よう、目が合ったな。妹の靴で飲む味噌汁はいいぞ。

手枕リーゲ

よう、目が合ったな。妹の靴で飲む味噌汁はいいぞ。

(前書き)

読者が主人公を気持ち悪いと感じるかが気になって書きました。

「こいつキモイな」と思ったら評価をお願いします。

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 俺の妹は可愛い。


 妹は身長百四十五センチの小柄な中学生だ。

 身長順に並んだ時、前から三分の一くらいの順番になった頃から毎日牛乳を飲んでいるんだ。可愛いだろ。


 髪型は細い黒髪ツインテール。

 ただでさえ可愛い髪型だが……頭を勢いよく振ると髪がムチのようにしなる。あれはとてもいい。当たった時のなんとも言えない痛みがまた素晴らしい。


 身だしなみも整えている。

 校則に引っかからない程度にメイクをして「どうよ、可愛いでしょ」と自信満々な顔で言うのは勿論、学校から帰ってきたら毎回制服にブラシをかけ、毛玉ができないようにしている。


 ……だが俺は知っている。靴下のくるぶしの下にできてる毛玉は放置している事を。位置が位置だしきっと気がついていないのだろう。ちょっと抜けているところもまた愛おしい。


 こうして一人語るだけで体が幸せに満たされる。妹というものはいいものだ

 こんな時は脳みそだけではなく内蔵も妹成分で満たすに限る。


 やり方は簡単だ。あらかじめ魔法瓶に入れてあった味噌汁を妹の靴――ローファーに流し込む。

 味噌汁の匂いと、妹の靴の臭いが合わさる。一般の人は嫌がるかも知れないが、俺にとってはたまらない匂いだ。

 そのまま口をつけ、一気飲み。……うむ。足の汗と味噌汁の塩分が重なり合いとても美味である。

 妹の靴で飲む味噌汁は、いつも俺に無限の力を与えてくれる優れもの。まさに聖杯。

 

 そんなこんなで靴底に染み込んだ味噌汁を舐め取っていると、視線を感じた。

 振り向くと、案の定妹が居た。美少女が顔を歪ませたところで可愛いだけである事を知らないらしい。


「死ねクソ兄貴」


 うん。今日も可愛いな!


 ***


 それから数十分後。俺は靴を洗っていた。この作業も慣れたものである。それこそ頭にできたたんこぶの存在をスルーできる程度には……あっいや、やっぱりちょっと痛い。頭揺らすとガンガンする。


 ブラシをかけ、中敷きも外し、靴が傷まないように丁寧に洗ってすすぎ、あとは乾燥させるだけとなった時点で俺は一息ついた。

 俺はお兄ちゃんだ。妹の靴で味噌汁を飲むような変態野郎であれど、そのまま靴を放置するようなゴミ人間ではない。


 想定していた労働を一通り終わらせたところで、俺は台所へ向かった。

 妹の機嫌が悪くなる事は想定してある。妹の好む味を完全再現したパンケーキでも用意してやろうじゃないか。


 なぁに。俺は妹の靴で味噌汁を飲むたび、この方法でご機嫌を取ってきた。

 きっと今回も上手くいくさ。


 ***


 それからしばらくして。


「――いらない」

「えっ? お前の好きなパンケーキだぞ!? 有名ホテルのレシピで作った、お前の大好きなバターたっぷりパンケーキだぞ!?」

「うるさい誰が人の靴で味噌汁飲むド変態が作ったパンケーキなんて食うか!」


 そんな言葉と共に、俺は妹の部屋から追い出されてしまった。できたてパンケーキと共に。

 俺の背後で扉が勢いよく閉まる。よっぽどご立腹らしい。


 だが、少し気になる。俺の事をド変態扱いするのはわかるが……。俺はこれまで何十回もこの方法で妹のご機嫌を取ってきた。なのに、なぜ今回に限ってこんな怒り心頭なのだろうか。

 妹は良く言えば切り替えが早い。悪く言えば俺に対して諦めの感情を抱いている奴だ。


 これは何かあったに違いない。

 調べなくては。


 ***


 その後、パンケーキを冷蔵庫に保管して、幼馴染経由で妹の情報を集めた俺。

 その結果、『妹は期末テストが近いからイライラしている可能性が高い』という結論に落ち着いた。

 妹は中学生。確かに期末テストの時期だ。……まぁ高校生の俺もそうなのだが。


 だが、テストなんて普段から予習と復習やって、わからなかった場所は『なぜわからなかったのかの理由』まで突き止める癖をつければ楽勝だと思うんだがなぁ……。

 ……あっいやこれは妹の前で言ってはいけないやつだ。前に言ってしばらく口をきいてもらえなかった悪夢が蘇る。確かあの時は「それができれば苦労なんざしないわ!」って怒られた記憶が……。そんな難しい事ではない気がするが……。


 妹の中間テストの結果は……あ、そうだ。半分くらい赤点取って補習を受けてたなあいつ。いっぱいパンケーキ焼いて慰めた記憶がある。


 なら俺が教えればいいじゃないか! テストの結果が常に学年一桁位であるこの俺が! 俺の復習にもなるし! 俺天才!

 思い立ったが吉日ってことわざもあるしな! いくぞ! もう一回! 妹の部屋へ!


 ***


 結論から述べると、俺は再び部屋を追い出された。ぬいぐるみと一緒に。


 確かに部屋に入る時、ノックも無しに勢いよく乗り込んだのは悪いが……入ったと同時に「出てけ!」って顔面にぬいぐるみ投げられるのは流石に酷くないか?


 このぬいぐるみも俺と熱烈キッスする為に生まれてきたわけではないだろうに……。あ、これ妹の小学校入学祝いの時に買ってあげたやつだ。確か名前はぴょん吉だったか……。大分古びているが、埃を被ってないし、修繕された跡もある。まだ大事にしているのか。可愛い奴め。キスしよ。


 俺はうさぎのぬいぐるみことぴょん吉を吸いながら部屋に帰った。鼻腔から肺にかけて妹の部屋の匂いで満たされる……も、あまり興奮できない。


 いつも通りにパンケーキを焼いても駄目、勉強を教えようとしても駄目……多分、俺が何をしようとしても駄目な気がする。

 時間が解決してくれる事を願うしかない。


 ……俺があいつの靴で味噌汁飲まなければこんな事にはならなかったのだろうか。


 気分転換として勉強机に向かうも、教科書の文字が頭に入らない。

 ぴょん吉の頭を撫でてみる。真っ黒い瞳が『そうだよバカタレ』と言っている気がした。

 まずいな、大分参ってる。さっきの味噌汁で妹分を吸収したから無敵のはずなのに……。


 やる気が出ず天を仰いでいると、ふと隣の部屋――妹の部屋だ――から声が聞こえた。

 また乗り込んだら怒鳴られるだろう。壁に耳をつけ全神経を集中させるも、よく聞こえない。……だが、独り言っぽい雰囲気ではないのはわかる。通話中か?

 

 音を殺して妹の部屋前までやってきた俺は扉に耳をくっつけた。ここならさっきよりはよく聞こえる。

 どうやら妹は通話しているらしい。相手は……よく知ってる声。幼馴染だな。それで、スマホをスピーカーモードにしているなこれ。勉強通話中か。


《えっそんなに勉強してるの!? 休みな!? 倒れるよ!?》

「でも! 私、あいつの妹なんだよ! 兄はとっても頭いいのに妹は……って馬鹿にされるのもう嫌!」

《気にしなくていいと思うけどなぁ……。素直に兄貴に勉強教えてもらいな? ボクに聞くよりそっちの方が絶対効率いいよ》

「やだよ! こっそりいい成績取って驚かせてやるんだから! あいつ、ド変態だけどそれ以外はいいお兄ちゃんなの。私はあいつに見合う妹になりたいの!」


 ……なんだよ、そんな事かよ。

 そんな奴、お兄ちゃんが全員ぶっ飛ばしてやるのによぉ……。体育の成績2しか取ったことないけど。

 そういえば妹の部屋に入った時、珍しくドリルや参考書がいくつも開かれてたな。アレを見られたくなかったのか。ははーん、可愛い奴め。


 気がつくと俺の胸にあった無力感は無くなっていた。

 本来ならこのまま部屋に乗り込んで盛大なハグとキッスの一つや二つかましてやりたい気分だが……。まぁ、やったら往復ビンタでは済まないだろう。あれはあれで悪くないが。

 俺は扉から耳を離すと、ほっと一息をついた。


 ***


 数時間後。リビングにて。

 若干固まったパンケーキを食べていると、妹がやってきた。そして俺と目があった瞬間……気まずそうな表情になる。


「ぉう」

「食べながら喋るな」


 確かに大分行儀悪い。俺はそのまま咀嚼して飲み込み、再び声をかけ――るよりも前に、妹が口を開いた。


「……あ、あの。お兄ちゃん。今日は……ごめん」

「いいって事よ。……ああ、後でぴょん吉返すわ。お前のところに帰りたがってたぞ」

「嘘だぁ。……でも、ありがと」


 心做しか、妹の声が柔らかくなった気がする。

 このまま『勉強頑張れよ』と応援してやりたいが……きっと逆効果だ。

 その代わり、俺は冷蔵庫の方を指さす。


「パンケーキのタネ、また作ってあるぞ。焼いてやろうか?」

「いや、後でいいよ。今食べたら夕ご飯入らなくなるでしょ」

「それもそうか」

「ああでも、これ一枚頂戴」


 その言葉と共に、俺の皿にあったパンケーキ――まだ口つけてないやつ――が一枚取られ、妹の口に入る。

 せめて手づかみじゃなくてフォーク使えよ。まぁそんなところも可愛いが。


「焼き立てじゃないぞ」

「知ってるよ。……うん。お兄ちゃんのパンケーキは美味しいね」

「そうだろうそうだろう。ありとあらゆるシェフとパティシエが泡吹いて倒れる腕前になるまでもうちょいよ」

「やめてよシェフとパティシエの人可愛そうでしょ」


 そう言いつつ、妹はパンケーキをもう一口頬張る。焼き立てを差し出した時程ではないが、緩んだ表情だ。可愛い。

 ぼんやり眺めていると、妹が、ふ、と笑った。そのまま誇った顔で再び口を開く。


「……シェフもパティシエも倒れさせるわけにはいかないからさ、私の為だけに美味しいの作ってよ。これからも」

「勿論。可愛い妹からの頼みなら」


 そう断言したと共に、微笑まれる。


 こいつの笑顔は俺の燃料だ。

 朝の目覚ましより、昼飯より、テストの順位より大事なやつ。小さくて怒りっぽくて我儘で、反省のできる可愛い女王。


 そんな存在、他にいない。

 だから俺はこれからも全力で守るし、全力で甘やかす。多少変態扱いされようが、関係ない。


「――だから、これからもお前の靴で味噌汁キメるからな」

「何がだからだやめろキモイ死ねクソ兄貴」


 刹那。

 先ほどまでの女王のような凛々しくも優しい微笑みはどこへやら。妹の目つきは完全にゴミを見るようなものになってしまった。

 この嫌悪丸出しの目で見られるとぞくぞくする。たまらない。

 やはり罵倒されるなら妹からに限るな。俺だけに見せるこのギャップがたまらん!


 あー!! 俺の妹今日も可愛いー!!

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