救済の神堕し

行方袚

プロローグ オウジサマはまだ来ない

プロローグ オウジサマはまだ来ない


 「やめて!」


 少女は走る。

 茨の波を潜り抜けて。

 だがそれは容赦なく少女の方に向かう。彼女を追うように。弄ぶように。


「ごめんなさいって言ってるでしょ!魔が差したのよ、あんなことするつもりは――」


 そんなものは言い訳でしかない。

 それは『私』が良く知っている。だから許すつもりは毛頭ない。

 だが簡単に殺るつもりもない。じっくりと甚振いたぶろうと決めたのだ。

 あの女があの子にしたように、それ以上の対価を。


 だがさすがに焦らしすぎただろうか、女の逃げるペースが落ちてきている。

 さすがに体力の限界なのだろう。

 そうしている内に。


「あっ!」


 足がもつれ転んでしまった。

 だが死にかけの芋虫がうごめくように、無様な様子でその場を離れようとする。

 これはそろそろ殺ってしまおうか。


 その時。


「っ!」


 パン、と乾いた音がした。銃声である。

 だがそれは『私』の脳天には吸い込まれない。

 間一髪……いや、結構余裕で避けることができた。

 何事かと暗闇の方を見ると、次第に黒い足が見える。


「へぇ、この距離で避けるんだ」


 完全に月明かりに照らされた事で全貌が明らかになった。

 黒いロングコートに暗い髪の毛。首に巻いた赤いストールが特徴的だ。笑顔を見せているがその瞳は笑っておらず赤く光っている。


「……誰」


 問いかけに男は答える。


「僕が誰かなんて関係ないでしょ。まず自分から名乗るべきじゃないか?」


 確かにそれが礼儀というものだろうか。だが今『私』はとても忙しいのだ。この男に構っている暇はない。いきなり撃ってきたのは気がかりだが、『私』にとってそれは大きな問題ではなかった。


「あ、ありがとうございます!あなたのお陰で私……」


 芋虫女は黒コート男が現れた事によって助かったと思っているのか、男に感謝を伝えている。

 すぐに殺されちゃうのにね。


 だが。

 

 パン。

 2回目の乾いた銃声と共に芋虫女は静かになった。

 何が起きたのか解っていないのかその表情は笑みを浮かべていて気色が悪い。


「邪魔」


 一言。黒コート男は芋虫女に言い放ち銃をこちらに向ける。

 ……は?


 「ちょっとそれ『私』の獲物だったんだけど。何してくれるの」


 せっかくじっくり弄び、恐怖が最高潮に達したその瞬間殺そうと思い楽しみにしていたのに。

 コイツのせいで『私』の楽しみが失われてしまった。

 沸々と怒りが込み上げてくる。


「……今の自分の状況解ってるの?君今この至近距離で銃向けられてるんだよ?」


 黒コートは飄々とした様子で問いかけてくるが、やはりその瞳の奥には深い闇を感じる。

 

 ――――――――――――

 

「はぁー」


 漫画を描く手を止めてため息を吐いた。こんなものは所詮『絵空事』である。


「何描いてるの?」


 「あっ!刀架とうか、勝手に見ちゃ――」


 自作の漫画を見られるだなんてかなり恥ずかしい事が起きてしまう前に、百円ショップで購入した薄く」ページ数の少ないノートを取り返そうとするが時既に遅し。


「……鞘架さやか


 勿論見られて恥ずかしいって事もある。しかしもっと大きな見られたくない理由があった。


「何で『私』こんなに悪人っぽいの?『私』こんなキャラじゃないよね?ん?」


「ご、ごめんね……?でも『僕』には刀架とうかはこういう人に見えるというか、何と言うか……」


 言い訳が出来ない。だって本当に『僕』にはこう見えているんだから。


「そしてこの男誰?『私』という男がいながら!」


「いやアンタただの同居人じゃん。別に他人じゃん」


「ひどい!」


 鏡に写る2人の姿はそれはそれは仲睦まじそうで。何ともまあ微笑ましい。

 自分を『僕』と名乗る少女、鞘架さやかは呟く。


「あー、早く現れないかなー。『僕』のオウジサマ」


 ――――――――


 場所が移り変わり高等学校。

 僕はこの学校が好きじゃない。理由は周りを見ていたけたら一目瞭然だろう。


 散らばった缶ジュースのカラやパンの外袋。香水の臭いが強い女共。何よりも、下品にデカい声で笑う男共――。

 そう、所謂落ち零れの集まり。

 1つ言わせてもらうとここは別にヤンキー校ではない。一部の人間が『自分は最強!』だと調子に乗っているのはどこの学校でも同じだろう。僕はそういう奴らを見ていると反吐が出るのだ。


「ギャハハハ!何だよそれ!バカじゃねーの!?」


 そんなくだらないやり取りをしながら廊下のど真ん中を歩くゴミ共。

 そいつらの中の1人と肩がぶつかった。


 ……関わりたくないから端を歩いていたのに。無駄に図体がデカいやつだ。


「あ?何だその目」


 ぶつかってきたのはそっちの方だろうと思いながらも、面倒な事になるのは嫌なので黙る。

 だがそもそもこの不良共は態度というよりかは、僕の目付きが気に入らなかったらしいのであまり意味をなさなかった。


「何か言ったらどうだ?あ?」


 詰め寄ってくる。胸ぐらを掴まれた。

 さすがに殴られるのは嫌だ。

 だが謝るのも癪だ。僕は何も悪いことはしていない。

 周りにいた他の不良は汚い笑い声を上げながら見下しているだけだし、いつもは真面目に授業を受けている他の生徒達も見て見ぬふり。多分僕でも見て見ぬふりをするだろう。仕方がない。

 そんな事を考えながらじっと目の前の不良を見つめる。殴られる覚悟はできた。


「その目が!気に入らないって言ってんだ!」


 拳を振りかざしたその時。

 不良が


 そのままフローリングの硬い床に頭から叩き付けられる。

『背負投げ』。実際に見るのは初めてだ。


「ガッ……」


 不良は白目を剥いて動かなくなった。気絶したらしい。

 それを見た周りの不良共が一気に喚き立てる。


「おいおいおい何してくれてんだぁ!?」


 だが異変に気付いた不良の中の1人がそれを見て慌てて制止した。


「やめろ!こいつこの学校で有名な……」


「あっ!」


 詰め寄ろうとした不良もそれに気付いたらしく慌てて下がる。


「ず、ずらかるぞ!」


 そう言い、気絶した不良を無理やり引き摺り去っていった。


 少しの間、シーンとした静かな空気が流れる。

 誰もがその状況を理解していなかった。


「……あの」


 そんな空気を壊し、語りかけてきたのは例の背負投げをして来た人物。


「ダイジョウブ?」


 髪の毛はボサボサで、ヨレヨレのTシャツ。そのTシャツは絵の具のような物でカラフルに汚れている。

 それは下に履いているジーンズも同様だ。あまり見た目に気を使わない人物なのだろう。


「……大丈夫だけど貴方は大丈夫なの?」


 僕がそれを聞いた理由は2つある。

 1つは『この学校の不良共は横の繋がりが深く厄介だから』。

 噂に聞くと知り合いに薬の密売人もいるとか。ちなみにこの薬はよく言う麻薬のような危険ドラッグとは違ったものだ。それは後に解ることだろう。


 そして大事なのが2つ目。


「貴方この学校の有名人でしょ。こんな所にわざわざ出て来ていいの?」


「?」


 当の本人はその事についてあまりピンと来ていないらしい。


「貴方は所謂『ドライヴ』所持者だ。ねぇ?」


 ――――暁月助久あかつきたすくさん?

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