赤き山脈と青き谷

ユー

序章  ─ 緑の森 ─

長きにわたった大戦で二つの王国が滅び、その傷の癒えぬ大陸、モークタント。


かつての大戦で山脈は血で赤く染まり、青き谷は残った命を育んだ。


その間に広がる緑の森は、命を不平等に育てた。


ゴブリン、オーク、オーガ……数多の魔物たちが闊歩する、


危険と隣り合わせの地。


それでも、青き谷の人々は手を取り合い、村々はつながり、命はあふれ始めていた。


人口は徐々に増え、限られた土地と資源では暮らしが立ち行かなくなりつつあった。


新たな耕作地や住まいを求める声は日に日に強まり、やがて人々の視線は森の奥へと向けられた。


ギルドは、探索と安全地帯の確保を冒険者たちに依頼した。


数多の冒険者が、希望と報酬を求めて森へと旅立った――


その中に、彼らがいた。


──しかし、彼らが歩むことになる“森の向こう”には、ただの未知だけではなかった。


かつてこの大陸には、ふたつの王国が存在していた。


一つは、闘神バルトアを崇める武の国、バイス王国。


もう一つは、太陽神ヴィーラスの加護を受け、秩序と信仰に生きた神聖国家ルドイス王国。


五十余年前、王子デヒラの野望により、バイス王国は軍事国家へと転じた。


彼が手にした“禁忌のペンダント”は、邪神アルナギの遺物――


それは願いと引き換えに、魂を縛り、神を断絶する“契約”の証だった。


そして開かれた、大戦。


赤き山脈は血に染まり、両国は滅び、信仰は失われた。


いま、残るのは瘴気と魔物、そして“かつての契約の残響”だけ。


生き残った民は青き谷へと逃れ、安寧を築こうとした。


“緑の森”は木々が密集した静謐な場所だった。


だが、その静けさの裏に何が潜むかは、誰にもわからない。


──最前列、茂みを分けて進むのはグラン。


オーガと人間の混血。


二本のグレートソードを肩にかけ、前方を睨む。


「ふん、雑魚の気配もねぇな。ちょっと退屈だ」


彼は少し退屈そうに吐息をついた。


「……そういえば腹減ってきたな」


軽くつぶやいたその言葉に、すぐ後ろのサリオンが鼻で笑う。


謎多きダークエルフ。 


「そんなの、さっきからずっとじゃない?」


ミラは苦笑いしながらも、ぽつりと漏らした。


「我慢も修行のうちだ。だが……腹の虫は修行の邪魔をする」


グラフは天を仰ぐように囁く。


「風の匂いが変わったわね。なんか、いやな感じする」


「またか……」


グランがため息をつく。


中間を慎重に歩くセト。


人間のハンター。


彼は木の根に足を取られ、前につんのめる。


「あはぁ……っと、ん、見えた…」


片膝をつきながら矢を一本抜き、無意識のように木々の間へと放つ。


矢は風を切り、葉陰に潜んでいた鳥型モンスターを貫いた。


「……命中した?」


「アンタ、転ぶくせに何で射止めるのよ。怖いわぁ」


サリオンが苦笑する。


鎧を軋ませて近づくグラフ。


バルトア神官。


メイスを握りしめながら、どこか達成感すら漂わせていた。


「……祈りは捧げた。だが、何も起こらなかった」


「いや、誰もケガしてないのに何祈ったのよ!?」


「……森の平穏と、鳥の冥福を」


「ちょっと待って、あの鳥、毒持ちだからね!? むしろ駆除対象!」


「……だが命には違いあるまい」


「真面目か!!」


サリオンが冷たく放つ。


最後尾を跳ねるように進むミラ。


グラスランナーの少女。


手にはスリング、腰には火炎瓶の小瓶。


「今の鳥、焼いたらうまいかな〜?」


「食べちゃだめ、毒持ちだって言ってるでしょ、お腹壊すだけじゃ済まないわよ」


サリオンがやれやれとポーズをとる。


「わかってるって〜!」


ミラは顔の前で手を上下に振る。


彼らは、まだ見ぬ“定住の地”を求めて、森の奥へと進んでいく。


それぞれが、それぞれの形で。 語りは、ここから始まる。

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