パッシヴアタック!自称神様が楽園を守るための追放を悔やんで嘘吐き元少年に託したもの
空堀 恒久
第1話’’
さっきまで、形を持っていたマルノー教授の場所にあるその泥がなんだったのか、泥の中に溶け込んだ白い一枚布の胸元の名札を見て理解した。
「おぉぇえええ!」
さっき食べたはずの袋詰のカルボナーラの一欠片も自分の吐瀉物には存在しない。胃液しか出てこない。この異常さを理解して、目を移した端末がブルースクリーンを吐き出しているこが気づく。気付いたら色がうるさく感じるほどのどのモニターも黒か青の二色で機能していない。
息の長い轟音で、まるで船の中のようにしかし小刻みに長く足元も震える。
「爆撃!? ここが地下何キロだと思ってる。戦術ミサイルで抹消する事態ってことか」
越界獣の被害を考えれば、僕がここで味方の水爆で死ぬのも仕方のないことだ。だが、生憎目の見える範囲に人を泥に変えた越界獣の姿は見えない。見えないタイプの異世界怪獣だってことはわかりきっているけど、せめて、死ぬ瞬間までできることをして死にたい。
せめて、死んでいった職員たちのためにバックアップだけでもセーフゾーンに持ち出して放り込めれば、後でここをサルベージした時に発掘できる確率を少しでも上げたい。
「僕の権限でアクセスできるバックアップは第三が最新か」
予備電源でかろうじて動いている薄暗いランプが一瞬切れて、また灯る。
「階段を降りきるのとここが倒壊するの、どっちが先になるかな」
「やった、これをこの中に」
「なんだ? この音は、え?」
バックアップモジュールの黒かったはずのモニターに青い画面が灯って白文字で数字が次々と表示されていく。なにもかも文字化けしているせいで何を表示するでもなく数字の羅列が並んでは点滅して次の数字を表する。
「なにが」
媒体を鞄に入れて手動の物理的に頑丈なロックを締めるために鞄を脚で抑えてねじる
◆
私達の愛しき子、
愛しきシャノンの子、
テレガートン・リヴリエールよ。
今日、君が見た惨劇により人類は滅んだ。
人が消え、解き放たれたケルビムたちは、地球を燃え盛る光の柱で焼き尽くし、不毛と根絶で死の星に変えた。
この惨劇を今一度、無かったことにする。
並行時空を渡り、時間や空間の広がりもその目の中に自在に行き来する越界獣たちの力の一端を使った。
副作用もある。代償も制御できていない。
君が見た人の滅びを回避するには全部で10体の時間を渡るほどの力をもつ越界獣から、特異点と仮称している二人を守れ。
導け、
君にだけはそれが可能だ。
君が断るのなら話は簡単だ。
君にしかチャンスを用意できなかったからだ。
十の厄災から二人を守れば10億年後まで人類の存続は約束される。
二人は、君も知っている友人、阿久利 利沙と岬 紫鉄だ。世界のために友人を守れ。
二人を守りきれている限り、異世界からの来訪者は時を渡れない。越界獣は特異点に縫い付けられる。
力が欲しければフレヴィアの罪悪感をつつけ、
そして、自分の力ではどうしようもない事態が起きてそれを解決したいとき、一度だけ、三木 縁を頼れ。
「最後になるが、その……私は、君たちを愛している」
’’
目が覚めて、全身の平衡感覚がぐちゃぐちゃにかき回されてひどい乗り物に酔ってしまったかのようだ。
「目を覚まされたか? 起きたようです! 先生ー」
◆
目が冷めてテレガートンが感じたのは、全身の平衡感覚がグラグラとかき回されて、ひどい乗り物に酔ってしまったかのような不安定な五感と全身の末梢から送られる柔らかでざらついた不快感だった。
「ここは?」
「目を覚まされたか? 起きたようです! 先生ー」
体を起こしてしばらくほうけていると、看護師が声をかけベッドサイドのコンソールを操作して医者を呼びだす。
「うぅ、おぇ」
看護師が素早くだした袋に吐き出した吐瀉物にまだ消化しきっていない固形物が残っていることに、嬉して涙が出そうになる。正常なのだ。と、
看護師はその涙を見て背中をさすってくれた。あぁ、あんなのは悪い夢だったのだろう。と、余計に涙がこぼれそうだ。
こんな短時間で指が痩せてしまったのだろうか? もともと少し細かった指はよりいつもよりも折れそうなほど細くなっていることに彼は驚愕する。よく見ると爪を丁寧にケアされている。そのことに気づいたテレガートンは自分が何ヶ月も眠っていた可能性に思い至る。
髪も伸びた。あの時の影響で僕の身体もどうにかなってしまったのだろうか、いつもよりも痩せているようなのにどこか腫れっぽくて全身くすぐったくてふわふわする。筋肉量も落ちてそうだ。
部屋内の洗面台に備え付けられた鏡を見つけて確認するより先にナースが呼んだばかりですぐに医者とは別の、この場にふさわしいか疑問に思う程度に随分と偉い人が現れたものだ。
直ぐそばに控えていたのか? そう思ったテレガートンはどの病院に入院させれているか考察する。
フレヴィア・パルヴィスクーリ、彼女とはテレガートンにとって直接会ったことは始めてだが、父の同僚のような相手かつ、開発部の監査員として通話会議は何度かした仲だ。
ベッドを降りて対応しようとすると手のひらをむけられて止めるように制される。
「まだ、動くな動かないほうがいい。身体が大きく変化して、今どういう状況なのかこっちも正しく把握できていないんだ」
「えっと、おひさしぶりです」
喉がやせ細ったのか、裏返ったのか、ずいぶん甲高い声が自分の喉から発して彼は困惑する。
「……その身体にしたのは緊急処置で、症状を抑えるのにそれしか用意できなかった。……私の責任だ。すまない、面倒はみる」
フレヴィアの背面に控えていたスーツ姿の女が端末を両手で抱え、モニターとカメラをテレガートンへ向けて言い放つ。
「アレクシウス様とテレビ通話がつながっています」
「え、既に!?」
『目が覚めたか……』
「はい、お父さん、ご心配かけて申し訳ありません」
『まずは確認する。お前は本当にテレガートンなのか?』
「……どういう意味?」
『そうか』
「…………」
彼には意図が本当にわからなかった。
『命令だ。しばらく隠れて暮らせ。シャノンには絶対にその姿を見せるな』
「はい。了解しました。え? なんでですか?」
『お前のその姿を見たら、シャノンは不安定になる。発狂して、正気でいられなくなるだろう。すまない、理由は、あぁ、気にするな』
気にするなと雑な言い方で説明を放棄した父に不満を感じるが、まだ抑える。
「え? 今の僕ってどういう状態で、いったいどれくらい寝て……!」
『半日寝た程度だ……、それで、フェイズ5覚醒による暴走症状を起こして、研究情報統合センターのシステムを一時的にダウンさせた』
「……! ……夢じゃ、なかった……の?」
フェイズ5覚醒。いわゆる異能力が能力者が暴走して能力者の制御を離れる状態である。現在は予防策があるから滅多に被害を出さないが、稀に通常とは違う成長の仕方をする能力者がほかのフェイズをすっ飛ばして暴走状態から能力を開花させるようなことがあるから、完全に0にはできない天災のようなもの。
『だが、安心してくれ。フレヴィアがすぐに駆けつけてくれたおかげで予期しないフェイズ5災害としては奇跡的に死者は0名で済んだ。けが人は多いが、後に引くような重症者はいない。まぁ、最大のダメージは2日分の研究データがふっとんでしまったことだが』
「死者、ゼロ? そんなはずはありません! 人がドロみたいに変化して死んで……あれ?」
『……?』
「あー、それについては……私の処置のせいで肉体に急激すぎる変化が精神に悪影響が予想されます。脳に物理的な変化が加わらないように注意はしましたが、生理的な変化で肉体全体の血液量も変わってますし、どんな状態でも」
『そうか、その安静にするようにさせてくれ』
「意識を取り戻す前に実際にうなされていたようなので、はい。もうしわけありませんでした」
『生きているだけお前はよくやったよ。それで、すまないテレガートン。命令は後で端末にメール形式で送るが、今は休んでいてくれでは、少し、外す、また』
自分の手が胸にふれる。その膨らみが腫れでなくその性差を示すものであることを予期して、頭が痛くなる。
テレビ通話のモニターが離席を示す表示に切り替わる。
「あの、僕って今、容姿が……いや、この手、のこの、胸のこれって」
彼になんとなく理解されたことを、フレヴィアも理解する。
「鏡だ……」
言って彼女がスーツの女から受け取って片手で抱えるように持った手鏡には、夢で会った女と同じ形の女が間抜けた顔で驚いていた。
「え……?」
彼の片手が頬に触れるのと同じ速さで彼の目に映る鏡の女は手を頬に据える。
夢で見た女とな同じ顔だ。違いがあるとすれば、髪の色。
元々の髪暗い麻色をした彼の髪の色を引き継いでいて、似ているのはそっくりそのまま形だけの全てで彼の夢で見た神を自称した女とは色が違うというだけしか違わない長髪の美人がそこにいた。
「んん? え、僕なの! この女の子」
「あの時、私にできる処置が体の遺伝子情報と実態を書き換えて能力を無効化するくらいしか、なかったんだ。すの、すま」
「すっごい美人!」
「他に言うことがあるだろう!?」
「え、でもきれいだし……」
緊張がほどけて吹き出したような息を吐いてフレヴィアの口元が緩む。
「ナルシストになるから注意しておけ」
◆
「わざわざ暇を作ってもらって申し訳ありませんね」
「安心しろ、この面会だからそういう気を使う必要はない」
「父さんは僕との面会も仕事なんですね……」
「……治療中だからな」
父と呼んだ相手の態度にテレガートンは、いままで沸き立つことのなかった情念で頭がふらふらしてくる。
「だとしても」
「なんです」
「ずいぶんかわいく変身したじゃないか」
「どういう意味です?」
言ってほしくなかった。自分が女になったことを気にしていないことを前提で話してほしかった。故に、彼は問題が直面してこない限り、自分の肉体が男子から女子に変化したことすら見た目の良さに話をそらす。
「それよりも」
「なんです」
「上司と面談中くらい端末を置いたらどうだ?」
「急いで済ませたい作業があるので」
業務的なのは作業する手を止めないテレガートンも同じだ。それが、お互いに不快になる。
「目を覚ましてすぐ仕事か、色気のない」
「死にかけた娘に言うことですかい?」
「娘って……とにかく、少し休め。死にかけた者にまで今はまだ働かせるような状況じゃない」
「子供を働かせないと回らないような社会構造でよく言えますね」
「それは、いずれ解決しないとならない課題だが……まだ、人類全体の人口が、な」
「休みのついでに学校に通わせてくださいよ」
「いいぞ。アテはあるのか?」
即答。この返答は完全に予想外だった。学校に通ってよかったのか、
「……まだ。それと調べたいことがあるんですが、いいですか?」
ナースとスーツの人に目線を送ると気を効かせて一緒に部屋をでてくれる。
「どうぞ、続けて」
「パミラ・ハイドノールについて気になることがあって、その調査を」
「パミラ、誰のことだ?」
「13年前に死亡したことになっているラファエル・ハイドノールの娘さんです」
「あぁ、あいつの……娘がいたのか?」
「えぇ」
「なんで今さらそんなことを『ことになっている』なんてまるで生きてるとでも言いたいようだが、何か発見があったか」
「今、起きてから調べた範囲ではこちらを……」
電子メールで父へ調査結果の資料を送る。
「調べる程か? 抜けがあるな肝心な照合データは……」
「僕のIDでは何故か許可が降りてないので、遺伝子情報へのアクセスはできませんからね」
「ふむ……そうだったな」
資料を読み終わり、アレクシウスは頭を抱える。
「これ何度も彼女の身元引受人代表に指定されているフレヴィアさんは知っているんじゃないんですか?」
「というより、主犯だろうな。資料を見ると何か、意図があるのかもしれないが今はシャッティの下で生活してるとのことのようだが」
アレクシウスがため息を吐く。
「なるほど、だいたいわかった。テレガートン、とにかくお前は今、仕事をしなくていい」
女は黙ってタイピングして作業を再開する。
「暴走した直後なんだからまだ休んでいろ」
「あと……」
父の元へ先程の資料よりも、秘匿性の高い職務用端末を通じたメールを送る。
「……他の調べたい人物も旧東京湾上都市の統合異能研究所の学校に、このリストを確認して下さい」
「ふむ……なんで確認したいんだ?」
「それは……それを、確認したいんです」
「いや、やっぱり言わなくていい。この4人? いや、5人か、名前だけ? ……ふむ……。1人はよく分からないがあとの3人が並ぶってことはなんとなく分かる。だが、うーん。なにかさせたいのか?」
「リストの人物に対する保護を用意できますか?」
「必要かな? ……本当はこいつらが守る側なんだがな。うーん、といってもコイツらの能力はともかくコイツら自身が別に……何かしたって履歴がある訳じゃないようだしなぁ……監視と連絡という名目なら……そうだ!」
アレクシウスは権力者とは思えない軽率さで思いついて適当なことを言う。
「この日本国の都市には、あそこにはシャッティが拘束されてる施設があったな……悪くない、調査のついでにあそこの、この学園に留学すればいいんじゃないか」
「なんですかそれ?」
「そこに留学すればいいだろう?」
「留学? 仕事ができないでしょう、僕はお払い箱ってことですか?」
「留学に関してはお前が言いだしたんだろ」
「そんなことを言ったつもりはありません」
「そうだったか? 場所が日本なら、あぁ、お母さんを誘って移り住んだらどうだ? アイツも日本にはそれなりに因縁があってな」
「本気で言っているんですか?」
「んーまぁ、たぶん、シャノンは乗ってくれないだろうけど」
テレガートンはどうしてか不安だった。自分が女になったら父にとって自分を手元に置く理由が一つ減って、離す理由が一つ増えるんじゃないかって、
「父さんは……もう、僕が要らないんですか?」
「……もし、本格的に日本に移り住む気があるなら」
無視。
「父さん、これは確認だ……」
「なんだ?」
「僕は本当に母さんの子供じゃないんじゃいか? もしかして、……父さんの…………」
「なにを言いだしている?」
「父さんの不倫相手との子供なんじゃないか!?」
「はぁ」
「うっ!」
呆れられた。わずかに帯びる怒気に女になった顔でひどく怯えて身を屈める。
「そんなビビるなら……いや、いい。なんでそうなるのか? あぁ、そうか、うん。まぁ、そう思うんならそうでいいんじゃないか?」
「否定しないのか……!?」
「あぁ、うん。仕方が無いだろ。何を言っても、頭が冷えてもまたそんなヘンテコなことを言い出すなら聞いてやるよ。だから、まぁ、今は休め」
「否定しろよ!」
「…………しない」
「なんだよそれ! 認めるのか!?」
「いや? 認めない。息子が女の子になって肉体的、精神的に不安定になっているから心配しているだけだ」
馬鹿にされている。だからテレガートンは癇癪を興して、マウスを投げようとして思いとどまり、背中側の枕を投げたが狙ったモニターから外れてどこにも当たらず床に落ちた。
「僕は……っ、クソっ、クソが!!」
「酷い顔するな、せっかく美女になったのにそれじゃあ台無しだ」
「この顔、誰かに似てないか?」
「ぁっ! んん!? …………いや、他人のそら似だろう」
「誰なんだ。あの人は教えてよ」
「……それは無理だ」
「無理!? 都合が悪いのか」
「あぁ、説明できない」
「俺の権限でも軽々しく説明できるやつじゃない」
「はぁ? 管理機構で一番えらいはずだろう!」
「一番偉くても一人で決めちゃいけないことって、あるだろう?」
「適当なことを言っていないか?」
「………………どうだろうな」
◆
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