ひかりのない夜に、君を見た

𝑝𝑟𝑜𝑙𝑜𝑔𝑢𝑒 : わたしが壊れた日

わたしが壊れた日を、ちゃんと覚えている。

何か大きな事件があったわけじゃない。

ただ、目が覚めたら、もう泣けなくなっていただけだった。


誰かの手を取ろうとも思わなかったし、

助けてほしいとも感じなかった。

──というより、そんなことを考える余裕もなくなっていた。


朝、母が「早くしなさい」と言った。

それが怒っているのか、ただの言葉なのか、もう分からなかった。


昼、教室で友達が笑っていた。

その笑い声が、自分にはまるで遠くの雨音みたいに聞こえた。


夜、スマホの通知は鳴らなかった。

誰にも、必要とされていないことを確認する作業みたいで、

それすら、もうどうでもよかった。


その日から、わたしの中で何かが音もなく崩れていった。

壊れるって、もっと派手で苦しいものだと思ってた。

でも実際は、静かで、冷たくて、まるで誰かが電源を切るみたいだった。


そして気づけば、わたしはもう“いい子”でいることすらできなくなっていた。


どれだけ優しくされても信じられなくて、

どれだけ傷つけられても何も感じられなくなって、

誰かの「大丈夫?」が、一番怖くなった。


それでもあの日、わたしは見たのだ。

暗い夜の底で、ただひとつ、見えた。


────あの人の目。

まるで夜の中に灯った、小さな光のようだった。

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