Hungry Spider ―蜘蛛になれなかった男―

燈の遠音(あかりのとおね)

プロローグ ――干からびた蜘蛛

道端の隅、コンクリートの割れ目に、

小さな黒い影が落ちていた。


何の気なしに視線を落とした俺は、足を止めた。

干からびた蜘蛛の死骸だった。


脚は丸まり、体はひしゃげて、

張るべき巣も、獲物も、何ひとつ残されていない。

ただ、風にさらされて乾いていくだけの、

ちっぽけな骸。


――誰にも気づかれずに、

――何も捕まえられずに、

――静かに死んだ。

それが、なんだか、

少しだけ、うらやましかった。


永遠になんて、本当はなれっこない。

だけど、“一度だけ”を誰より大事に思えたら――

それってもう、俺にとっては十分だったんだと思う。


……ま、俺だしな。

干からびるなんて、似合わねぇよな。


蜘蛛の死骸に背を向けて、

また、誰もいない夜の街を歩き出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る