ゲニマラ科ゲニマラ亜科ゲニマラ

ポーマス

第1話

 ゲニマラ科ゲニマラ亜科ゲニマラ。この生物は、過去存在した生物の中でもっとも真円に近く、地球を象っていると言われている。

 その発見は古く、アルジナ共和国を訪問していた、ヒヨケアリモドキの研究者、サヴァロニア=クヴァロフの日記が近代人による初めての発見といわれている。その日記の内容を引用しよう。

 「信用できない現地人たちの中で、比較的まともな(とはいえ三日に一回はエシェロに薬を混ぜかねないが)人間として遇していたミゥキカがやってきた。私が何度言ってもあの厄介な隣人(ヒヨケアリモドキ)の生態研究のために訪問していると言っても理解しない。半日歩いた先には奇妙な生物がいた。はじめ私はミクビガタリの変種かと思ったが、様相が違う。丸いのだ。地中に住む幼体は活発に動くが、脱皮を重ねるたびに丸くなっていく。まず後尾と仮足がなくなり、その後平均して4-5回の脱皮を経て、交接器官がなくなる。自走することが出来ないと思うが、違う。最終脱皮を経たゲニマラは一か所にとどまることが出来ない。風の力などで必ず移動する。」

 ゲニマラの生態研究は困難を極めた。アルジナ共和国の国土80%を占める、ブエラの森(ゲニマラは現地の言葉でブエラの中心を意味する)から離れた瞬間、生命活動を停止して亡骸はすぐに脆く崩れ去った。したがって初期のゲニマラ研究は、すべてブエラの森の中で行われたが、はかばかしい進捗があったとは到底言えない。そもそも、ゲニマラに対する関心が高くなったのはここ30年あまりのことで、当時はクヴァロフ卿のような人物が片手間に調査していたに過ぎない。

 進展があったのはゲニマラ発見から60年あまり経った頃、サー・ミスミによる移送方法の確立による。ゲニマラの幼体を土ごと移送することを考えたのは彼が初めてではなかったが、いずれも失敗した。水槽に閉じ込められたミツムシのように、輸送箱の底部でもがくように死んでいくのが常だった。なお、幼体の死骸も成体のそれとどうように風化してしまう。サー・ミスミは、幼体の動きを観察し、環状移動する性質があることを発見した。そこで本国から特注のチューブ状の輸送器を作成し、幼体がチューブ内を延々移動することが出来るようにした。

 ミスミ式輸送器の発明により、研究は飛躍的に進んだ。判明した事実として、幼体は土中の有機物を吸収しており、極端に栄養の少ない土の中では一週間ほどで死ぬ。雌雄同体という説もあるが、交接器の形状にのみ依拠しており、個体差と性差のどちらが支配的かは結論が出ていない。基本的に地中で活動しているが、時折地上で短期間過ごすことがある。この点に関しては、ヨアキム博士の実験により、定期的に仲間と位置情報を交換しているという説が定番である。当時から宇宙と交信するための機能と考えられていたという説は誤りである。

 生物学者たちが、おもちゃ箱の隅にある人形のように、時折手にする他にはこの生物に着目する者はいなかった。宇宙物理学者のチェン・レイシュエが、実験生物に選ぶそのときまでは。チェンは、ありとあらゆる生物を検討する中でゲニマラに出会った。宇宙空間での実験に関しては、その輸送にかかる重量コストが課題で早々に諦められた。しかし、その表面をつぶさに調べていくと、その最終成体の真円さに魅了された。おそらく彼女のバックボーンが地質学であったことが幸いし、生物学者には気づきようのない特徴を見出した。厳密にいえば、真円は物理的に存在しえない。無限が存在しないのと同様、いわば正無限角形である円は存在しない。彼女が着目したのは、凹凸率の一定さだ。最終成体の球面調和係数は、いずれの個体も相似していた。そして、その係数は地球の球面調和係数と一致していた。この係数の一致が何を意味するかは、無数の意見があり明確な答えは存在しない。

 曰く、生物学的に自然な形態であり、鳥の卵の係数も類似しているという説。

 曰く、地球上で完全な球体を目指すと、そもそも地球と相似してしまうという説。

 曰く、地球だけではなく宇宙空間にある、あらゆる惑星を平均した係数になっているという説。

 曰く、まったく無関係な偶然の一致であるという説。

 曰く、チェン博士の測定方法に誤りがあるという説。

 曰く、地球の球面調和係数も一定ではなく、そもそもある一時点の合致に意味がないという説。


 しかし、我々には最早その真意を知る術はない。クヴァロフ卿の発見から200年が経った頃、複数の研究機関で生態研究が進むようになったある日、突然すべてのゲニマラが一点を目指した。幼体も成体もすべて、北緯5度、西経60度の方角に移動し始めたことが記録に残っている。それまで風に流されるものとばかり思われていたゲニマラが、なぜ風に乗って自由に移動できるようになったかは分からない。

 研究者たちは、慌ててゲニマラを研究室から持ち出さないようにした。しかし、その日からゲニマラは一切の生殖行為を辞め、風に乗ることの出来ない個体はただ塵になって消えていった。最後にゲニマラを目撃したのは、アルジナ共和国の現地ガイドだった。ある時ゲニマラが地上から姿を消し、風に舞いあがりそのまま空高く舞い上がっていったという。もはやゲニマラが絶滅してしまった現在となっては、その足跡を辿ることは出来ない。近年有力視されている説のひとつに、ゲニマラは種ではないかという説がある。生命を育む稀有な惑星は、ゲニマラの卵を中心に形成されていく。あるいは惑星に生命をもたらす祖先なのではないか、と。

 もしその説が正しければ、地球にはもはや生命の種はなくなってしまった。生命の花を咲かせる時間はもはや過ぎ、緩やかに枯れていく時代が始まっているのかもしれない。

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ゲニマラ科ゲニマラ亜科ゲニマラ ポーマス @thornfield

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