脳筋パパはセカンドキャリアで無双する〜変態トレーニングで世界が震撼することを彼はまだ知らない〜
シマリス
第1話 プロローグ
「ちょっと相談したいことがあるんだけど」
リビングのソファでMr.イエローバナナのライブ動画に夢中の妻に声をかける。
「いまじゃなきゃだめなの? いいとこなのに」
画面を見つめたまま面倒くさそうな表情を浮かべる美沙子とはもう二十年以上の付き合いだ。
俺の名は井崎亮司、四十五歳。
都内近郊に妻と娘と三人で暮らす、ごく普通の社畜リーマン。
所謂できちゃった結婚というやつではあるが、若くして子宝に恵まれ安月給なりにも二人三脚でなんとかここまでやってきた。
「すまん。まぁ、前から言ってた話なんだけどね。そろそろ本気で探索者になろうと思って」
十年ほど前、各地で未曾有の大地震が三日三晩続き世界は大混乱に陥った。
地震が収まると同時に至る所でポータルと呼ばれる地下空間への入口が出現。
内部はいくつもの階層に分かれ、未知の生物や未知の資源の存在が確認された。
当初は侵入が禁止され国や自衛隊による調査が行われたものの、無数のポータルは一つの広大な空間に繋がっていて、第一階層は安全が確認されたため、早々に民間人の立ち入りが許可された。
しかし、第二階層から下は国に認められた『探索者』のみしか侵入を許されておらず、一定の基準を満たした探索者資格を持つ者のみ立ち入ることができる。
ゲームの世界が現実になった。
当時の衝撃は今でも鮮明に覚えている。
「またその話? いつもそんなこと言って結局やらないじゃない」
「今回ばかりは本気だ。杏奈も大学に入学して手が離れてきたろ? 子育ても家事もだいぶ余裕が出てきたと思うし」
「昔に比べればね。でも、会社はどうするの? 副業は禁止だったはずでしょ?」
「そうだな。会社は辞めるしかない」
「辞める! 手が離れたって言ってもまだ大学の学費はあるし、住宅ローンだって残ってるのよ? アラフィフのおっさんが探索者なんかになって本当にこの先、生活していけるのかしら?」
アラフィフは言いすぎだろ。
まだ四十五だし。
ただ、彼女の言い分はもっともだ。
探索者は完全実力主義の世界。収入は不安定。
そして、他の職種に比べ殉職率も非常に高い。
それに見合うだけのメリットがなければ続けられない職業なのだ。
ポータルに入ると人は誰しも超常の力を得る。
怪力を得る者、身体から火や水を噴き出す者、傷を一瞬で治したり宙に浮く者。
その力はいつしか『魔力』と呼ばれ、ポータル内部を『ダンジョン』と呼ぶようになった。
魔力は個人差が大きく、すぐに思い描いた通りの現象を起こせる者もいれば、いくらやっても上達しない者もいる。
十年経った今でも詳細は未だ解明されていない。
「自分なりに準備はしてきたつもりだ。金銭面もすでにシミュレーションしてある。ダンジョンもだいぶ一般的になってきたし、なるべくリスクは負わず堅実な行動を心がけていれば、それほど危ない世界ではないはずだよ」
「そうかしら? 一度言い出したら聞かない人だから止めても無駄なのは分かってるわ。とうとうきたかって感じだけど、好きにしたら。夢だったんでしょ?」
「ありがとう。お前や杏奈に迷惑がかかるようなことは絶対しないと約束するよ」
美沙子の言う通り俺はこの日を長い間、夢見てきた。
ポータルが発生した十年前。
仕事と家族サービスに追われ忙しい毎日の中、思いがけずできた幾ばくかの休日。
『緊急地震速報、緊急地震速報、神奈川県南部で強い揺れを観測。近隣住民の皆様は速やかに避難してください』
『緊急地震速報、緊急地震速報、千葉県沖を震源とするマグニチュード9.5の強い揺れを観測。予想される津波の高さは40メートルです』
鳴り止まぬ地震警報。
震度6〜7程度の地震が一週間にわたり数百回発生し、交通機関は完全に麻痺。
会社は自宅もしくは避難所での待機指示が出され、学校は臨時休校となった。
そして、地震が収まってきた頃に報道されたニュース映像により俺の生活は一変する。
テレビ画面に映し出された不気味に輝く光の渦。あれがおそらく初めて報道されたポータル映像。
あまりの異様さに鳥肌がたった。
「あ! 杏奈〜。パパ会社辞めて探索者になるんだって〜」
美沙子が風呂上がりに冷蔵庫を漁りにやって来た一人娘に声をかける。
「え! うそ! ホント? いいじゃん!面白そう!」
杏奈が指先でアイスの袋をつまみながら、語彙力低めに驚く。
「あんたね〜。思ってるほど簡単じゃないのよ! 今から探索者だなんて。若くて体力のある人達がずいぶん前からすごい増えてるっていうじゃない」
「大学の先輩にもやってる人いるよ。サークルもあるし。探索者になった人はまだ少ないけど、高校までは親に止められてたから、とりあえずポータルデビューするって子は多いね。私も今度行こうかな〜」
一般解放された後もしばらくは様子見を決め込む人達が大半で、自らポータルに侵入しようとする者は少数だった。
変化が出てきたのは五年ほど前。
ダンチューバーを名乗り、自分の探索状況を動画配信する者が現れたのだ。
現在でも一線で活躍し、登録者数は一億人を突破。世界中に名前が知られる超有名人になっている。
「ポータルに入ってすぐの第一階層は安全が確保されているからな。魔物や危険なものもないし、最近はちょっとした街みたいになってきてるぞ。そういえば連れて行ってやったことなかったな。今度三人で行くか?」
「いえ、結構です」
「私も友達と行くからいい」
「そ、そうか」
とりあえず家族報告は完了した。
早速、明日からは行動開始だ。
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