菜園才媛探偵クラブ

伊藤テル

【01 事件1.カードくっつき事件】

・【01 事件1.カードくっつき事件】


 今日は待ちに待った休日。

 中学校という喧騒から脱して……と言っても、中学校に行けば、航大くんと顔を合わせられるから、そこはいいんだけども……と言っても、航大くんはいつも運動系の部活の助っ人掛け持ちで忙しくて、最近はたいして会話もできていない。

 でもしょうがないよね、航大くんはみんなの人気者だし、私は陰キャの成れの果てだから。

 こうやって土曜日の朝からラジオを聴きながら、菜園イジリをしていることがお似合いだよ。

 そんな陰鬱な……じゃない! ラジオも好きだし、菜園なんてものすごく好き!

 菜園は航大くんが教えてくれた最高の趣味なんだから!

 保育園の頃、勿論根暗だった私は保育園の土をいじくってはアリを軽くイジメていたら、航大くんが話し掛けてきて、

「えっ! 花譜って土いじり興味あるんっ?」

 急に男子に話し掛けられた私はあわあわしていると、

「一緒に野菜育てようよ!」

 と私の土まみれの手を掴んできて、もう勢いに飲まれて、

「はい!」

 と意味も理解できずに叫んでから、私の人生の歯車は回り出したんだよね、あぁ、もうこの瞬間好き過ぎてめっちゃ何度も反芻しちゃう。私の人生の半分はこの出会いの反芻かも。

 そこから航大くんは保育士さんに交渉して、庭の一角に畑を作っていいという話になって、二人で野菜作りをスタートすると、私の恋心は発芽して、ぐんぐん伸びていき、ミニトマトができた時には私はクソデカ愛情トマトが実っていたんだよねぇ……私の反芻、歳を取れば取るほど、どんどんオタク用語が増えていってるかも。あんまり良くない傾向かも。

 まあそこはいいとして、野菜が実ったことにより、他の保育園児が集まってきて、それを最初は鬱陶しく感じたけども、航大くんはみんなで野菜を収穫することを促して、私と他の保育園児との会話を繋いでくれて、結局私は友達も他にもできて、スパダリ過ぎと私の中で話題になって。航大くんは私界隈の推し決定になって。

 だから私は航大くんのことが大好きで。大好きオブ大好きで。航大くんと野菜の薄い本描こうかなと思った時もあって。小学六年生の時に。だから去年だね。

いつしか航大くんは野菜よりもスポーツになり、私は変わらず、ずっと野菜作りをして知識も上回って、たまに航大くんに野菜のことを教えたりと、小学生の時にはしていたなぁ。

 というわけで私は野菜を極めることにして今年からはより強く野菜作りに邁進して、さらには料理もするようになって、いつか航大くんに手料理を食べてもらいたいんだ。

 フィクションは幼馴染エンドが全然無いけども、私は幼馴染エンドしてやるって気持ち。

 そんな強い気持ちを胸に、今日は早生(わせ)のナスを摘心(てきしん)することにした。

 六月上旬の早朝、日差しはまだ優しく、頬を撫でる風はふんわりしている。

 昨夜は小雨が降ったらしく、土の香りがする畑。私はこの香りが結構好きだ。

 早くできるナスの実は、小さいうちに収穫しておくと、苗が疲れないので、長くナスを楽しむことができる。

 とはいえ全部取ってしまうと、それはそれで、もったいないので、一番形の良いナスを一個だけ残して、残りの不出来なナスを摘心という名の収穫していく。

 ナスのヘタは爪でも簡単に切ることができるけども、私は真面目界隈なのでちゃんとハサミでヘタ上の部分を切っている。

 ちなみにナスは小さくてもヘタにトゲがあるから注意が必要。刺さると普通に痛いので、自分を刺さないように摘心していく。

 この小さなナスも全然食べられるので、お昼ご飯に味噌付けて食べようかなと思っていると、庭の外から誰かの声がした。

「あれー、ナスってもう実っているのかー」

 何か棒読みみたいな台詞で、違和感を抱きつつも、それ以上に私は心臓を高鳴らせた。

 なんと航大くんが喋っていたからだ!

「わっ!」

 と声を出してしまうと、航大くんが私のほうを見ながら、

「あー、花譜だー、何してるん?」

 まさか急に航大くんとエンカウントするなんて! 私得過ぎる!

 いやとにかく今やっていることを言わないと!

「ナ収穫!」

 しまった! ナスのスがシュになって、そのまま収穫を発現させてしまった! ヤバイ! 笑われる!

 すると航大くんは優しい顔つきで、

「ナスの収穫って七月頃じゃないん? もう成ってるって早生?」

 噛んだのめっちゃスルーしてくれてる! 最高! 好きだ!

 いやいやそれよりも!

「早生だよ! あと収穫というか摘心!」

「そっか、早生はこのくらいの時期なんだ、勉強になったなぁ」

 と言いながら姿を消したので、何だ、ランニングの途中だったのかなと思っていると、なんと航大くんがそのまま私の庭の畑に入ってきて(間がカスカス空いている竹の柵みたいな塀があるので、回り込んできたくれたんだっ)、

「おじゃましまーすー、久々花譜から野菜の話聞こうかなー」

 とまた妙な棒読みでそう言った。さっきまでは普通に喋っていたのに! あっ! そういうボケだ! ツッコまないと!

「ちょっとぉ、棒読みで喋るって、硬いゴボウでのしばき合いかよー」

「えっ! 棒読み! 全然! 硬いゴボウなんて振り回してないわ! 柔らかく柔らかくだから!」

 そう言って手もみをしながら、腰を低くした航大くん。

「いや、越後屋にビビる商人じゃないんだからぁ」

 とツッコんでおくと、航大くんは吹き出して笑った。可愛い。

 笑い終えた航大くんが、

「いやホント花譜との会話は楽しいなぁ」

 と本心みたいな顔をしたので、すぐさま私よ、思い上がるなと思った。

 調子に乗って変なことを言わないように……(硬いゴボウのしばき合いとは? と今更セルフ疑問)。

 というか、

「航大くん、大丈夫? ランニングの途中じゃなかったの?」

「むしろ花譜こそ俺が来て邪魔じゃないのか?」

「全然! 航大くん、いてくれたほうがいいし!」

「いやいや俺なんて一方的に教えてもらうだけだわっ」

 航大くんに私の恋心教えたい……ニチャァ……じゃなくて!

「じゃあ航大くん! ナスの摘心を手伝って!」

 危ない危ない! ヤバイ一面を出してしまうところだった!

 航大くんにこんな一面バレてしまったら、瞬間絶交だよ!

 航大くんはうんうん頷きながら、

「おう! 摘心ということは小さいヤツだけ取るということだよな!」

 そこから私と航大くんはナスの摘心を開始して、すぐに終わった。

 だって庭の畑はそんなに広くないし、他の野菜もいっぱいあるから。

 でもここで会話が途切れてバイバイは嫌だ。

 だから、

「じゃあナスの摘心を私は教えたから、今度は航大くんが私に何か教えてよっ」

 と”逃がさないぞ!”という気持ちを込めて、そう言うと、航大くんはう~んと唸ってから、

「スポーツのルールは大体知っているだろうし……じゃあカードゲーム、簡単なカードゲームなら!」

 カード……ゲーム……何だろう、めちゃくちゃ難しそう……でも! 航大くんと一緒にいれるだけで嬉しい!

「俺も実は最近忙しくてやっていないんだけどさ、ルールはめちゃくちゃ簡単なヤツだから一緒にやろうぜ。デッキももう組んであるヤツ渡すからさ」

 デッキと言っても、ウッドデッキでウフフアハハじゃないよね……ウッドデッキで、ちょっ、おま、近いぜ、おい、なら良かったのに。

 いやでも一緒にカードゲームをやったら心身ともに距離が近くなって、そのままお風呂キャンセルして熱中できるかも!

「私! カードゲームやってみる!」

「じゃあ家から取ってくるから待ってて!」

 そう言って私の庭から出て行った航大くん。

 このまま帰宅して家で寝られたら嫌だなと思ったけども、それは杞憂に終わり、航大くんはちゃんと戻ってきた。

「じゃああの、花譜の家へ入っていい?」

 そうちょっとだけおそるおそるって感じに聞いてきた航大くん。

 私の部屋ぁ? とは一瞬思ったけども、居間で大丈夫だろうと思い、

「うん、居間に通すよ」

 という”通す”という大人言葉を使いつつ、航大くんを家の中に招き入れた。

 お母さんは、休日は仕事が無いので、まだ爆睡中だし、お父さんはもうゴルフに旅立ったので、今、家の中で起きているのは私と航大くんだけ。何か起きれ!(起きろの意)

 航大くんは巾着袋からカードの束を取り出して、それをまずバラバラにしようとしたその時だった。

「あれ……何か、カード、くっついてる……」

 航大くんは慎重かつ大胆に、アタック25のようにカードをひっぺ剥がそうとするが、何かダメっぽい。

 そのまま印刷面がめくれてしまいそうな感じだ。

「花譜、これ取れる? あっ! 優しくね!」

 私は多分優しくとか無理な、森の哀しいゴーレムなので、くっついている部分を目視すると、何かが挟まっているっぽい。

「……のり?」

 すると航大くんは矢継ぎ早に、

「のりで貼らないよ!」

 と声を荒らげた。

 まあそうだよねぇ、と思いながら私が頷くと、

「マジで何なんだ……」

 と肩を落とした航大くん。

 確かに何か起きれ(起きろの意)と思ったけども、まさかこんな憂鬱案件になってしまうなんて。

 ここは空気を変えたいなぁ、そうだ!

「ナス! 調理するから一緒に食べよう! 食べながら考えよう!」

「ナス……」

 とオウム返しをした航大くんはまだ落ち込んでいるっぽかったけども、ここはもう勢いでそうすることにした。

 本当は味噌付けて生で食べる予定だったけども、航大くんとはできるだけ長い時間一緒にいたくて、料理することにした。

 少量なのでオーブンでいいかな、食パン焦がす用にしか使っていないオーブンだけども、ナスに使ってもいいはず。

 私はナスを軽く包丁でカットして、熱が入りやすくしてから、アルミホイルの上に置いて、ナスにごま油を塗ってから、味噌をみりんでのばしたモノを塗って焼き始めた。

 結局味噌かよと心の中でセルフツッコミしつつ、そのナスの田楽風は完成した。

 ナスの田楽風はアルミホイルのまま、テーブルに鍋敷きを置いて、その上に置き、自分の箸と客人用の箸を出しながら、

「とりま食べよう! 航大くん!」

 最初航大くんはやるせないといった肩だったけども、味噌の焦げた美味しい香りが部屋に充満すると、徐々に覇気を取り戻し、

「こんな美味しそうなモノ、俺食べていいのか?」

「勿論! 一緒に食べよう! 昨日炊いたご飯もあるよ!」

「いや、まずこの花譜が作ってくれた料理を堪能するわっ」

 と手を合わせて、小さく「いただきます」と言ってくれた航大くん。

 航大くんは箸を手に取ったわけだけども、それ! 私がいつも使っている箸のほう! とツッコミ遅れてしまい、航大くんはそのまま私の箸を使って一口。

「美味しい! まず味噌の香りからしてすごかったし、甘めの味噌とナスのトロトロさが口いっぱいに広がって、ホント優しい味って感じ!」

 ま、まあ、いいか……箸どうこう言うのはちょっと変態みたいだし……私が客人用の箸を使って、

「うんうん、美味しくできたかも」

「いや美味しいんだって! ナスも勿論新鮮で瑞々しく、かつ、熱されてトロトロになって最高だよ!」

 そう即座に言ってくれた航大くん。何かクソデカ嬉しい。

 自分で味見してみても、塩加減とみりんの甘さ加減もちょうど良くて、ごま油の香ばしさも良い感じ。

 ナスは本当に熱するとトロトロになって、口の中もほっぺたもトロトロになってしまうなぁ……待てよ、

「航大くん、そのカードゲームのくっついているヤツって、もしかすると輪ゴムじゃない?」

「輪ゴム……そうだ! 輪ゴムが溶けたのかもしれない! カードゲームの束と輪ゴムは一緒に置いていたかも!」

「じゃあその輪ゴムをナスのようにトロトロにしてしまえば、綺麗に剥がれるかもしれないっ」

 すると航大くんは目を丸くしながら、

「カードを焼くのか!」

「カードは焼かないよ! 耐熱ジップロックに入れて茹でればいいんじゃないかなっ?」

「なるほど! そもそも花譜は俺と違って調理器具にも詳しいからそこはもう全面的に花譜を信頼する!」

 何かそんなこと言われると、本当に心が躍る……。

 私は新品の耐熱ジップロックにそのカードを入れて、いっぱいのお湯で軽く茹でてから取り出して、カードを確認すると、航大くんが、

「やっぱり輪ゴムだった! 溶けて外れる!」

「輪ゴムがトロトロになっているうちに、掃除して綺麗にしちゃおう!」

「そうする!」

 無事、航大くんのカードは綺麗に剥がれて、輪ゴムの残りカスも綺麗に取った。

 そこからカードゲームを教えてもらって(簡単ですぐ覚えた)いつの間にかお昼になったところで、航大くんがこんなことを言い出した。

「それにしても花譜の推理はすごかったよ、才媛(さいえん)だな」

「何が野菜の園? 菜園」

「ううん、才能のある愛媛と書いての才媛のほう」

「あぁ、女性に使う言葉のほうね。あと愛媛だけに使う言葉じゃないよ、愛媛の女性には使うけども」

「字が愛媛だからそう言っただけだけどさ、花譜は才媛探偵になれるんじゃないか」

 菜園探偵いや才媛探偵……脳内ではすぐに菜園のほうになっちゃうなぁ、と思っていると、

「いや花譜は野菜も得意なわけだから、菜園才媛探偵かぁ」

 どっちの菜園と才媛が先か分からないけども、きっと菜園才媛探偵と言ったに違いない。

 いや、

「私はそんな、矢面に立って探偵業とかできないよぉ」

 とそう言われていること自体は嬉しいけども、困惑もしちゃっているので、そう何か甘ったるい声で言ってしまうと、航大くんがハッとした顔をしてから、こう言った。

「そうだ! 俺と探偵クラブをしよう! クラブにしたら俺も『探偵クラブに助っ人する』と言って他の部活を断れるから一緒に探偵クラブをしよう!」

 航大くんの瞳は真剣そのもので、私はすぐさま”冗談ではない”ということを察した。

 さっきまでは冗談の中の自分として明るく振る舞うことができていたけども、こうやって真面目に言われてしまうと、私は正直悩んでしまう。だって私は陰キャだから。そんな探偵なんて解決したら絶対犯人には恨まれるし、ってまず依頼主から喜ばれることよりも犯人の反感を買うことを考えてしまうことが何よりの陰キャ思考・事なかれ主義過ぎてぴえん、若干古くもなっちゃうっつーの。絶対ダメだ。この甘い誘惑は罠だ。航大くんが罠にかけているつもり無いだろうところが一番の罠だ。絶対乗ってはいけない。私なんかが探偵やると言ったら絶対良くないと思う人が出てくる。だって航大くんはクラスの人気者でもあるから。絶対嫉妬される。嫉妬狂いされる確定ガチャだ。すぐに揚げ足を取られて猫ミームにされてしまう程度ならまだ笑えるかもしれないけども、実際は公開処刑ばりの毒舌を喰らうことは必至事項だ、までおよそ0.01秒。

「大丈夫! 矢面に立つところは全部俺がやるから!」

 力強い推しの押し言葉。当然揺らぎそうになるものの、いやいや絶対ダメだ。こんなんしたら嫉妬の渦に飲まれてカスになってしまう。航大くん、何で私なんだっ。もっと仲の良い友達や可愛い女子がいるでしょう。何で今の私なんだ。今、カードを解決したからか? でもこんなもんフロッグもフロッグ、再現性はゼロに近いし。

「花譜! 一緒にやろう! 探偵クラブ! 危ない場面があったら絶対守る!」

 そんな……憧れの幼馴染から守るまで言われたら、全然恋愛の意味じゃないけども、激熱確定演出過ぎる……メダルゲームでメダルが大量に落ちてきたくらいの、今日で使い切れますぅ? 案件というか、運を使い切ったと思ってしまうくらいの、

「花譜! やろう!」

 あぁ、吸い込まれるような大きな瞳、まつ毛は綺麗に伸びていて、女子がうらやむほど。シュッとしたアゴのラインに魅力的な薄紅色の唇。本当に美男子って結局綺麗な女子みたいだよね。短髪が爽やかで、声も明るく明朗だ。私の真逆。土いじり・でへでへ笑い女子とイケメン男子。そんな組み合わせ、無いに決まっているじゃないか。無いんだよ、本当に無いんだよ。

「花譜! 俺と一緒に探偵クラブをやってほしい! お願いだ!」

 あぁ、もう根負けだよ……幸せの根負けだよ……このあとにどんな困難が待っていようと大好きな航大くんと一緒にいられるのなら……うん!

「分かった……私、航大くんと探偵クラブやる……!」

 と妙に神妙なトーンでの喋りになってしまったが、でも実際にそこに含みはあるわけで。

 だって絶対嫉妬されると思うから。このまま土の中で生活していたほうが楽だということは分かり切っている。

 でも、それでも私は航大くんと一緒にいたい。こんなチャンスは二度と来ない気がするから。

「じゃあ発足だな! これからよろしく!」

「うん、よろしくね……!」

 結局勢いで探偵クラブを発足させてしまったけども、大丈夫かな実際……でも今更やっぱりやめた、と言う根性も無いので、このままになった。

 心配は心配だけども、それを上回る幸せパワーを生み出せたらいいな、とは思っている。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る