動き出す闇

早朝




窓から差し込む日の光でアナは目を覚ます。




前日の歓迎パーティーのあと、エリザベスとアマンダに連れられ女子部屋へと案内されたアナは、日中の試験や遊び疲れもあってその足で眠りについてしまった。




目を覚ますとすでに二人の姿はなく、すでに目覚めているようだ。時計を見ると午前5時30分を指していた。


おきたてのぼんやりとした眼をごしごしとこする。改めて部屋を見回すと、そこそこ広い部屋に大きめの3人掛けのソファやガラスで出来たテーブル、中くらいのテレビなど一般的なシェアハウスのような内装をしているが、壁際にある自分のを除いた3つのベットは各々の趣味が反映されている。しかし、昨日先に寝てしまったため、どれが誰のベットなのかはわからずにいた。




アナはそのまま軽く伸びをした後、ぼんやりとながら部屋を出ると、昨日食事をとった座敷に腰掛け、テレビを見ながら飲み物をすすっているビルとラフな服装をしたエリザベスがいた。




「おはよ、ビル、エリザベス」




「お、おはようさんアナ」




「おはようアナちゃん、ずいぶんと早起きね」




「なんだか目が覚めちゃって…」




「何か飲む?」




「うん、おねがい」




「俺もコーヒーお替り頼めるか?」




「はいはい、わかったわ」




そう言ってエリザベスはドアの一つに入っていきカチャカチャと音を立て準備を始めた。アナもビルの隣


の座布団にそっと座る。




「こんなテレビあった?」




「ああこれな、普段は格納されてるんだが、このテレビのリモコン押すと下から出てきて見れる仕組みになってんのさ」




「そうなんだ…ところでほかの皆は?」




アナはあたりを見回すが、ビルとエリザベス以外の人影を確認できない。




「アレクは演習室で槍の鍛錬、キッドとレオンはまだ寝てるな。アマンダはまた作業場にこもってんだろうが…サムとオリバーを見かけねぇんだよな。エリー見たか?」




ちょうどおぼんで飲み物を運んできたエリザベスに聞いてみるが、「私も知らないわね…」と心配そうな顔を見せた。




「ま、そのうち顔見せるだろ。WDOじゃよくあることだからな」




「そうかな…」




そういって二人は注がれたコーヒーとホットミルクを一口飲んだ。暖かい飲み物で少し目が覚めたアナが、何とはなしにテレビを見る。と、放映されているWDO専用チャンネルのワールドニュースに見覚えのある場所が移っていた。




「続きまして、廃棄場の事故についての続報です。バートランド警察は昨日未明、周辺の状況と時間帯から考えて事故である可能性は低いと判断し、ボブ・タイラー氏の死亡を殺人事件として捜査するとの声明を発表しました。なおこの事件は…」




ニュースに写された被害者、ボブの顔写真を見たアナの眠気はすぐに吹き飛び、驚きのあまり勢いよく席を立つ。




「ど、どうしたの?アナちゃん?」




「この人知ってる…私を助けてくれた人だ.…死んじゃったの…?」




「なに!?そりゃあ…驚くのも無理ないな…」




三人が唖然としていると、いきなり入り口のドアが開き、すでに戦闘服を着たサムとドローンモードのオリバーがあわただしく部屋に入ってきた。




「すまない、忘れ物をしてしまって…あぁ、おはようアナ!」




「お、おはようサム」




「なんだなんだ、朝っぱらからせわしないな。もう出動か?」




「エエ、今チョウドテレビデヤッテルソノ事件ノ調査ニ向カウコトニナッタンデス」




「ならガーデハイトの当局に任せりゃいいんじゃねえか?わざわざ俺らが出張るようなことじゃねぇだろ?」




「ソレガ、アンドロイド達ガ動キダシタ件ト関係ガアルカモトノコトデ…」




「正確には被害者からその件と関係のある”可能性がある”遺留品が見つかったらしくてね。現場に居合わせたこともあって、僕が行くことになったんだ…あ、あったあった」




ガチャガチャと引き出しをあさっていたサムが、とりだした四角いバッテリーのようなものを懐にしまい、また足早に入口に向かっていった。




「あ、そうそうアナ。今日から君の体の武器を使いこなせるように訓練が始まるんだ。教えてくれるのは昨日の試験の人、キッドマンだ。焦らずゆっくりやるんだよ。頑張って!」




「う、うん!わかった!気を付けてねサム」




「ありがとう!あ、それとビル!後々呼ぶことになると思うから、いつでも出れるよう準備しておいてくれ!それじゃあ行ってきます!」




「なに?!お、おおわかった!」




「頑張ッテクダサイネ、アナ!」




そういって二人は足早に部屋を出ていった。その勢いにあっけにとられながらも、再び訪れた静寂に3人ははっと意識を取り戻す。




「今日から訓練…」




「で、でも知ってる人があんな目に合っちゃったら…心にもすごい負担のはずよ。今日はお休みしたら?」




「だな。朝っぱらからショッキングなこと知っちまったんだ、今日は心を休めたほうがいい。医者のエリーも言ってんだから間違いないぜ」




しかし、二人の心配は杞憂に終わる。こちらに向き直ったアナの目には涙が浮かんでいたが、同時に強い意志も感じ取れた。




「…ううん、私頑張る。あの人たちがいなかったら今私はここにいなかったかもしれない。ここでくじけちゃ、せっかく信じてくれたみんなに顔向けできないわ。それに…」




「それに?」




「私がしっかり力をつけないと、平和は守れない…もしアンドロイドが動いたのと今回のことが関係あるのなら、ボブさんみたいな人がまた出ちゃうかもしれない…それだけは絶対にやだ!」




彼女にとってボブの死は大きな、それでいて確固たる決意を抱かせたのだろう。彼女の握るこぶしは固く、闘志のあふれるものとなっていた。




「よく言ったな、アナ」




と、演習場入り口の付近で壁によりかかり立っていたキッドマンが、拍手交じりに称賛した。




「うちの隊に来た以上…言葉が悪いが、あんな事件一つでくよくよしているようじゃやってけねぇ。だが、きっかけや決意として胸に刻むのはいいことだ。その気持ち忘れるなよ」




「…わかった。それで、いつ特訓を始めるの?」




「急ぐのはいいことだが、まずはやることやらなきゃ始まらねぇ。だろ?」




「やること?」




「そう…まずは朝飯だ!特訓は飯を食って1時間後。しっかり食うんだぞ」




そう言うとキッドマンは座敷に腰掛け、栄養バーを取り出す。が、




「それはあなたも同じでしょキッド。毎日こんなのばっかり食べて…今すぐ元気が出るご飯作っちゃうから、待っててねみんな!」




そう言って笑顔でキッドマンの栄養バーを取り上げたエリザベスは、すっくと立ちあがり先ほど飲み物を持ってきた部屋に向かった。恐らくキッチンなのだろう。




「俺ぁそれでいいんだが…」




「あきらめな、エリー母ちゃんにゃかなわねえんだから。よし!みんなで朝飯食って一日元気に行こうぜ、アナ!」




「うん!」




皆の声と表情に活気がみなぎる。自然とアナにも笑顔が戻った。これからの特訓やきたる出動に向けて精一杯の努力を心に誓い、アナは支度を始めるのだった。その傍らで、いまだテレビにうつるニュースは、淡々と事件の続報を報じていた。




「なお、廃棄場内部の映像と廃棄場周辺の監視カメラは何者かの手によって破壊されており、警察は計画的な犯行とみて捜査を続けております…」






数時間後 ガーデハイト合衆国 バートランド




サムはオリバーが運転する小型輸送機に乗ってガーデハイトに到着、その後迎えの車に乗って件の廃棄場へと向かっていた。ガタガタと揺れる車内でサムはニュースを見ながらも、そわそわとどこか落ち着かない様子だった。と、サムのハンドパッドに移行されたオリバーが問いかける。




「ドウカシマシタカ?サム。心ココニアラズ、トイウカンジデスヨ」




「ああ、いやね…アナが知っている数少ない人の一人が亡くなってしまって、彼女つらいんじゃないかと思ってさ。そんななか訓練頑張って~なんて…ずいぶん無責任なことを言ったもんだなと…」




「オ気持チハワカリマスガ…シカシ、我々ノ隊ニ加入シタイジョウハ、ドコカデ慣レテモラウ必要ガアリマスカラ」




「それでもまだ子供だ。まだ慣れる必要はない…」




「大丈夫デスヨサム、彼女ハ強イ。ソレハ身体能力ニ限ッタ話デハナイト思イマスヨ?キット乗リ越エテクレマス。今ハソレヲ信ジマショウ」




「そうだね…よし!考えててもしょうがない、任務に集中するよ。ありがとうオリバー」




「トンデモナイ…ア、ソロソロ到着シマスヨ」




オリバーの一言と共に車は停車する。




運転手に礼を言って降車した例の現場…四日前にアナと初めて会った場所、ガーデハイト合衆国国営廃棄場『ブラボー』だ。




三日前に職員の死体が発見されたということ、そしてバートランド警察が殺人事件として捜査すると公式声明を発表したということもあり、正門にはバートランド警察が規制線を張り巡らせ、そこを多くのマスコミがカメラのフラッシュをたき、マイクを向けながら詰めかけていた。




まるで一つの塊ともいえるマスコミの集団をかき分け、サムとオリバーは正門に到着、警察に身分証を提示したのち中に入った。そして職員の一人に尋ねる。




「どうも、ご連絡しましたWDOのサム・フランシスです。所長はいらっしゃいますか?」




「所長でしたら、もうすぐで…」




「おー!捜査官殿!お待ち申しておりました!」




突然太い声が奥から聞こえてくる。そして口ひげを生やした、長い金髪の太った男性が笑顔で近づいてきた。




「どうも遅れて申し訳ありません。わたくし、ここ廃棄場ブラボーの所長、オーランドと申します。本日は、わざわざ遠いところからご足労いただきまして、誠にありがとうございます!」




ずいぶんと上機嫌なオーランドだったが、職員の顔を見るなり途端に顔つきが変わった。




「…おい、貴様!いつまでそこに突っ立ってる!」




「は、移動用車両の運転をと思いまして…」




「そんなものいらん!私がやる!とっとと持ち場に戻れ!」




「は、はい!すみません!」




オーランドの叱責を受け、職員はすごすごと退散する。オーランドはすごい剣幕で職員をにらみつけていたかと思うと、また先ほどの笑顔に戻り、サムに向き直って話し始めた。




「すみませんねぇ、うちの部下が…出来の悪いのが多くて困ったものですよ、まったく…」




「とんでもありませんオーランド所長。それで早速なのですが、例の現場を見せていただけますか?」




「えぇ、えぇ、もちろんですとも!ささ、こちらです」




気持ちの悪いほどの二分性に、サムとオリバーはかすかな違和感を覚える。しかし、その気持ちをかみしめる間もなくオーランドは、施設移動用の小型車両の運転席に乗り込み、サムに搭乗を促した。




小走りで駆け寄り助手席に乗り込むと車両は発進し、現場へと向かって走り出した。その道中、ふとサムは先ほど車内で見ていたニュースを思い出し、オーランドに話しかける。




「それにしても、凄惨な事故でしたね」




「えぇ、まったくですよ!事情聴取に現場検証、始末書づくりにこの事件を踏まえた事業の見直し…数日テレビも見れないほど大忙しでしてね。おまけにあんな死に方…頭をつぶされて殺されるとは…私はあんな死に方したくありませんねぇ…」




「そうですね…原因は何だとお考えですか?」




「皆目見当もつきませんよ。唯一落ちてきそうな移動式の照明器も、特段破損の跡もありませんし…不気味なもんです。っと、到着しました。ここです」




大した距離ではなかったこともあり、すぐに到着した処理場にはバートランド警察の鑑識官が、防護服姿でせかせかと動き回り、現場の証拠らしきものを写真に収め、回収している。その中心には、いまだ手付かずの被害者…ボブの亡骸が無造作に転がっていた。




「なぜ、死体が回収されていないのですか?」




「私が止めているんです。死体を発見したときに体中が妙に濡れていたもんですから、もしかしたら廃棄の過程で出る有害なものかもと思いまして。仮に有害物質であった場合、ご存じかもしれませんが除染技術は廃棄場にしかありません。なので除染まで遺体搬送を待ってもらってるのですが…お恥ずかしながらその設備が故障しておりまして…今日中に治るとは思うのですが、それまで置いておいてもらってるのです」




「なるほど…では、遺体の第一発見者はあなたなのですね?」




「えぇそうです。廃棄場の稼働準備をしているときに見つけましてね…」




「なるほど…」




話を聞きながらサムは、メモをとりつつこっそりとハンドパットを動かす。すると、オリバーから耳に着けている無線を通じ、返答が来た。




「測定結果デマシタ。ソノヨウナ有害反応ハ、1パーセントモ検知デキマセン。体中濡レテイタノデアレバ、アンドロイド由来ノ有害物質デアルコトヲ踏マエタ空気希釈ヲ考エルトスデニ反応ガナイノハアリエナイノデスガネ。ヤハリコノ所長、ナニカ隠シテイマスヨ」




『あるいは、口止めをされているか…いずれにしろ重要参考人だ。他に怪しい点があったら教えてくれ』




「ワカリマシタ」




小声の通話を終え、現場を調べようと遺体に近づこうとした直後、後ろから聞き覚えのあある声が聞こえた。




「あれ?あんた、アナを引き取ったやつじゃないか?」




サムとオーランドが振り返ると、複数の作業員の中にアナを引き取った際にいたもう一人の作業員、Aが立っていた。


まさかの再開にサムは話かけようとするも、サムの声が届くよりも早くオーランドの怒号が響いた。




「貴様らなぜここにいる!仕事はどうした!」




「来ちゃダメだったのか?そりゃ失礼、どっかの所長が、全セクター通常通りに業務をするよう通達しなけりゃ、好き好んでこんな場所来てねえよ!」




「なら、ここは立ち入り禁止だ!ほかの作業をしてろ!!」




「ほかの業務にしたって、俺らの仕事ぁここのセクター内にしかねえよ。現場分かっていってんのかあんた?」




「そーだそーだ!」




Aの怒りの訴えに、ほかの作業員たちも声を上げて賛同する。周りの圧にさらされたオーランドは、吐き捨てるように指示を出した。




「ちぃ…だったら、今日はセクター4の作業は中止だ!さっさと帰れ!」




「なに!?」




急な休みに職員たちは、全員がその場で固まってしまうほど驚愕する。


だが、数秒して状況を飲み込んだのか笑顔で、「だったら、飲みにいこーぜ!」や「うまい店知ってんだ、そこ行こうぜ」など、今後の予定を口々に話しながら、帰り支度をするためにもと来た道を戻り始める。




しかし、気になることができたサムは、この機を逃すまいと作業員Aに声をかけた。




「あ、あの!すいません、前回お会いした…作業員の…」




「ん?あぁそういや、前回は名前言ってなかったっけ。俺、アラン・テイラーってんだ。俺に用かい?WDOの…サムさんだったか?」




「ええ、お久しぶりですね。早速なんですが、いくつかお伺いしたいことがありまして…少々お時間よろしいでしょうか?」




「ああいいとも。俺がわかることなら、何でも話すぜ」




「では所長、どこかお部屋をお貸ししていただけませんか?」




「では、すぐそこの会議室をお使いください。…ただ、そいつより私のほうが詳しいですよ?第一発見者ですし…」




「はぁ?何言ってんだ?第一発見者は俺だろうが!」




「なんですって?」




「な、何を言って…」




意見の食い違いから口論になりそうなところを、サムが遮る。




「失礼ですが所長、あなたのお話はあとでお伺いします。まずは、テイラーさんからお話を聞かせていただきますので」




「あ、ちょっと!待てテイラー!」




「悪いが、今日の仕事は終わったんでな。あんたの言うこと聞く気はねえよ!」




制止する所長を振り切り、アランとサムは会議室へと向かった。






廃棄場ブラボー 会議室




会議室へと到着した二人は、それぞれ席に着く。そしてハンドパットから取り出した小型の機械をアランの指に着けると、先ほどの発言を含めた事情聴取を始めた。




「改めて、テイラーさん…」




「おいおい、アランでいいよ」




「では…アランさん。気になることをいくつかお聞きしたいのですが、まずは…遺体の第一発見者はあなたなのですか?所長は自分が第一発見者だと言っていましたが…」




「そうとも。あのおっさん、何をちんぷんかんぷんなこと言ってんだか…」




「では、その時の詳しい状況をお聞きしても?」




「ああ…あれは、一昨日の始業すぐのことだったな…」




アランは部屋の天井をうつろな目で見ながら、発見当時の話を始めた。






ーーさっきも見たとおりだが、俺たちはこのセクター4担当でな、早めに来て作業着に着替えてから、始業と同時に仮置き場に行ってもろもろの機械の電源を入れたりしなきゃいけないんだ。




その日は、いつも誰より早くいるボブがいなかったんで心配したよ。休む時には必ず誰かに連絡する奴だったが、それもなくてな。俺らも電話したが返答なし。早めに着替え終わった俺は、待ってても仕方ないから仮置き場に向かったんだ。




そしたら…四日前にあの戦闘があった場所あたりのアンドロイドの残骸の山から、人の右腕が飛び出してた。引き抜いてみたら………服装はボブのだったさ。でも頭がつぶれてなくなってたから顔はわからない…それにDNA検査なんかもされてないから、確証もない。だから違うと思った。いや、違うと思いたかった…




上に報告したらすぐに現場は封鎖。警察を呼ばれて遺体の身元捜査が始まり、なんでか知らないが死体はあのままで血とかだけ回収されて…その日の夕方だ、あの遺体がボブのだって正式に決まっちまったのは…ーー




アランは当時の状況を一言一言かみしめるように話した。その目に浮かべる涙をぽろぽろとこぼすのは、初めて会ったあの時の仲の良さを考えると想像に難くない。しばらくして、涙をぬぐい一息ついたのを見てサムはさらに質問を投げかけた。




「それは…つらかったでしょう、お気持ちお察しします…そういえば、発見当時に遺体は濡れていましたか?」




「…いや、水滴一つついてなかったぜ」




「そうですか…では質問の内容を変えますね。作業員の皆さんは、オーランド所長のことをどう思われていますか?もちろん、あなたも…」




と、先ほどまでしおらしかったアダムの態度が一変する。




「どう思ってるか?さっきの態度を見てもらえばわかると思うが、あのクソジジイのことなんか大嫌いさ!俺もこのセクターの職員…いや、この施設の職員も全員な!」




「そ、それはいったいなぜ…?」




「俺たちへの態度見たろ?あれがすべてさ。あの野郎、あんたみたいな外部の人間にはへこへこするが、職員に対してはやれ「移動用車両を運転しろ」だの、やれ「飲み物を持ってこい」だの、横暴な態度しかとらねえ」




「あまりいい上司ではないようですね…」




「そうとも!おまけに、数日前にやれと言われてやったこともその日の気分で言ってないなんてほざいて現場をかき乱しやがる。そのせいで作業はなかなか進まねぇし、ミスがあれば責任取ってクビになるのは俺たち作業員さ。おまけに金に汚ねぇ…俺ら職員の人件費はゴリゴリ削って、自分含めた役員報酬は馬鹿みてぇにあげやがる…ほかに働き手があったらだれもここに残らないだろうな」




「…訂正します…相当ひどい上司なんですね…」




「おまけに、休みもまるでくれねぇ。休日出勤なんてのは当り前さ。さっきの休み勧告のが異常だぜ…あんた伝でバートランド市にでも言っといてくれ!これが現場の本音だってな!」




「検討しておきます…移動用車両を所長ご自身で運転することはありますか?」




「たとえ大統領が来たって、やつは俺ら職員に運転させるだろうな。それぐらい自分でやろうとしねぇ。もし運転することがあるなら、明日この国は滅びるだろうな」




「なるほど…では、今すぐ出国のご準備をなされたほうがいいですよ」




「なに…?まさかあいつ、自分で運転したのか!?」




「はい。先ほど、私と仮置き場に向かう際に…」




「ありえねぇ…マジで終わるんじゃねえか?この国…」




「かもしれませんね(笑い)冗談はさておき…はい、事情聴取は終了です。ありがとうございました」




「もう終わりか?まだ愚痴りたかったが…いいってことよ。ほしい答えだったらいいんだがな」




そんな話をしながら二人は部屋を出る。入口へと続く道と仮置き場への道が途中まで同じだったため、二人は話をしながら長い通路を歩く。次第に話は必然的にアナの話題となった。




「そんで、アナちゃん元気かい?」




「ええ、おかげさまで。この度、我々の隊が引き取ることになりましてね、みんな喜んでますよ。昨日は歓迎パーティーもしたんですよ」




「そうかそうか!元気ならいいんだ。俺ももういい年だからな、あれぐらいの子みるとどうにも心配で…」




「お二人のおかげでアナは無事に生きてます。発見されなかったらどうなっていたか…」




「そうだな…あいつも天国で誇らしげにしてるだろうよ…そういや、あの子の背中の兵器のことはわかったのか?」




「まだよくわかってないということしか言えません…仮に分かったとしても、機密のため詳しいことは言えませんがね」




「そうか…ま、いいさ。あの子が元気なこと知れただけで。っと…ここでお別れだな」




気が付くと二人は分かれ道に差し掛かっていた。


サムがアランの指から小型機械を回収しお礼とあいさつを交わして仮置き場へと向かおうとしたとき、アランが呼び止めた。




「あ、そうだサムさんよ。危うく忘れるとこだったぜ……本当は警察に渡そうと思ってたんだが、サムさんのほうが早くわかりそうなんでな…」




そう言ってアランは小さななにかを手渡す。サムが確認すると、黒と紫を基調としたチップだった。




「これは…?」




「俺にもよくわからん…ボブの死体を見つけたときに、あいつが左手に握ってたもんだ。最初は遺言かなんかが入ってるものかと思ってこっそり取ったんだが、あの場で持ってる意味が分かんねえし…きっと何かの手がかりかもと思ってな、あんたらんとこの組織なら何か犯人への手掛かりがつかめるかもしれねぇ。役立ててくれ」




そう言うと、「じゃ!アナちゃんによろしくな!」と言って、アランは入口へと走って行ってしまった。その後姿を見送ったあと、サムはオリバーに話しかけながら作業場に向かう。




「それで…どうだった?オリバー」




「測定結果カラミテ噓ハ言ッテイマセン。ヤハリ何カヲ隠シテイルノハアノ所長デスネ。シカモ先ホドカラミョウニ職員ヲ近寄ラセタクナイヨウニミエマス」




「やっぱりそうか…このチップについては?現時点で何かわかるかい?」




「ンー…既存ノ全テノICチップト、形状ガ合致シナイコトグライデスネ。新型ガデタトイウ情報モアリマセンシ、個人ガ作ッタ物トミテ間違イナイデショウ。詳シイコトハ本部デ調テミハケレバナントモ…」




「まあ、確かにそうだね…」




「サテ…次ハ所長デスネ」




「そうだなぁ…嘘を言っていることといい、職員を近づけさせないことといい…奴が一体何を隠したがってるのか、はっきりさせないとね…」




そう言いながら、サムは胸のポケットにICチップをしまうと、ふたたび仮置き場へと向かった。




数分後




仮置き場でオーランドと合流したサムは、事情聴取を行うために再び会議室へと向かっていた。




「いやはや…テイラーが何か変なことを言いませんでしたしょうか?あいつは、よくでたらめを言うやつでしてね…?」




「いえいえ、ご心配には及びませんよ所長。彼からは、嘘偽りのない有意義な情報を聞けましたからね…」




話ながら二人は会議室に到着する。と、オーランドの後ろから「カチャッ」と音がした。




「ん?何の音です?」




「あぁいえ、ただ鍵をかけただけですよ。オーランド所長」




「…?なぜ鍵を閉める必要が…」




「いいからそこ座れよ、おっさん」




突然、オーランドの後ろから、ビルが椅子を突き出し膝カックンの容量で無理やり座らせた。




「な、なんですかあなたは!?いったいどこから…」




オーランドが言葉を言い終わる前に、ビルは腰から取り出した拘束錠でオーランドの腕と足を慣れた手つきで椅子に固定する。




「そこのサム捜査官の同僚だよ。さっきあいつからパーティーにお呼ばれされたんでね、遠路はるばる来たってわけさ」




「パーティー!?いったい何の話です!何かの間違いでは!?」




「確かに会場はここだぜ?なんたって、”きな臭いおっさんの尋問パーティー”なんだからな」




「ビル、あんまり脅すな。まだ犯人と決まったわけじゃないんだぞ」




そう言いながら、サムは先ほどアランの指先に取り付けていた小型の機械を取り出し、オーランドの指に取り付ける。




「これは小型ポリグラフ検査装置…俗に言うところのウソ発見器です。うちの優秀なエンジニアと心理生理学者との共同開発でしてね。一般の機関が使うものとは比較にならない高性能です。ですので、嘘をつけばすぐにわかりますよ。本当のことを言ってくださいね、オーランドさん」




「何を言っているんです!!私はさっきからホントのことしか言って」




ピーッ




オーランドの発言を遮るように、指先の機械から独特の機械音が鳴る。




「…言い忘れてましたが、その音は嘘をつかないとならないんですよ。そして、嘘をついた回数分なる仕組みです。とりあえず今ので、先ほどあなたが話した中に嘘が混じっているということがわかりました」




「フフフ」と乾いた笑いをしながら、サムは椅子を引きずり、オーランドの目の前まで持ってくるとそっと座った。




途端に先ほどまで漂っていたサムの温和な雰囲気が消える。フルフェイスマスクをしているため表情のほどは確認できないが、笑っていないことだけは確かだろう。




「オーランドさん。あなたもご承知でしょうが、人が一人亡くなっているんです。たとえ自身が手を下していなくとも、そのことを知っていて隠すことも犯罪であること…ご存じですよね?」




「それは……まぁ…」




「オーランドさん、話すなら今ですよ?これ以上の秘匿は公務執行妨害につながります」




それを聞いてなおも、オーランドは固く口を閉ざしている。




「話したくありませんか?であれば結構。では先に私があなたを疑っている理由から話しましょうか」




そう言ってサムは席を立つ。そしてオーランドの周りをゆっくりと歩いて回りながら、疑っている理由を話はじめた。




「理由は二つです。まず一つ、あなたが他の職員を異様に現場に近づけたがらないこと。ここが引っ掛かりました。仮置き場に向かう際に、移動用の車両をあなたご自身が運転されましたね。このことを伝えたらアランさん大変驚いてましたよ。普段はどんなことがあっても職員に運転させているから、明日この国が終わるんじゃないかってね。おまけにめったに出さない休みまで出し、職員を現場から遠ざけた」




「それは、あんなショッキングなことがあれば誰だって休みにします!そうでしょ!?」




「アランさんたちには通常業務を命じたのに、ですか?」




「それは…」




「さらにあなたは従業員はおろか、警察まで近づけさせまいとした。”体が濡れていた”とおっしゃって。ここ最近雨は降っていませんから、あなたが言うまでもなく警察側も恐らく有害物質だろうと考えるでしょう。先ほどご自分でおっしゃったように、アンドロイド性の有害物質の場合は除染技術は廃棄場にしかなく、完全な除染がすむまで警察は遺体を回収できません。周辺を調べようにも防護服を着用しなければいけませんから、必然人数は限られます。しかし先ほど私が独自に測定した結果、有害な反応は1パーセントも検出されませんでした。このことは後々警察の方々にもお話します。暑くて大変でしょうからね。さて…なぜそこまで人を近づけたくないのですか?」




「わ、私はただ真実を話しているだけだ!それに車のことだって、お客人が来たら所長である私が運転するのが当然のことだろう!しかも、有害物質”だろう”と憶測を言ったにすぎん!私だってなぜ濡れていたのか知りたいぐらいだ!君らはなにか?一職員の話を聞いただけで、私を犯人に仕立て上げるつもりか!」




オーランドが話している最中も、指先の機械は絶えずピーピーと機械音を鳴らし続けている。




「…では二つめの理由をお話ししましょう。ここにきてすぐの時に私、「凄惨な事故でしたね」とお伺いしました。しかし、あなたはこう答えました。『頭をつぶされて殺されるとは』と。普通、事故での死亡であれば『あんな風に死んでしまうなんて』みたいな言葉が適当だと思うんです。しかし、あなたははっきりと”殺された”とおっしゃった。確かにテレビでは、本件を殺人事件として認定しました。しかし、”テレビも見れないほどい忙しい”あなたがそれを知っているのは疑問が残ります。なぜそのような発言をしたのです?」




「…け、携帯のニュースで見たんだ!見たときにたまたま流れてきたんだよ!私は何も知らないしやっていない!無実だ!!」




なおも指先の機械は機械音を鳴らす。しかし、そんなことには意にも介さずオーランドは弁明を続ける。その様相は、まるでやらかした子供が叱られたくないという一心から、必死に言い訳している様ににていた。




サムがどうしたものかと困り果てていると、ビルがオーランドの椅子を自分のほうに向け、腰の銃を抜きオーランドに銃口を向けた。




「な!なにをする!!」




「いい加減にしろよジジイ…人が一人死んでんだぞ。そこんとこわかってんのか?あ?知ってることがあんなら、包み隠さずすべて話せ。俺ぁ同族嫌悪だからか知らねえが、その機械音聞くとどうにも頭にくるタチでな。次鳴らしたらてめえの脳天の風通し良くしてやるぞ。そうすりゃてめえの脳に生えたカビも、多少はましになるだろうよ」




「ど、どうせ撃たんだろう!脅しなのが見え見えだ!そ、そもそも世界政府直属の機関が、こんな脅しをしていいと思って…」




オーランドの言葉が終わる前に「ガアン!」と、一発の轟音が部屋全体に響いた。


とっさに目をつぶったオーランドが恐る恐る目を開け上を見ると、天井にあいた着弾個所からパラパラと破片が落ちてくる。ビルの持つ拳銃からは白い硝煙がちりちりと音を立てて上がっていた。




「だったら、脅しかどうか試してみるか?俺はサムみたいに優しくねえぞ」




そう言ってビルは拳銃を食い込まん勢いでオーランドの眉間に押し付ける。


一発撃ったためか銃身はほんのりとあたたかく、眉間越しに温度が生々しく伝わってくる。対して拳銃を向けるビルの表情は冷たく、人を撃ち殺すことに一切の余念が無い…そんな目をしていた。


この相反する”温度”によって、オーランドは今「死」という感覚と相対していることを痛感させられた。その重圧に耐えられず、オーランドは半泣きになりながら声を荒げた。




「わ、わか、わかった!話す!しし知ってること、ぜっ全部話すから!!だっだっだから助けてくれ!」




「…ちゃんと話せよ」




その言葉を聞き、ビルは銃を腰のホルスターにしまい、ドカッと椅子に座る。




「わ、わかった…あっあれは…一週間前ぐらいの…こっことだ…」




「一週間前?」




「夜に自宅でくつろいでると、非通知の電話があったんだ。試しに出てみたら男の声がした。少しノイズみたいなのがかかってたが…それでこう言われたんだ、『我々に協力したら貴様の望む額をやる』って。何をするか聞いたら、『会ったときに話す』って突き返されて…そのまま会う場所と日時を指定されて電話は切られた…」




「その場所には行ったのですか?」




「ああ、指定された日時にな。待ち構えてたのは大柄な奴一人と、あんたらぐらいの体系の奴らが二人。夜だったのもあるが…ローブみたいなのを頭からかぶってたから、顔はわからない。だが、やつらは私のことを知ってた…それで大柄な奴が言ったんだ。『明日の廃棄場の夜間警備を手薄にしろ』って…実際に手薄にしたら100万ダリルくれたよ。そして『今後も協力するなら言い値をやろう』とも言われた」




「ほかに要件は?」




「五日前と四日前に電話で連絡があった。一つは早朝に『明日も夜間警備を手薄にしろ』、二つ目は『廃棄場内で一人殺したから処理を任せる』と…」




話を聞きながらサムは熱心にメモをとる。が、メモをとる手がぴたりと止まった。




「…本当に用件はそれだけですか?」




「な、なに?」




「今朝のニュースではこんなことを言っていたんです。『廃棄場内部の映像と廃棄場周辺の監視カメラは、何者かの手によって破壊されている』と。廃棄場周辺はまだわかるんです。恐らく犯人が証拠を残したくないからと事前に破壊したのでしょう。しかし廃棄場内部の”映像”というのがどうにも引っかかるんです。廃棄場内部の監視カメラだけはすべて無事、映像だけがきれいにない状態なわけだ。監視カメラの映像などをいじれる権限を持つのは、この施設であなただけです。そのことも何か指示されたんじゃないですか?」




サムの発言を聞き、ビルは腰のホルスターに手をかける。それを見たオーランドが慌てて話し出した。




「そ、そうだ!!四日前に『その日の監視カメラの映像をすべて渡せ』って言われたんだった!」




「受け渡しはいつだ」




「きょ、今日の夜だ!詳しい時間と場所は言われてない!本当だ!!」




「ほかに知ってることは?」




「も、もうないもうない!神に誓ってもいい!だからもう勘弁してくれ!!」




この供述のあいだ、指先の機械は一切機械音を発しなかった。オーランドが放った言葉はすべて真実である。サムはアイコンタクトでビルにOKの二文字を告げる。それを受け取ったビルは、オーランドの拘束


具を解いた。




「おら、聴取は終了だ。最初っから素直に話しときゃよかったんだよったく…」




その言葉を聞き、オーランドはその場にへたへたと座り込む。すると、死の緊張から解放された安堵からか、失禁してしまった。




「あーあー、もらしてやんの。おいおっさん。もう銃は向けねえよ、悪かったな」




「貴様らぁ…ただじゃ済まんぞ!WDOに報告してやる!訴えてやるぞ!」




「その前に、業務執行妨害と殺人ほう助の罪で、あなたが訴えられるほうが先でしょうね」




「な!?今全部話したじゃないか!見逃してくれんのか!?」




「そんなに都合よくできてねーよ。司法ってのぁ悪人を助けるためじゃない、裁くためにあるんだ。お前は確かに罪を犯した。そこんところ、わきまえろ」




「明日の朝、あなたの身柄拘束のため、バートランド当局と共にご自宅にお伺いします。ご準備をしておいてください」




「あ、ああ…あああ…」




そう言って泣き崩れるオーランドの指先に取り付けている機械を回収すると、サムとビルは部屋を出ていった。




ひとしきり泣いたあと、オーランドはぎりぎりと歯を鳴らしながら苦悶の表情を浮かべ、ぽつりとつぶやいた。




「くそぉ…私にこんな恥をかかせやがって…ただでは捕まらんぞぉ…!」






同日深夜 ガーデハイト合衆国 高級住宅街




ここはガーデハイト合衆国でも有数の豪邸地区。一軒一軒の間隔がかなり広く、その部分を利用した広大な庭と、それに見合ったきらびやかな住宅ばかりが並んでいた。




もうじき日付が変わろうとしているころ、雨の中でひときわ目を引く豪邸に「ピンポーン」と玄関のチャイムが響いた。家主が玄関に向かい恐る恐るドアを開けると、眼前にずぶ濡れのローブをまとった玄関よりも大きい大男が立っていた。




「お、お待ちしてました!ささ、どうぞ。早く中へ…」




「あぁ」




家の主であるオーランドに招かれた大男は一言簡素に言葉を交わすと、身体の雨粒を払い落として家の中へと歩を進めた。一歩歩くごとに木製の床がぎしぎしと嫌な音を立て、大男の重さを嫌でも伝えてくる。オーランドは大男を居間に案内した。




居間に入って早々、大男は雑談をするでもなく来訪した理由を話し始めた。




「それで、例の物は?」




「は、はい。ここに…」




そう言ってオーランドは、ズボンのポケットから一枚のディスクを取り出し、大男に手渡す。それは、他ならぬ廃棄場ブラボーの監視カメラの映像が入ったディスクだった。


大男はディスクを受け取ると、「確認する」と言い胸あたりにしまう。そして数秒動きを完全に止めた後、再びオーランドに話しかけた。




「よし、確かに受け取った。協力感謝する」




「いえいえとんでもない!…それで、あの…金のほうは…?」




「いくらほしい?約束通り言い値を出そう」




「!で、では…10億ダリル…なんて…」




「いいだろう。見繕い次第そちらに送る。では、失礼」




そう言って大男は家を出ようと踵を返す。その後ろで、オーランドは一人にやにやと声を漏らして笑っていた。




(クククハハハ…これで大金は私の物…監視カメラの映像は、誰かに押し入られてとられたとでも言えばいい…ざまぁみろWDOめ!!このままとんずらして、どこぞで遊んで暮らしてやる!)




と、突然大男の歩みがぴたりと止まる。




「あぁ、そういえば。受け渡し場所を言い忘れていたな」




突如として大男の右腕が駆動音を立て、瞬時に銃のような形状に変形する。そして、何の戸惑いもなくオーランドの頭へと照準を向けた。




「な!?なにを!?」




「受け渡し場所はあの世だ。先に行って待っていてくれ」




「なぜです!?あなたの言われたとおりにやったでしょう!!」




「なぜ、か。しいて言うなら理由は二つだ。一つは死体の遺棄をしくじった。もう一つは、私の存在を知ったから。10億は地獄で減刑を打診するための賄賂として使うんだな」




大男の銃に赤い光がともる。オーランドが死を覚悟して目をつぶったその瞬間…




ドン!!




鈍く太い銃声がオーランド邸に鳴り響く…が、オーランドはまだ息をしていた。




オーランドが、自身がまだ生きていることに疑問を抱きながらもゆっくりと目を開けると、大男が「が…あ…」とうめき声をあげながら、体をけいれんさせその場に膝をついていた。よく見ると、胸のあたりに小さな円状の物体が付着しており、バチバチと電流が走っている。




「いやぁ間に合ってよかったぜ」




突然オーランドの後ろから声がした。


驚いて振り返ると、窓の外にサムとビルが立っていた。サムは二丁の銃を、ビルは眼前の大男と同様腕を銃の形状に変形し構えている。両者とも、照準は大男へと向いていた。




「あ、あんた達どうしてここに!?」




「監視カメラの映像の受け渡しが今日の夜とのことでしたので、犯人をおびき出す絶好のチャンスだと思い付近に身を隠していたんですよ」




「しかしまさか殺しに来るとはな。とっさにテーザーグレネード撃っちまったが…出力大丈夫だったか…?」




会話をしながら二人はビルの発砲ですでに割れた窓をさらに割って室内に入る。その間もテーザーによって大男はしびれ続けていた。




と、二人が入室した直後、男のまとうローブにテーザーから漏れ出る電流が当たり引火してしまった。それを見た三人は思わず驚きの声を上げる。だが、サムとビルが声を上げた理由は、引火したこととは別にあった。




「これは…」




「マジか…」




瞬時に炎に包まれ、身にまとっていたローブが焼け落ちたことであらわになった男の姿は、およそ人とは言えなかった。




全身が黒紫の金属プレートでコーティングされ、関節部からは赤や灰色の配線が見え隠れし、頭部には白い無地の仮面のようなものを身に着けている。男の正体はアンドロイドだった。


焼け落ちたローブを介してさらに悪化する火の手の渦中にいながら、一切の融解などがみられないことからボディの耐久性も高いようだ。




慌てふためくオーランドをしり目に、二人は所持していた消火用のグレネードを用いて火の中に投げ入れる。何とか消火には成功したものの、眼前に跪くアンドロイドは、完全に動作を停止していた。




「腕が変形した時点でアンドロイドなのはわかっちゃいたが…驚いた、こいつ”大戦”のときに作られた奴だぞ…」




「まだ動くのがいたとはね…初めて見たよ。しかし唯一の重要参考人だったんだが…これじゃ情報を聞き出すのは…」




「まずもって無理だろうな…CPUが生きていることを祈ろう。アマンダならそこから情報を引き出せるだろうさ」




オーランドそっちのけで二人が今後のことを話していると、突如アンドロイドの頭が「バガンッ」と音を立て、仮面が勢いよく宙に舞った。二人はとっさに銃を構えるがそれ以上の動作をすることはなく、仮面のあった部分から小型のスピーカーが顔を出しただけであった。




緊張状態の二人が顔を見合わせていると、突然スピーカーから声が響いた。




「感づカレることは想定していたが、まカサ倒されるとは。想定しテイナかったな」




「何者だ」




「そレは言エナいが、ソの言葉ヲ聞イてペラペラと身分を明かす間抜けデハナいということだけは確かだ」




「俺は少しわかったぜ。わざわざリアクションしてくれる時点で、自己顕示欲が高いやつだ」




「ハッハ…あなガチ間違いデハナイな」




声の主は、二人の質問をのらりくらりと受け流す。その声はスピーカー越しのものであるからか、所々が


ザーザーとノイズのかかったような声をしていた。




「目的はなんだ」




「監視カメラの映像データの現物を回収すルコトダったが…この状況デハ、ソれも叶うまい」




「今のじゃねぇよ。一連の行動のを聞いてんだ」




「ほう?」




「四日前に廃棄場ブラボーでアンドロイドが動き出した事件…細工した犯人はお前だろう?だとすれば監視カメラの映像を回収しようとしているのも何となく察しが付く。実験の成果を見たかった…といったところかな?」




「ふむ。なカナか良いとこロヲツくじゃないか」




「なぜ廃棄場のアンドロイドを直す?今回の件もデモンストレーションなんだろう?目の前のこいつと言い、大戦時のアンドロイドなんか修理して何を企んでいる」




「なぜ…か。至極簡単なことだ」




その瞬間、声の主のノイズがなくなる。




「同胞たちを救うためだ」




「救う?」




突然、ピーカーから響いていた声が一層大きくなる。




「楽シイヒと時だったよ、諸君。目的の物モ回収した。彼ニハ悪いが、ココで散っテモらう」




「逃げられると?このアンドロイドを回収して発信源をたどればすぐに居場所はわかるぞ」




「だから消えてもらうのさ…その発言から察するに、諸君らハドコゾの諜報機関の者ダな?」




「だったらどうした。捕まらねえ自身でもあるってか?」




「いイや…だとスレば、また会ウコトニなるだろうな。もっとも、生きてイレバダが」




「なに?」




「天にオラレマす、偉大なりシワが母よ。願わくばお力ヲオ与えください」




突然声の主が祈りの言葉を唱え始める。それに呼応するように、眼前のアンドロイドの胸のライトが「ピッピッ」と一定のリズムを鳴らしながら赤く点滅し始めた。




「なんだ!?」




「同胞を救うタメと自らを犠牲にする、死ニユク気高き勇敢なる信者に、敵ヲ玉砕するお力をお与えください!」




「何かまずい…ビル!逃げるぞ!!」




「ちぃ…おい、オーランド!俺につかまれ!脱出するぞ!」




「そんな!ここには貴重なコレクションが!」




「うるせぇ!来い!」




三人が慌てふためく中、声の主は不敵な笑い声をあげ、捨て台詞を放った。




「それでは諸君、さらばだ!ヴァーサール!!」






ドオオオォォォン!!!!






その一言を最後に、アンドロイドが轟音を立て大爆発を起こす。サムとオーランドを抱きかかえたビルは装備していたジェット装置のおかげで間一髪脱出した。が、爆発の威力はすさまじく、周辺の家屋よりも大きな豪邸が丸ごと吹き飛んでしまった。何とか逃れた三人は黒煙を上げる廃墟を見つめながら、苦悶と悲痛の表情を浮かべた。




「まさかここまでやるやつとは…」




「こいつは…思ってたよりも大事になるかもしれねえな」




「わ、私の…私の家があぁぁぁ…」




土砂降りの中、車道で膝をついて泣き崩れるオーランドをしり目に、二人は今後のことを話し始める。




「しかしどうする?唯一の物的証拠も監視カメラの映像も、残らず木っ端みじんになっちまったぞ?どうやって黒幕を追う?」




「物的証拠…いいや。それならもう一つあるぞ」




そういってサムは、胸のポケットからチップを取り出す。それは昼間にアランからもらった、ボブの握りしめていた遺留品だった。




「これは…チップか?」




「あぁ。声の主がアンドロイドを動かした犯人なら、このチップで何かわかるかもしれない」




警察と消防のサイレンが近づいてくる中、二人は怪しげな黒と紫色のチップをじっと見つめるのだった。






世界のどこか オーランド邸が爆発した同時刻




「……」




「あら、浮かない顔ですわね、ボス?」




「あぁ…しょウガナイコトだったとハイえ、また同胞を一人死なセテシマッた…コレデハ、私の救いを拒むモノが出テモ仕方あるマイ…」




「…必要な犠牲というやつですわ、ボス。いつの世も、変革の時には犠牲がつきものですもの」




「しかし、セイレーン。犠牲は少ないに越したことはないだろう?」




「確かに…それはそうと、ボス。監視カメラ映像の取り込みが完了したのですが…気になるものが映っていまして。こちらですわ」




「ほう?」




ボスと呼ばれる者が監視カメラの映像を見る。そこには、動き出したアンドロイドを蹂躙するアナの映像が映っていた。




「コノ少女は何者だ」




「不明です。どこかの機関の諜報員というわけでもなさそうですし…」


と、突然ボスがモニターに顔を近づける。




「…この兵器…覚えガアる」




「あら、こんな現代でも製造が難しい兵器を…?」




「あぁ…セイレーン。この少女、モシカすれば我々の日願成就の最後の1ピースになルカもシレんぞ」




そういって、「フフフ」と不敵な笑い声をあげる者の目には、サムに手を引かれ仮置き場を後にする、ア


ナの透き通るような水色の眼が映っていた。




to be continued

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