モテない二人の愉快なデーt……もとい、珍道中
数日後の休日。
この日は丈瑠の部活も休みという、志津香にとってはかなり都合の良い日でもあった。
そんな絶好の日に志津香は丈瑠を連れ出して――
「ん~、ようやく着いたわね!」
「そうだな。思ったよりも時間が掛かったな」
自宅の最寄り駅から電車に揺られること数十分ほど、とある街に到着した二人。
そこはこの辺りでは一番栄えている繫華街であり、様々な施設が立ち並んでいる。
若者向けの洋服店や雑貨屋などが目に付くだけでなく、大型デパートや映画館などもあって、休日ともなると多くの利用客で賑わっているそんな場所である。
「しかし、休みとはいえ随分と賑わっているんだな。この辺りっていつもこんな感じなのか?」
「さぁ? 私もあんまり来ない場所だから、詳しくは知らないわ。けど、繫華街なんだからこんなものなんじゃないの?」
「そんなもんなのか」
「そんなものでしょ」
「まあ、それはいいとして……それで俺達は今日ここに来て、一体何をするんだ?」
「そんなの決まってるじゃない。わざわざこんな人が大勢いるところに来てるんだから、やることといったらアレよ!」
志津香はそう言うと数歩だけ前に出て、それから振り返ってから丈瑠にビシッと指を突きつけた。
「ズバリ、ナンパよ! 今日こそは絶対にチャンスを掴んでみせるんだから!」
そして瞳の中に炎を燃やし、力強く宣言するのだった。
「……それってつまり、お前がこれからその辺にいる男達に向かって、積極的に声を掛けまくるってことでいいのか?」
「は? 違うわよ。大体、私にそんなことが出来る訳が無いでしょ。ナンパのやり方だなんて、これっぽっちも知らないんだから」
「じゃあ、どうするつもりなんだ?」
「もちろん、向こうから声を掛けてくるのを待つのよ。この間にイケメンさんが私に声を掛けてきたようにね」
自信満々に言い張る志津香であったが、丈瑠はその返答に微妙な表情をする。
「待つだけって……いや、それで上手くいくとは思えないんだが……」
「そうかしら? これだけ沢山の人がいれば、そのうち誰かが声を掛けてくれるでしょ。現に今もほら、何人かチラチラとこっちを見ているみたいだし」
そう言って志津香は周囲を見回しながら、軽く微笑んでみせた。
「だから、きっと大丈夫よ」
「うーん、本当に大丈夫かぁ……?」
疑問の声を口にする丈瑠であったが、当の志津香は既にやる気全開と言った様子である。
「そ・れ・に、この話は丈瑠にだってメリットがあるのよ?」
「俺に? どういうことだよ?」
「ほら、あんたも周りを見てみなさいよ。あそこにいる女の人、さっきからあんたのこと見てるわよ」
「え、どこ!?」
小声で話す志津香の言葉を聞いて、丈瑠は瞬時に周囲に視線を飛ばす。
すると、数人の女性が丈瑠達の様子を興味深そうに窺っている姿がチラホラ見えた。
その中の一人と目が合った気がした丈瑠は、咄嗟に目を逸らして誤魔化す。
「……ッ! マジ、かよ……!?」
その光景を目にした丈瑠は驚愕のあまり言葉を詰まらせ、その場に硬直してしまう。
普段の生活の中ではこういった視線を向けられることはあまり無く、予想外の出来事に戸惑ってしまう。
「ふっふっふ、やっぱり私の思った通りだわ」
「お、思った通りって……どういうことなんだ?」
「簡単な話よ。学校ではまったくモテなかった私が、学外ではイケメンさんにナンパされた。これってつまり、学校の外でなら私もモテるということでしょ」
「まぁ、そうかもな」
「ということは……私と同じ境遇のモテない丈瑠にも、私と同じようにモテる可能性があるということにならない?」
「……ッ!?」
志津香の鋭い指摘に、息を呑む丈瑠。そしてその言葉に少なからず納得させられてしまった。
「た、確かに……ずっとモテないモテないと困っていた志津香がモテたなら、俺にもモテる可能性が見えてくるってことなのか?」
「その通りよ、丈瑠。私達は今までモテなかったんじゃない。モテる場所を知らなかっただけなのよ!」
「おお!」
志津香の言葉に希望の光を見たような気がして、感嘆の声を漏らす丈瑠。
「な、なるほど……だから志津香は今日、俺に目一杯のオシャレをさせてきたんだな! 服装だけじゃなくて、髪形とかアクセサリーまでしっかりとセットしてきたのも、この為だったのか!」
「正解よ。服だけじゃ足りないと思って、色々とコーディネートしたんだからね。どう、結構いい感じでしょ?」
「ああ、すごくいいと思う。俺が選ぶ服装に比べたら、各段にセンスがあると思う」
「当然ね。何て言ったって、私が選ぶ必殺の『一目見たら確実に惚れてしまうコーデ』なんだから。もしも目の前にそんな男の人が現れたら、私だったらきっと一目惚れするでしょうね」
「なるほど……! けど、そう言う志津香の服装も、今日は気合が入っているよな」
そう言いながら丈瑠は志津香の着ている服装をじっくりと見回す。
いつもは丈夫で動きやすい服装を好んで着ている志津香だが、今日はいつもとは違ったコーディネートをしている。
淡い色のワンピースに薄いカーディガンを羽織っており、丈瑠と同じく足先から頭の先までばっちりと決まっている。
しかも、髪形はいつものポニーテールじゃなくて、髪を下ろしてストレートにしているのだ。
全体的に見ても清楚さと女性らしさを感じさせる装いとなっており、普段の元気らしさとは違う印象を受ける。
「ふふん♪ どうかしら、この服装? 似合っているかしら?」
「ああ、すごく似合ってると思うぞ。もしもこんな感じの綺麗な女の子が歩いてきたら、俺だったら迷わず声を掛けるだろうな」
「あら、褒めてくれてありがと。丈瑠も分かってるじゃないの」
互いの服装を褒め合いながら、仲睦まじく笑い合う。
「さてと、それじゃあ準備も整ったことだし、そろそろ行きましょうか。このまま一緒に街を出歩いて、ナンパの旅と洒落込みましょう」
「ん? 別々に行動するんじゃなくて、一緒に行動するのか?」
「当たり前でしょ。一人で出歩いていたら、もしかするとヤバい人に遭遇するかもしれないでしょ。最近は物騒な事件も多いし、それを防ぐ為にも一緒に行動するべきよ」
「なるほど……そこまで考えてのことだったんだな」
納得したように言う丈瑠に対し、志津香は得意気な表情を浮かべてみせた。
「ま、そういうこと。でも、安心しなさい。もしも丈瑠がナンパされたとしても、私は理解がある女だから、邪魔や阻止とかしたりしないわ。だから、安心して声を掛けられなさい」
「志津香……分かった、ありがとう。それなら俺も、お前がナンパされたとしても、絶対に邪魔だけはしないから。むしろ、離れて見守ってやるからさ。安心してくれ」
「ええ、頼りにしているわ。一緒に頑張りましょうね!」
「おう!」
こうして意気投合した二人は、気合いを入れて歩み出す。
「あぁ、そうだ。先に言っておくけど、どっちかがナンパに失敗したとしても、その時はお互い恨みっこなしだからね」
「分かってるって。けど、やるからには絶対に成功させようぜ」
「ええ、もちろんよ!」
二人は言葉を交わした後、改めて街の中へと繰り出し、意気揚々とナンパ(?)を開始するのだった。
……その後、丈瑠と志津香は繫華街の至る所を巡っていき、時には遊んだり楽しんだりしながらも、次々と歩き回っていった。
その間、道行くいろんな人達からの視線を浴びることになり、二人の期待は歩けば歩くほど膨らんでいく。
これならいつか、声を掛けられるのでは……そう思って止まない二人であったが、結局のところ、二人が声を掛けられることは一度もなかった。
頑張って6時間ほど粘ってもみたが、残念というか残当ながら、何の成果も得られなかったという結果に終わった。
「「何で(だ)よ!!」」
そんな二人の悲しい叫びが、夕暮れの空に木霊するのであった。
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