悪魔の秘密

暗雲が雷鳴を呼び、稲妻が空を駆ける。


大荒れになった激しい波の中に佐々木を乗せた船は完全に沈んでいった。

「ううっ、佐々木さん…。」

テントになったボートの中で孝之は涙を流す。

「気持ちを切り替えろ江原…。この嵐の中で奴に襲われたらこんなボートじゃすぐに沈められちまう…。」

「でもどうすれば…。自分達が今どこを漂流してるのかも解らなくなってしまった…。」

「出来るだけ浅瀬に近づきたいところだがな…。」

浩靖は着ている服を脱いで再び黒のビキニパンツ姿になる。

「大俵さん!まさか海に飛び込むつもりですか?」

「ああ、水深が解れば海岸までの距離は大体掴めるはずだ…。」

「無茶ッスよ!黒い悪魔に狙われるだけじゃなく、この荒波にも呑み込まれてしまいます!」

ゴーグルを掛けた浩靖は身体中にロープを巻き付けながら返答する。

「そこはお前さんの怪力頼みなわけだ。しっかり命綱持っててくれよ。」

浩靖は我をも省みずに海へ飛び込んだ。

慌てて孝之はロープを握り締める。

「か、勘弁してくださいよ!大俵さんまで居なくなっちゃったら…。」


海に飛び込んだ浩靖を荒波が一気に沖へ引っ張ろうとする。

訓練を受けて居ない並の人間なら人たまりもない流れだろう。

その流れになるべく逆らわずに浩靖は、体を蛇のようにくねらせて海中へと潜っていった。

「水深は…約15メートルに行かない程度か…。まだ海岸には近い距離だ…。」

大体の水深を目利きで図った浩靖は、そのままロープを伝って海上に出ようとするが、いきなり頭上を巨大な魚影が横切り、息を呑んだ。

「野郎…もう佐々木さんを片付けて俺達を追って来やがったか…。」

幸いにも気付かれる事なく、黒い悪魔はどこかに泳ぎ去って行ったが、その大きなエラから海水がポンプのように放出されているのが、プランクトンの排出によって見て取れた。

黒い悪魔が去った後にすかさず海上へ出た浩靖を孝之がロープを引いてボートに導いた。

「ハァ、ハァ、危なかった…。」

「黒い悪魔が居たんですか?」

「ああ、奴はこの真下を悠々と泳いで行ったぜ。だが、意外と海岸よりには流れてたようだ。」

「じゃあ、何とか漕いで岸まで辿り着けますね!」

孝之は気を取り直してオールを手にする。

「ああ、上手く行けばな…。ただ改めて奴はただのホオジロじゃねぇ事も確認出来たぜ。」

浩靖は黒い悪魔が海水を身体に巡らせながら呼吸する事により、魚には無い筈の筋肉の縮小を行っている事を話した。

「もはや、サメとは言えないッスねマジで…。」

「あの呼吸により、皮膚もかなり硬質化されてんだな…。更に海水で身体から毒素も排出してやがる…。」

「エミリーさんや東山先生達の毒素が効かなかったのもそのせいッスね…。」

「こいつは一度作戦と準備をやり直さなきゃ勝ち目はねぇぞ。」

浩靖もオールを手にし、二人は豪雨の中ボートの両端でオールを力一杯漕いだ。


しかし次の瞬間、海中から黒い悪魔がボートを力一杯突き上げてきた。

ボートは吹き飛ばされ、二人は海に投げ出される。

「うわぁぁぁぁ!」

「ぐっ、こ、この雷と雨の中で俺達に気付くとは…。」


雷鳴が海を照らす中、まるで歓喜するイルカのように黒い悪魔は海上をジャンプした。

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