第6話 勇者ランセル

 

「どうなってんだよおい!!

 なんで魔族がまったくいないんだ!?

 ここは本当に魔国領なのか?」


 勇者ランセルの目の前で仲間のルーカスが石ころを蹴り飛ばしながら悪態をつく。

 ルーカスと同じくランセルも魔国領の異様な光景に戸惑っていた。

 大剣使いであるルーカスと癒しの魔法を扱う聖女ハクア。

 帝国の誇る強者たちと魔国領に侵入してからすでに一週間が経つ。

 だが、敵対する魔族の姿が一向に見当たらないのだ。


 100年余り魔国領を支配していた大魔王サタンの軍勢は万を超えると聞いていただけに、未だに魔族の姿さえ視認できないのは明らかにおかしい。

 魔国領にそびえ立つ5つ目の塔に向かいながらランセルは顎に手を添え考えを巡らせる。


 仮に罠だとすれば最後の塔に魔王軍を集結させている可能性が高い。

 魔国領は魔王城を中心に5つの塔が五綾星を描くよう建造されている。

 この5つの塔それぞれに信頼のおける魔族の部下を配置し、領内を統治しているからだ。

 当初の計画では魔王軍の戦力を削るため、塔のひとつひとつを制圧していくつもりだった。


 だが最初の塔にも次の塔にも魔族の姿はなかった。

 さらに不審なことにどの塔にも激しい戦闘の痕跡が見られるのだ。

 領内の建物は至るところが損壊し、枯れた大地には魔族の血と思われる血痕が残っていた。

 魔族同士の抗争も視野に入れたが、死体がひとつも見当たらない点が気になる。

 

 これだけの規模の戦闘だ。

 死体が残っていないのは明らかにおかしい。

 であれば、考えられる筋書きはひとつ。

 こちらを油断させるために魔族内での抗争を演出し、最後の塔で勇者一向を待ち伏せている線だ。

 魔族もバカではない。

 勇者が来ることを事前に察知し、こちらを欺くために姑息な手を打っていたのだろう。


 ランセルが魔族の狙いを推察しながら進んでいくと、5つ目の塔が薄っすら見えてきた。

 他の塔と同じく円筒形状の石造りの塔だ。

 塔の周囲には魔族の集落があり、さらに集落を取り囲むよう木製の柵が設置されている。

 柵を乗り越え集落内に侵入すると、腰に備えた聖剣の柄に手を添え、いつでも魔族を迎撃できる体勢をとる。

 だが、他の集落と同じくここにも魔族の姿はなかった。


「おかしいわ。

 全ての塔の集落で魔族がいないなんて。

 疫病でも蔓延ったのかしら?

 死体は二次感染を防ぐために燃やしたとか……」


 手に聖女のロッドを握ったハクアが眉をひそめランセルの隣で呟いた。


「疫病であれば建物が損壊している説明がつきません。

 おそらく大規模な戦闘があったはずです。

 魔族を喰らう魔物に襲われた可能性の方が高いでしょう」


 損壊した家屋をじっと見据え、ランセルは自身の考えを述べた。

 魔国領内には人語を話す魔族と人語を話せない魔物が存在する。

 魔族内の抗争でなければ凶悪な魔物に襲撃されたと考えるのが自然だが、どうにも腑に落ちない。

 あの魔王サタンの軍勢が魔物に駆逐されるとは思えないからだ。

 魔族の狙いが分からず困惑していると、ルーカスが大きな欠伸をする。


「どーでもいいけどよ〜

 こうも魔族との実戦がねぇと腕が鈍っちまうぜ。

 魔族が減ってるならこっちも好都合だし、早いとこ魔王城とやらに行かねーか?」


「……そうですね。

 これ以上考えても仕方なさそうです」


 ランセルが聖剣の柄から手を離し、魔王城に向けて歩を進めようとしたその時。

 突如、ハクアに脇腹を肘で小突かれた。

 眉をひそめ視線を向けると、ハクアが顔を強張らせ家屋の隅をじっと指差している。


「あそこ……魔族が隠れてるわ。

 どうする? こっちから仕掛ける?」


「無論、こちらから先制します。

 ですが魔国領で起きている問題を聞き出せるチャンスかもしれません。

 ひとまず殺さずに拘束しましょう」


 ランセルが鞘から聖剣を抜くと、ハクアがコクリと頷く。

 ルーカスも身の丈ほどある大剣を構え、いつでも応戦できる体勢をとっていた。


「汝、姿を曝け出せ! リビル!!」


 ハクアが呪文を唱えロッドを家屋の隅に向けると身体を透過させていた魔族が姿を現す。

 血のように赤い眼に前頭部から伸びる2本の短角。

 背中から禍々しい翼の生えた下級魔族のガーゴイルだ。

 家屋の隅で身を隠すよう小さくうずくまっている。

 こちらに気付いたガーゴイルはヒッと短い悲鳴をあげると、血の気の失った顔をブルブルと震わせはじめた。

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