて私の中にはないんだよ~」


 私はあえて笑い顔を作って答える。


 困ったな、って思いながら。

 次の展開をうっすら予測して。


「あるよ。何にもないなんて、ないよ」


 案の定、かなめの「拗ね」は「不機嫌」に片寄る。

 私が「ない」と口走った上にヘラヘラと笑ったのが気に触ったらしい。


「だって、さゆみが言うこともやることも、私は友だちとしてすごく心地いいもん。それは『何か人に影響をもたらすものがある』からでしょ?」


 かなめは私の中に「何かある」と思っているらしくて、けれども私自身は何も思い当たらなくて、期待と焦燥のようなものだけが毎度大波のごとく寄せられるのだった。


「私は友だちとして、さゆみが考えてることをもっと知りたいし、周囲にもいい子なんだって知って欲しいし、推したいんだよ」


 こんなふうに、かなめは本当に裏がないストレートな言い方をする。

 毎度こっちがドギマギしてしまう。

 その熱量に。


「それに、もし私みたいにやれないから、って考えたせいでさゆみが書けなくなってるんだったら、めちゃくちゃつらい」


 自分のせいかも、とかなめは重く感じているらしかった。


「私が今後も引き続き表現しないこと」をひどく恐れているような言い方でもあった。

 何でか。


 だって……現に本当に、私が「やりたい」と確固たる意志をもって思い付くことなんて、何もないのに。


「ねぇ、一度でいいからちゃんと表現してみてほしい。一生のお願い。noteの記事、書いてみてよ。何でもいいから」


 今にも声を上げて泣き出してしまうんじゃないか、という様子のかなめ。

 尋常ではない精神状態にも見えて、もはや私は頷くしかなくなる。


「……分かった、じゃあ書いてみるよ。何か」


 なだめるつもりで呟くと、涙がにじみかけていたかなめの瞳がキラキラと輝いた。


 その場しのぎ、厄介払い的な判断だというのに彼女は思いのほか嬉しそうにしていて、その「謎の期待」が、私には異様に重い。


 ああ、だからこそ、私は「表現」には手を出したくなかったんだろうな──。


 私は何となく、察し始めていた。


 口をつけたアイスコーヒーが、さっきまでは何とも感じなかったはずなのに妙に苦く思えて、これ以上入れるつもりはなかった砂糖とミルクを、さらに多めに足すことになってしまった。


 ……胃が重い。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る