第3話 主人公補正

 歴史は勝者が創るもの。


 物語の世界においてもそれは同じだ。勝者が口にしたシナリオが「現実」になり、勝者にとって好ましくない事実は最初からなかったことにされる。

 例えば、白雪姫を見初めた王子は死体マニアだったとか。

 赤ずきんの祖母は狼に消化されて助からなかったとか。

 そんな事実は、物語の勝者である主人公に塗り替えられてしまった。


 この世界の人間は皆、定められた役割を持って生まれてくる。生まれ落ちたその瞬間から、彼等は無数に存在する物語の主人公だ。

 しかし、ほとんどの人間は自分が物語の登場人物だという自覚もないまま、自分を『主人公』たらしめるレールから外れてしまう。主人公になれなくなった者が他の物語の脇役に成り下がる一方で、自身にあてがわれた筋書きをなぞった者には特権が与えられる。口にするだけで新たな真実を作り出し、過去や現在を変える能力が。

 脚本通りのハッピーエンドを勝ち取った『主人公』には、自身が辿った物語を改変させる力が宿るのだ。しかも、周囲の者はこの書き換えに気付かない。物語が成立する範囲であれば、不審がられることなく真実を歪められる。

 この能力によって、主人公達はより自分の望みに近い結末を手に入れた。白雪姫に求婚した王子はノーマルな美男子だったことにされ、赤ずきんの祖母は狼の腹から短時間で救出されたことになった。『その後皆幸せに暮らしました』なんて決まり文句があるが、主人公が願えば幸せの質は格段に上がる。例えそれが脇役にとって不幸なものだったとしても。

 書き換えに欺かれないのは魔法を操る種族のみだが、彼等だって改変から逃れることはできないし、それによって命を落とすことさえある。ノクティアの母がいい例だ。


 魔女の呪いで百年眠り続けた姫は、王子のキスで目覚め無事ハッピーエンドを迎えた。だがその時には、彼女の両親も故郷もなくなっていた。

 悲しんだ姫は主人公の特権を使い、王子がすぐに現れたことにした。その結果、王子からのキスには「真実の愛」という奇跡が付与され、姫は短期間のうちに眠りから覚めることができた。

 時間が巻き戻ったことでノクティアは生き返ったが、真っ先に感じたのは絶望だ。


「私はまた同じ苦しみを味わわなくちゃならないの?」


 同じ魔女の母からは絶縁され、人間からは忌み嫌われる。主人公の幸せのために、悪意に怯えて閉じ籠る人生を繰り返すなんて冗談じゃない。改変前の記憶を持つからこそ、その絶望は深かった。

 だからと言って、自ら命を断つのも癪に障る。考えた末、ノクティアは賭けに出た。かつて姫がかけられた呪いを、自分自身に使ったのだ。

 上手く自分を呪えるかは分からないが、ただ死を待つ生活よりはずっと有意義だろう。もしかしたら、眠っている間に彼女が生きやすい時代に変わっているかもしれないから。


「悪役にだって、願う権利はある筈よね」


 主人公になんてなれなくていい。ただ、今世では人並みの幸せを感じてみたいだけ。

 彼女は僅かな希望を胸に、終わりの見えない悪夢へと身を投じた。

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